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島谷 六郎(しまたに ろくろう、1920年1月24日 - 2… 島谷 六郎(しまたに ろくろう、1920年1月24日 - 2006年11月21日)は、日本の弁護士。最高裁判所判事。富山県出身。 旧制富山高校から1942年(昭和17年)に東京帝国大学法学部を卒業。海軍法務官となり、中国の海南島で敗戦、そのまま中国に抑留され、2年間捕虜生活を送った。 在学中に高等文官試験司法科に合格したが、軍隊生活のため司法修習生になったのは1948年(昭和23年)で、1950年(昭和25年)に弁護士登録をした。藤林益三の事務所に籍を置き、初めは刑事を手がけたが、後に銀行などの顧問弁護士を務め、銀行取引や会社関係の訴訟にも詳しい。日弁連外国弁護士対策委員会初代委員長を務めたほか、司法研修所教官、東京地裁調停委員なども務めた。
宮崎 梧一(みやざき ごいち、1914年5月5日 - 200… 宮崎 梧一(みやざき ごいち、1914年5月5日 - 2003年3月5日)は、日本の弁護士。最高裁判所判事。千葉県出身。 旧制富山高校から1940年(昭和15年)に東京帝国大学法科を卒業。司法官試補、裁判官になり、札幌地裁、大阪地裁などに勤務。1944年(昭和19年)に陸軍に召集され中国に出征し、トップで見習士官となり、敗戦の時に法務中尉。終戦後はソ連にシベリア抑留され、モスクワ郊外で労働をさせられた。 復員後、「裁判官ではとても食えない」として1948年(昭和23年)に弁護士登録。目立つような事件が手掛けなかったが、離婚、遺産、借金などの市民のゴタゴタや刑事事件の国選弁護人などをしてきた。 1980年(昭和55年)2月5日に最高裁判所判事となる。