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瀬川治久(せがわ はるひさ、1927年1月27日 - )は日… 瀬川治久(せがわ はるひさ、1927年1月27日 - )は日本の大蔵官僚。全国信用金庫連合会ロンドン駐在員事務所長などを歴任。神奈川県鎌倉市西鎌倉1丁目在住。 香川県出身。旧制姫路高等学校(理乙)、京都大学農学部農林経済学科卒業。1950年 大蔵省入省。主計局配属。1952年3月 主計局総務課。1955年6月 高山税務署長。1973年7月 関東財務局総務部長。1974年7月 大阪税関長。1975年11月 アジア開発銀行理事。1978年7月14日 大臣官房審議官(大臣官房担当)。同年7月17日 退官。同年8月 国際協力事業団理事。1984年 全国信用金庫連合会ロンドン駐在員事務所長。1990年3月 住友生命顧問。
渡辺 弥栄司(わたなべ やえじ、1917年(大正6年)1月2… 渡辺 弥栄司(わたなべ やえじ、1917年(大正6年)1月20日 - 2011年(平成23年)は、通商産業省官僚、弁護士。退官後、日中経済協会、国際ビジネスコミュニケーション協会(IIBC)、ビューティフルエージング協会(BAA)の設立のほか、通産省に関係する多くの公益法人の理事などを務めたが、財団私物化疑惑が2009年に週刊誌に報じられ、92歳で理事長などの重職から退いた。 新潟県北蒲原郡中条町(現・胎内市)で10人兄弟姉妹の5番目として生まれる(実家は新潟県関川村の豪農・渡辺家の一族)。新発田の中学を卒業後、姫路高等学校 (旧制)へ進学。1939年に東京帝国大学法学部法律学科卒業後、商工省(現・経済産業省)入省。
玉置 敬三(たまき けいぞう、1907年3月2日 - 199… 玉置 敬三(たまき けいぞう、1907年3月2日 - 1996年7月8日)は、日本の官僚。通産事務次官を最後に退官後、東京芝浦電気社長・会長。 和歌山県出身。旧制姫路高等学校を経て、1930年、東京帝国大学法学部卒業。同年、商工省入省。 1941年4月、総力戦研究所出向経験を経て、戦後、通商機械局長(のちの機械情報産業局長)、1952年から1953年にかけて通産事務次官を務める。岸信介らの「統制派」の流れを汲み、その他に山本高行、平井富三郎、徳永久次らがいた。朝鮮特需によりジョゼフ・ドッジらによる自由経済から方向転換、統制派が復権、通商産業省による戦後政策のはじまりだった。 事務次官就任までの経緯は、白洲次郎らの「白洲派」・「外交派」または「通商派」に属すると目された入省同期の始関伊平(旧資源庁長官)との争いであった。