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川崎 寛治(かわさき かんじ、1922年(大正11年)4月1… 川崎 寛治(かわさき かんじ、1922年(大正11年)4月18日 - 2005年(平成17年)12月3日)は、日本の政治家。日本社会党衆議院議員。 鹿児島県南九州市旧川辺町出身。日本統治時代の台湾の台南市生まれ。台北高等学校 (旧制)を経て、京都帝国大学法学部へ進む。1943年(昭和18年)から学徒動員で従軍し、台湾最南端の地で終戦を迎える。1946年(昭和21年)春に鹿児島県川辺町に引き揚げて、大学に復学し卒業。 高校教諭、参議院議員秘書などを経て、1958年(昭和33年)の第28回衆議院議員総選挙で社会党公認で旧鹿児島1区に立候補し落選、3度目の挑戦となった1963年(昭和38年)の第30回衆議院議員総選挙で初当選する。
有馬 元治(ありま もとはる、1920年〈大正9年〉1月1日… 有馬 元治(ありま もとはる、1920年〈大正9年〉1月1日 - 2006年〈平成18年〉12月15日)は、日本の内務・労働官僚、政治家。労働事務次官、衆議院議員(6期)、防衛政務次官、自由民主党国防部会長。鹿児島県川内市(現・薩摩川内市)出身。 台北高等学校を経て、東京帝国大学法学部政治学科卒業後の1941年(昭和16年)12月、内務省(東京府属)に入省したが、わずか2週間後の1942年(昭和17年)1月、短期現役海軍主計科士官八期生として海軍経理学校に入学し、海軍主計中尉に任官。1943年(昭和18年)11月、主計大尉に進む。終戦後、海軍から内務省に復帰後は、内閣官房内閣参事官、中央労働委員会事務局長、労働省職業安定局長などを経て、1968年(昭和43年)労働事務次官に就任。
楠 基道(くすのき もとみち、1881年〈明治14年〉6月9… 楠 基道(くすのき もとみち、1881年〈明治14年〉6月9日 - 1967年〈昭和42年〉2月25日)は、日本の僧侶、政治家。衆議院議員(1期)。龍谷大学教授。 岐阜県大野郡、のちの揖斐郡大野村(現大野町)出身。1907年、東京帝国大学史学科卒。京都帝国大学大学院に進み、西蔵史を研究する。龍谷大学教授兼図書館長、山東省済南高等師範学校教授、台北高等女学校教諭兼台北高等商業学校教授、台南第二、第一の各高等女学校校長を経て、台湾総督府在外研究員として欧米各国に留学する。帰国後、台北高等学校、台北高等商業学校各教授、台北第一中学校校長を歴任する。仏教更新社を創立、社主となり、月刊紙「更新」を発行した。