新山 響平(しんざん きょうへい、1993年11月2日 - … 新山 響平(しんざん きょうへい、1993年11月2日 - )は、青森県八戸市出身の競輪選手、自転車競技選手。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第107期生。師匠は坂本勉(競輪学校第57期生)。 兄の新山将史も競輪選手(競輪学校第98期生)。また、元競輪選手の小笠原嘉(競輪学校第43期生)は伯父にあたる。 青森県立八戸工業高等学校時代の2011年、アジア自転車競技選手権大会のジュニア部門・チームスプリントで優勝に貢献。その後、日本大学へ進学するも中退した後、競輪学校へ入校。在校競走成績は第10位(9勝)だったが、同校卒業記念レースでは優勝した。 2015年7月6日、大宮競輪場でデビューして初勝利も挙げた。
坂本 貴史(さかもと たかし、1989年2月16日 - )は… 坂本 貴史(さかもと たかし、1989年2月16日 - )は、日本の競輪選手。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第94期生。日本競輪選手会青森支部に所属。青森県八戸市出身。 ホームバンクは八戸自転車競技場。坂本勉(競輪学校57期)は実父であり師匠。四人兄弟の長男であり、弟(次男)の坂本周輝(100期)、末弟(四男)の坂本紘規(117期)も、ともに同じく青森支部所属の競輪選手。また、幻のモスクワオリンピック日本代表の一人であった元競輪選手の坂本典男(51期)は伯父で、典男の子息すなわち貴史の従兄弟である坂本昌宏(91期)、昌宏の弟の坂本周作(105期)もともに同じく青森支部所属の競輪選手と、競輪一家の環境で育つ。
岡堀 勉(おかぼり つとむ、1957年7月10日 - )は、… 岡堀 勉(おかぼり つとむ、1957年7月10日 - )は、青森県三戸郡南郷村(現・八戸市)出身の元競輪選手。1976年モントリオールオリンピック日本代表。日本競輪選手会青森支部に所属していた。 八戸電波工業高等学校在学時代、全国高等学校総合体育大会自転車競技大会の個人追い抜きにおいて、1973年、1974年と2連覇。 その後、日本大学文理学部に進み、1976年モントリオールオリンピック男子4000m団体追抜競走に同郷である小笠原嘉、小笠原義明と組んで出場した。記録は4'37"03で14位(予選敗退)。 日大卒業後、島野工業へ入社。同社在籍時代に1980年モスクワオリンピック代表選手に選出されたものの、ボイコットにより出場できず「幻の代表選手」となった。
小笠原 嘉(おがさわら ただし、1955年6月21日 - )… 小笠原 嘉(おがさわら ただし、1955年6月21日 - )は、青森県八戸市出身の元競輪選手。1976年モントリオールオリンピック代表。日本競輪選手会青森支部に所属していた。新山将史(98期)、新山響平(107期)の伯父。 八戸電波工業高校(現・八戸工業大学第一高校)卒。 日本大学文理学部在籍中だった1976年、モントリオールオリンピック男子4000m団体追抜競走に同郷である小笠原義明、岡堀勉と組んで出場した。記録は4'37"03で14位(予選敗退)。 その後、日本競輪学校第44期生を経て、1979年10月27日、函館競輪場でデビューし5着。初勝利は同年同月28日の同場。 2002年8月13日選手登録削除。
小笠原 義明(おがさわら よしあき、1954年4月29日 -… 小笠原 義明(おがさわら よしあき、1954年4月29日 - )は、青森県八戸市出身の元競輪選手。1976年モントリオールオリンピック日本代表。日本競輪選手会青森支部に所属していた。 八戸電波工業高等学校在学時代、1972年に開催された全国高等学校総合体育大会自転車競技大会の個人追い抜きで優勝。 その後、日本大学文理学部に進み、1976年のモントリオールオリンピック男子4000m団体追抜競走に同郷である小笠原嘉、岡堀勉と組んで出場した。記録は4'37"03で14位(予選敗退)。 その後、日本競輪学校第43期生(同期に滝澤正光、佐々木昭彦、小川博美、北村徹らがいる)を経て、1979年4月7日、前橋競輪場でデビューし5着。