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郷原 拓男(ごうはら たくお、1977年8月23日 - )は… 郷原 拓男(ごうはら たくお、1977年8月23日 - )は、日本の政治家。鹿児島県鹿屋市長(1期)、元鹿児島県議会議員(3期)。 鹿児島県鹿屋市郷之原町生まれ。1996年、鹿児島県立鹿屋高等学校卒業。2002年、大阪大学経済学部を卒業し、日本航空に入社。2006年に退社し帰郷。保育園などを運営する家業に携わる傍ら、鹿児島大学大学院農学研究科修士課程に入り、2009年に修了する。2011年の鹿児島県議会議員に立候補するが落選。2015年の県議選で当選し(自民党公認)、県議を3期務める。 2025年6月、2026年2月に任期満了を迎える鹿屋市長選挙に立候補することを表明。2025年10月15日付で県議会議員辞職。
網屋 信介(あみや しんすけ、1957年10月3日 - )は… 網屋 信介(あみや しんすけ、1957年10月3日 - )は、日本の政治家、実業家。元アジア開発キャピタル代表取締役社長、元衆議院議員、元メリルリンチ日本証券取締副会長兼投資銀行本部会長、財務大臣政務官(野田第3次改造内閣)、政府税制調査会事務局長などを務めた。 鹿児島県鹿屋市生まれ。鹿児島県立鹿屋高等学校を経て、一橋大学法学部卒業。1981年、山一證券に入社。1985年山一インターナショナル(ロンドン)に出向後、1986年にモルガン・スタンレー・インターナショナル・リミテッド(現モルガン・スタンレー証券)に入社後、1992年エス・ジーウォーバーグ証券(現UBS 証券)に転職。 1993年、鹿屋市長選挙に無所属で出馬したが、元鹿屋市助役の浅井隼人に敗れ、落選。
木場 一昭(こば かずあき、1957年5月26日 - )は、… 木場 一昭(こば かずあき、1957年5月26日 - )は、日本の政治家。鹿児島県錦江町長(1期)。 鹿児島県肝属郡生まれ。1976年(昭和51年)3月、鹿児島県立鹿屋高等学校卒業。1981年(昭和56年)3月、明治大学法学部卒業。同年6月、大根占町役場に入庁。 2005年(平成17年)3月22日、大根占町は田代町と合併して錦江町が発足する。錦江町役場に勤務。2011年(平成23年)4月、鹿児島県カヌー協会副会長に就任。 2017年(平成29年)8月、錦江町役場を退職。同年11月26日に行われた錦江町長選挙に立候補し、現職の楠元忠洋をわずか5票差で破り初当選を果たした。12月20日、町長就任。※当日有権者数:6,772人 最終投票率:77.79%(前回比:pts) 2021年11月28日投開票の町長選で再選を目指すが、元町職員の新田敏郎に敗れ落選。
中西 茂(なかにし しげる、1953年〈昭和28年〉5月1日… 中西 茂(なかにし しげる、1953年〈昭和28年〉5月1日 - )は、日本の政治家。元鹿児島県鹿屋市長(3期)。 鹿児島県鹿屋市出身。1972年(昭和47年)3月、鹿児島県立鹿屋高等学校卒業。1976年(昭和51年)3月、九州大学経済学部卒業。同年4月、鹿児島県庁へ入庁。2011年(平成23年)4月、同庁の農政部長に就任。 2013年(平成25年)8月9日、翌年の鹿屋市長選挙への立候補を視野に入れ、鹿児島県庁を退職。 2014年(平成26年)1月19日に行われた鹿屋市長選挙に無所属で出馬。自由民主党の推薦を受けた現職の嶋田芳博市長との一騎討ちを制し初当選した。2月5日、市長就任。選挙の結果は以下のとおり。
嶋田 芳博(しまだ よしひろ、1948年(昭和23年)8月1… 嶋田 芳博(しまだ よしひろ、1948年(昭和23年)8月1日 - )は、日本の政治家。元鹿児島県鹿屋市長(1期)。 鹿児島県鹿屋市出身。1964年鹿屋市立鹿屋中学校卒業、1967年鹿児島県立鹿屋高等学校卒業、1971年水産大学校卒業。鹿屋青年会議所理事長、鹿屋ロータリークラブ会長などを歴任し、2010年の鹿屋市長選挙に立候補し、当選する。2014年の市長選挙に立候補し、再選を目指したが、元鹿児島県職員の中西茂に敗れた。
上西 和郎(かみにし かずろう、1931年11月23日 - … 上西 和郎(かみにし かずろう、1931年11月23日 - 2001年12月11日)は、日本の政治家、労働運動家。衆議院議員(1期、日本社会党)。社会保障問題について造詣が深く、その市民密着型の政治スタイルが、石橋政嗣の「ニュー社会党」路線において、一つの取るべき方向性を示すモデルケースとして注目を集めた。 北海道釧路市に生まれる。1950年鹿児島県立鹿屋高等学校を卒業、九州配電(九州電力の前身)に入社する。直ちに労働運動に入り、少数派組合の総評系「全九電」で活動する。1969年から2年間本部書記長を務める。 1973年より、旧鹿児島3区にて衆院選に立候補を続ける。二階堂進、山中貞則、橋口隆(いずれも自由民主党)の強豪に当選を阻まれてきたがこの間、有権者の年金、福祉や生活問題の相談、解決に熱心に取り組み、少しずつ支持層を開拓していった。
有川 清次(ありかわ せいじ、1929年12月17日 - 2… 有川 清次(ありかわ せいじ、1929年12月17日 - 2016年5月13日)は、日本の政治家。元日本社会党衆議院議員(1期)。 鹿児島県鹿屋市出身。鹿児島県立鹿屋高等学校卒業。鹿屋市議会議員、鹿児島県議会議員を経て、1990年の総選挙で鹿児島3区から初当選。定数2で二階堂進・山中貞則という自民党の大物二人を相手にしたが、山中を28票差で破っての当選であった。1993年の総選挙で落選。衆議院議員1期。 落選後の1994年、鹿屋市長浅井隼人の死去による鹿屋市長選挙に無所属で立候補したが、元助役の山下栄に敗れて落選した。
柴立 芳文(しばたて / しばたての[要検証 – ノート] … 柴立 芳文(しばたて / しばたての[要検証 – ノート] よしふみ、1915年(大正4年)8月12日 - 1975年(昭和50年)8月5日)は、昭和期の日本の農林業指導者、政治家。参議院議員(1期)、鹿児島県議会議長。 息子も県議会議長を務めた柴立鉄彦(7期)。孫も 現 県議会議員 柴立鉄平(1期)。 鹿児島県肝属郡大根占村神川(現錦江町)に生まれ、同郡田代村(現:錦江町)の柴立家の養子となる。鹿屋中学校(現鹿児島県立鹿屋高等学校)を経て、鹿児島高等農林学校林学科を卒業した。王子製紙に入社して終戦を迎えた。 故郷に引揚げ、1947年(昭和22年)田代村議会議員に選出され同議長も務めた。1951年(昭和26年)鹿児島県議会議員に選出され5期在任し、同副議長(2期)、同議長(2期)も務めた。
高城 憲夫(たき のりお、1900年1月1日 - 1987年… 高城 憲夫(たき のりお、1900年1月1日 - 1987年3月14日)は、日本の政治家、教育者。衆議院議員(1期)、枕崎市長。その後、幼稚園を経営。 鹿児島県川辺郡東南方村(現・枕崎市)出身。鹿児島県師範学校(現鹿児島大学教育学部)卒業。1919年東南方村桜山小学校に赴任。次に勤めた鹿児島県第二師範学校付属小学校での保守的な教育方針に反発し一度学校を去り、上京して国語と漢文の文検を受け中等学校教員の資格を取得。旧制鹿児島県立鹿屋中学校(現鹿児島県立鹿屋高等学校)教諭の後、1934年広島文理科大学(現広島大学)史学科を卒業。卒業後、香川県女子師範学校教諭兼付属小学校主事、鹿児島県女子師範学校教諭兼付属小学校主事、同小学校の教頭、校長、事務取扱を経て、1942年4月旭川師範学校校長に就任。