スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
垂門 奈々(たれかど なな、2004年7月27日 - )は、… 垂門 奈々(たれかど なな、2004年7月27日 - )は、日本の女子ラグビーユニオン選手。 5歳からラグビーを始めた。 2023年、鹿児島情報高校卒業後、日本経済大学に入る。なお鹿児島情報高校時代、U18花園女子15人制に出場した。 2025年4月27日に行われたアメリカ遠征女子アメリカ合衆国代表戦にて途中出場で女子日本代表初キャップを獲得して代表デビュー戦でトライをあげて史上初のアメリカ戦勝利に貢献。
有馬 優美(ありま ゆうみ、1997年9月9日 - )は、日… 有馬 優美(ありま ゆうみ、1997年9月9日 - )は、日本女子水球選手である。日本代表。鹿児島県出身。鹿児島情報高等学校、東京女子体育大学卒業。東京女子体育大学卒業後は、OGチームである藤村を経て同チームを母体としたクラブチームであるViolet Starsに所属。2017年世界選手権では得点ランク7位、2019年世界選手権では同3位を記録した。
青柳 麗美(あおやぎ れみ、1997年6月9日 - )は、鹿… 青柳 麗美(あおやぎ れみ、1997年6月9日 - )は、鹿児島県出身の、日本の柔道選手である。階級は70kg級。身長168cm。組み手は左組み。得意技は内股。現在は環太平洋大学に在学。2011年の世界ジュニア66kg級で優勝した竪山将はいとこ。 柔道は10歳の時に国分西柔道クラブで始めた。舞鶴中学2年と3年の時に全国中学校柔道大会70kg級に出場するが、どちらも2回戦で文京第一中学の浜未悠に一本負けを喫した。鹿児島情報高校へ進むと、2年の時には全国高校選手権の決勝で大成高校2年の中江美裕を崩上四方固で破るなど、伏兵ながら5試合オール一本勝ちで優勝を成し遂げた。3年の時にはインターハイに出場するも、初戦で修徳高校3年の杉山歌嶺に指導2で敗れた。
二木 康太(ふたき こうた、1995年8月1日 - )は、鹿… 二木 康太(ふたき こうた、1995年8月1日 - )は、鹿児島県国分市(現:霧島市)出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。 小学3年生までサッカーチームに所属しており、今でもサッカーは趣味であり特技である。5年生の頃、霧島市立青葉小学校のスポーツ少年団(軟式野球)に入団し、野球を始め、霧島市立国分中学校時代には軟式野球部に所属し投手としてプレーした。 鹿児島情報高等学校では1年秋から背番号「1」を背負い、エースとして活躍した。2年の夏は、鹿児島大会で18イニング連続無失点を記録する好投を見せるも、チームは4回戦の対鹿児島工戦で敗れた。新チームで挑んだ秋の鹿児島大会では、登板した53イニングで与えた四死球はわずかに4という制球力の良さを見せるなど、チームの創部後初の県大会優勝に貢献した。
竪山 将(たてやま しょう、1993年7月12日 - )は、… 竪山 将(たてやま しょう、1993年7月12日 - )は、日本の柔道家。鹿児島県出身。階級は66kg級。身長160cm。得意技は背負投。血液型はO型。 柔道は5歳の時に隼人柔道スポーツ少年団で始めた。舞鶴中学3年の時に全国中学校柔道大会66kg級で3位となった。鹿児島情報高校3年の時に出場したインターハイでは3位にとどまったものの、全日本ジュニアでは優勝した。世界ジュニアでも優勝を果たした。2012年には鹿屋体育大学に入学すると、ロシアジュニア国際、ドイツジュニア国際、アジアジュニアで優勝を飾った。2013年には全日本ジュニアで2年ぶり2度目の優勝を飾ったが、世界ジュニア決勝では明治大学1年の橋口祐葵に敗れて2連覇はならなかった。
東 考三(ひがし こうぞう 1969年8月4日 -)は日本の… 東 考三(ひがし こうぞう 1969年8月4日 -)は日本の元ラグビー選手、元自衛官(陸上自衛隊)で、現在はNTTドコモレッドハリケーンズのFWコーチ。鹿児島電子工業高等学校(現鹿児島情報高等学校)卒。トップリーグのNECグリーンロケッツに所属していた。2010年度から2011年度までは鹿児島情報高等学校ラグビー部顧問。 鹿児島県鹿児島市出身。鹿児島電子工業高等学校(現在の鹿児島情報高校)在学時代は野球部の主将であった。卒業後陸上自衛隊に入隊。千葉県習志野市の習志野駐屯地に団本部を置く第1空挺団落下傘部隊に所属。 訓練でラグビーと出会い、千葉県代表に選抜され国民体育大会に出場、その際にNECグリーンロケッツの監督の目に留まり1997年に入団。