スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
新城 雄大(あらしろ ゆうだい、1995年7月3日 - )は… 新城 雄大(あらしろ ゆうだい、1995年7月3日 - )は、東京都三鷹市出身の自転車競技(ロードレース)選手。キナンサイクリングチーム所属。 八重山農林高校時代から、石垣島のチームウィンドフレンドの新城貞美(新城幸也の父)らの指導を受けて自転車競技の力をつける。 2014年から那須ブラーゼンに所属しプロデビュー。2016年はエカーズに移籍。2018年にキナンレーシングチームに移籍。2022年よりキナンの主将を務める。 同姓である新城幸也とは血縁関係はない。
嘉弥真 新也(かやま しんや、1989年11月23日 - )… 嘉弥真 新也(かやま しんや、1989年11月23日 - )は、沖縄県石垣市出身の元プロ野球選手(投手)。左投左打。 沖縄県石垣市白保出身。白保小学校4年時から野球を始め、中学までは軟式野球でプレーをした。石垣島には高校が3校しか無い中、のちに大嶺祐太を擁して離島旋風を巻き起こした八重山商工高校があったものの、入試に落ちたくなかったこと、八重山商工に好選手が集まっていたこと、幼馴染みの好選手・長間翔悟が八重山農林への進学を決めたことを理由に、八重山農林高校へ進学した。 同校では硬式野球部に入部し、2年夏からベンチ入り。長間がいたこともあって外野手兼2番手投手としてプレーし、3年夏の県大会では初戦で5打数4安打を記録。
RYOEI(リョウエイ、本名:池間 良栄(いけま りょうえい… RYOEI(リョウエイ、本名:池間 良栄(いけま りょうえい)、1980年12月16日 - )は、日本のシンガーソングライター、作曲家である。 沖縄県石垣市新川出身。 大阪で音楽活動をはじめ、2003年にインディーズデビュー、2009年にメジャーデビューとなる。 沖縄県立八重山農林高等学校緑地土木科卒業。 小学生のときから父親にギターを習い、高校時代から自作曲を人前で披露するようになる。高校卒業後にプロミュージシャンを目指して大阪の音楽専門学校へ進むが1年も通わずに退学し、ストリートライブや自主制作アルバム発表など独自の音楽活動を行う。 2003年4月、インディーズからシングル「見えない世界の中で…」を発売。
伊志嶺 吉盛(いしみね よしもり、1953年11月23日 -… 伊志嶺 吉盛(いしみね よしもり、1953年11月23日 - )は、沖縄県石垣市出身の高校野球指導者である。 石垣島の沖縄県立八重山農林高等学校から本島の沖縄大学に進み、準硬式野球部に所属し全国制覇。 帰島して1978年に沖縄県立八重山商工高等学校の監督に就任した。一度引退したが、石垣市の野球部監督派遣事業に伴い、2003年春に同校監督に復帰。 2006年春のセンバツに初出場し、同年夏の甲子園にも初出場。春夏連続出場を果たし全国最南端高校の偉業と注目された。主力であった大嶺祐太らを小学生時代から指導していた。そのため入学時から期待されていた世代だったが、選手のほとんどが同じ石垣島育ちの幼馴染で競争意識が無く、朝練を休んだりサボったりとのんびりした性格が災いし当初は勝ちきれずにいた。
大工 哲弘(だいく てつひろ、 (1948-10-13) 1… 大工 哲弘(だいく てつひろ、 (1948-10-13) 1948年10月13日(77歳)- )は沖縄県石垣市新川出身の八重山民謡の唄者(歌手)。琉球民謡音楽協会所属。現在は那覇市在住。[要出典] 八重山農林高校卒業後[要出典]、沖縄本島に渡り八重山民謡の大家・山里勇吉に師事。八重山民謡を基本にしながら世界の様々な音楽要素を取り入れて奥行きのある音楽世界を作り出し、海外公演歴も数多い。本州・北海道・九州など日本領内の他の島にも積極的に民謡教室を開き、教育面での功績も大きい。[要出典] またNHK沖縄放送局の『うちなぁジョッキー』にもレギュラー出演し、八重山民謡の解説などを担当していた[要出典]。