スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
三樹 加奈(みつぎ かな、1992年6月28日 - )は、日… 三樹 加奈(みつぎ かな、1992年6月28日 - )は、日本の女子ラグビーユニオン選手。ARUKAS QUEEN KUMAGAYAに所属する。 11歳からラグビーを始めた。 2010年、アジア大会の7人制日本代表に選ばれた。 2011年、高鍋農業高校卒業後、立正大学に入る。 2013年、ラグビーワールドカップセブンズ2013の7人制女子日本代表に選出された。 2015年、立正大学卒業後、埼玉縣信用金庫に入社 2016年、リオデジャネイロオリンピックの7人制女子日本代表に選ばれた。
戸敷 正(とじき ただし、1952年8月31日 - )は、日… 戸敷 正(とじき ただし、1952年8月31日 - )は、日本の政治家。前宮崎市長(3期)、元佐土原町長(2期)。政治活動においては「とじき正」表記を用いる。 宮崎県宮崎市生目(出生当時は宮崎郡生目村)生まれ。宮崎市立生目小学校、宮崎市立生目中学校、宮崎県立高鍋農業高等学校、宮崎県立農業大学校指導学部卒業。1974年、佐土原町役場に入庁。 1998年、佐土原町長選に出馬し、初当選した。2002年、佐土原町長再選。2006年、佐土原町の宮崎市への編入に伴い宮崎市長選挙に無所属で出馬したが、現職の津村重光に敗れ、落選した。 2010年、再び宮崎市長選に無所属で出馬し、前市議の斉藤了介(民主党・公明党推薦)と前県議の由利英治を破り初当選した。
上杉 光弘(うえすぎ みつひろ、1942年〈昭和17年〉4月… 上杉 光弘(うえすぎ みつひろ、1942年〈昭和17年〉4月12日 ‐ )は、日本の政治家。 衆議院議員(1期)、参議院議員(3期)、宮崎県議会議員(2期)、自治大臣(第50代)、国家公安委員会委員長(第60代)を歴任した。 宮崎県西都市生まれ。1961年宮崎県立高鍋農業高等学校卒業。1966年東京農業大学社会通信教育部農業科修了。1971年、宮崎県議会議員に当選(2期)。1983年、衆院選に宮崎1区から立候補するが、落選。1986年、参議院議員に初当選し以後3期連続当選。 1990年に第2次海部内閣で大蔵政務次官、1997年に第2次橋本内閣改造内閣で自治大臣兼国家公安委員会委員長、1998年に小渕内閣で内閣官房副長官など要職を歴任。
永友 一美(ながとも いちみ、1937年11月10日 - 2… 永友 一美(ながとも いちみ、1937年11月10日 - 2008年7月15日)は、日本の政治家。自由民主党所属の元宮崎県議会議員(4期)。 宮崎県児湯郡川南町出身。宮崎県立高鍋農業高等学校卒業。農業を経て1991年4月に宮崎県議会議員に初当選し、以後4期連続当選を果たす。2003年4月には県議会副議長に就任。 2006年4月には宮崎県議会自由民主党会長に就任。2007年1月に東国原英夫宮崎県知事に就任して以降は、「改革派知事」と「保守王国のドン」との対決として注目された。2月の県議会では知事に最初に代表質問をした政治家となった。知事からは「いちみ(一味)という名前だけあってスパイスの聞いた質問」と挑発された。
三輪 貞治(みわ さだはる、1913年〈大正2年〉9月25日… 三輪 貞治(みわ さだはる、1913年〈大正2年〉9月25日 - 1988年〈昭和63年〉1月31日)は、昭和期の農民運動家、政治家。参議院議員(1期)。 宮崎県児湯郡都農村(現都農町)出身。宮崎県立高鍋農学校(現宮崎県立高鍋農業高等学校)、宮崎青年師範学校を卒業した。大東亜省嘱託、満洲国興農部勤務、満洲拓殖公社勤務、開拓団団長などを務めた。 戦後、宮崎県農民連盟書記長、同委員長、宮崎県農地委員、宮崎県議会議員などを歴任。 1950年(昭和25年)6月の第2回参議院議員通常選挙で宮崎県地方区に日本社会党公認で出馬して当選し、参議院議員に1期在任した。この間、社会党宮崎県連会長、同党中央執行委員、同会計部長、参議院商工委員長などを務めた。
黒木 博(くろき ひろし、1907年2月10日 - 2001… 黒木 博(くろき ひろし、1907年2月10日 - 2001年12月24日)は、日本の政治家。宮崎県知事。宮崎県宮崎市出身。宮崎県立高鍋農学校(現・宮崎県立高鍋農業高等学校)、宇都宮高等農林学校(現・宇都宮大学)卒。 宇都宮高等農林学校卒業後、宮崎県庁に入庁。農林大臣秘書官、県副知事などを務めた後、県知事選挙に出馬し当選。 以来、約20年間で通算6期連続当選したが、6期目の当選後まもなくトンネル工事に絡んだ3000万円の賄賂を受け取った容疑で1979年に逮捕され、辞職した(黒木事件)。一審では有罪判決が下ったが、二審で逆転無罪判決、後に無罪が確定した。ただし、裁判では賄賂性は否定されたものの建設業界から3000万円を授受したことと3000万円の使途に関する黒木の供述は信用できないことは認定された。