スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
河東 祐大(かわひがし ゆうだい、1998年2月7日 - )… 河東 祐大(かわひがし ゆうだい、1998年2月7日 - )は、日本の男子バレーボール選手である。 鹿児島県鹿児島市出身。小学1年生の頃、姉の影響でバレーボールを始める。 鹿児島商業高等学校、日本体育大学を経て、2019年、VC長野トライデンツに内定し、2020年に入団。 2020-21シーズン、最優秀新人賞を受賞。 2021-22シーズン、2021年11月14日、ホームゲームの撤収作業中に鼻骨骨折するアクシデントに遭い、11月26日に手術を行った。シーズン中の2022年1月12日に、VC長野を退団すると発表された。プロ契約していた戸嵜嵩大など、河東を含めて計4名がチームを退団する事態であった。
池田 幸太(いけだ こうた、1997年2月8日 - )は、日… 池田 幸太(いけだ こうた、1997年2月8日 - )は、日本の男子バレーボール選手である。 鹿児島県指宿市出身。兄の影響で小学3年生からバレーボールを始める。 鹿児島商業高等学校を卒業後、福岡大学に進学。2018年にはいわさきBlueWaveの選手として第8回全国6人制リーグ総合優勝大会西部決勝リーグに出場した。 2018/19シーズン、V.LEAGUE DIVISION1 MEN(V1男子)に所属するVC長野トライデンツの内定選手となった。内定選手としてV1の試合に出場し、Vリーグデビューを果たした。 2019年、大学卒業後に、VC長野トライデンツに入団した。2021年、VC長野の副主将に就任。
迫田 郭志(さこだ ひろし、1996年5月1日 - )は、日… 迫田 郭志(さこだ ひろし、1996年5月1日 - )は、日本の男子バレーボール選手である。 鹿児島県指宿市出身。実家は農業を営んでおり、9人制バレーボールの実業団に所属していた父の影響で、小学校2年生の時にバレーボールを始める。姉、兄も学生時代はバレーボールをしており、兄とは大学時代に同じチームでプレーしていた。 鹿児島県指宿市立開聞小学校、開聞中学校を経て、鹿児島市立鹿児島商業高校に進学し、高校2年生の時に全日本バレーボール高等学校選手権大会で準優勝。高校卒業後、広島県の福山平成大学に進学し、2018年の全日本バレーボール大学男女選手権大会でキャプテンとしてチームを率い、準優勝に導く。 2018年10月、FC東京に内定。
兒玉 康成(こだま やすなり、1994年7月24日 - )は… 兒玉 康成(こだま やすなり、1994年7月24日 - )は、日本の元バレーボール選手である。 鹿児島県鹿児島市出身。鹿児島市立吉野中学校を経て、鹿児島市立鹿児島商業高等学校に進学。同校在校中は主将としてチームを率い、2012年8月の全国高等学校総合体育大会ではベスト4入りに貢献し優秀選手賞を獲得。2013年1月に開催された第65回全日本バレーボール高等学校選手権大会でもベスト4入りに貢献し、自身も優秀選手賞を獲得した。 筑波大学体育専門学群進学後の2015年4月に全日本メンバーにエントリーされ、ユニバ代表候補で臨んだ東アジア地区バレーボール選手権大会では優勝に貢献。同年6月のワールドリーグで全日本デビューを果たした。
日高 裕次郎(ひだか ゆうじろう、1986年11月21日 -… 日高 裕次郎(ひだか ゆうじろう、1986年11月21日 - )は、日本の元男子バレーボール選手、ビーチバレー選手。妻は元全日本女子バレー選手の木村沙織。 鹿児島県霧島市出身。中学時代アクエリアスカップで、オリンピック有望選手を獲得。鹿児島商業高等学校では1年からスタメンでプレーし、第35回春高バレーでは九州を代表するエースとして盛重龍2世の呼び声も高かった。 日本体育大学では3年生の時に2007年全日本インカレで日体大15年ぶりの優勝に貢献。4年生の時に全日本インカレ2連覇を達成した。また2008年には第6回東アジア地区バレーボール選手権大会、第20回アジア太平洋カップ福岡国際男子バレーボール大会の代表メンバーにも選出され、国際大会出場も経験した。
盛重 龍(もりしげ りゅう、1980年7月18日 - )は、… 盛重 龍(もりしげ りゅう、1980年7月18日 - )は、日本の元男子バレーボール選手。 大姶良小学5年(大姶良スポーツ少年団)よりバレーボールを始める。 大姶良中時代にさわやか杯に出場。鹿児島商高時代には九州を代表するエースとして注目され、春高、インターハイなどで活躍。 2002年、全日本に初選出。同年にバレーボール世界選手権に出場。2003年、ワールドカップに出場した。2004年、ワールドリーグに出場。 2007年の黒鷲旗大会では敢闘賞受賞とベスト6に選出された。 2013年5月、豊田合成を退団し、翌月FC東京に移籍した。 2016年、2015/16シーズン終了をもって現役を引退した。 2025年、神奈川県厚木市で発足したクラブチームのSHIZUKA Vikings 厚木の監督に就任。
原 秀治(はら ひではる、1965年3月22日 - )は、日… 原 秀治(はら ひではる、1965年3月22日 - )は、日本の元男子バレーボール選手、バレーボール指導者。1988年ソウルオリンピックバレーボール全日本男子代表。 鹿児島県国分市(現霧島市)出身。鹿児島商業高校卒業。 1983年に猫田勝敏にスカウトされ、専売広島バレー部(現広島サンダーズ)に入部。ちなみに猫田が最後にスカウトした選手である。1994年から始まったVリーグにもJTサンダーズ(当時)の一員として引き続き参加、エースとして活躍した。 全日本では1986年世界選手権に出場。1987年アジア選手権優勝。1988年ソウルオリンピック代表。翌1989年ワールドカップ出場、同年のアジア選手権準優勝に貢献した。