倉光 弘昭(くらみつ ひろあき、1956年11月8日 - )… 倉光 弘昭(くらみつ ひろあき、1956年11月8日 - )は、日本の政治家。青森県つがる市長(2期)。 青森県西津軽郡木造町(現・つがる市木造柴田)生まれ。青森県立五所川原高等学校、明治大学農学部卒業。 1982年(昭和57年)4月、木造町役場に入庁。 2005年(平成17年)2月11日、西津軽郡木造町、森田村、柏村、稲垣村、車力村の1町4村が合併して、つがる市が誕生。2017年(平成29年)4月、つがる市副市長に就任。 2021年(令和3年)2月21日告示、2月28日執行のつがる市長選挙に自由民主党の推薦を受けて立候補し、無投票で初当選した。3月13日、市長就任。2025年(令和7年)2月、無投票で再選。
原田 藤次郎(はらだ とうじろう、1874年(明治7年)10… 原田 藤次郎(はらだ とうじろう、1874年(明治7年)10月21日 - 1948年(昭和23年)1月5日)は、明治時代後期から大正時代の政治家、銀行家。衆議院議員。 原田佐治郎の長男として、青森県西津軽郡森田村(現・つがる市森田町)に生まれる。農業を営む傍ら青森県農工銀行取締役を歴任する。1920年(大正9年)第14回衆議院議員総選挙で青森県第4区から立憲政友会所属で出馬して当選し、2期務めた。 在任中は五能線の五所川原以西の延伸に尽力し、1924年(大正13年)には陸奥森田駅まで列車が走るようになり、翌年には鰺ケ沢まで、1934年(昭和9年)には深浦まで開通した。1933年(昭和8年)から1946年(昭和21年)までは西津軽郡土淵堰、悪水路の両水利組合議員を務め、農業水利の改善に尽くした。
津島 源右衛門(つしま げんえもん、1871年8月3日〈明治… 津島 源右衛門(つしま げんえもん、1871年8月3日〈明治4年6月17日〉 - 1923年〈大正12年〉3月4日)は、日本の政治家、実業家、青森県多額納税者、資産家。衆議院議員(青森県郡部選出、当選1回)。貴族院議員。族籍は青森県平民。 小説家太宰治の父である。孫は俳優の津島康一、小説家の津島佑子、小説家の太田治子、曾孫は政治家の津島恭一、政治家の津島淳、劇作家の石原燃などがいる。 青森県西津軽郡木造村(現つがる市)の松木家に、8代目七右衛門の四男として生まれる。旧名は永三郎。1888年、北津軽郡金木村(現五所川原市)の津島家の婿養子となる。1892年、「源右衛門」と改名。農業、商業を営む。 金木銀行設立の議が起ると率先して尽力する。
長内 則昭(おさない のりあき、1869年4月23日(明治2… 長内 則昭(おさない のりあき、1869年4月23日(明治2年3月12日) - 1937年(昭和12年)5月17日)は、明治から昭和時代初期の政治家。衆議院議員(1期)。 長内泰民の子として陸奥弘前藩領西津軽郡穂積村(青森県西津軽郡稲垣村を経て現つがる市)に生まれる。東奥義塾を経て弘前公立病院附属医学校に入る。1885年(明治18年)同校閉校に伴い東京慈恵医学専門学校に入学するが、政治家を志し中退し新聞記者となる。その後、北海道に渡り材木商を始めるが挫折し、帰郷する。また、日清戦争に従軍した。 1899年(明治32年)稲垣村助役、1903年(明治36年)郡議から青森県会議員に転じ、1906年(明治39年)第3代稲垣村長に就任する。
市田 兵七(いちた/いちだ ひょうしち、1856年4月29日… 市田 兵七(いちた/いちだ ひょうしち、1856年4月29日(安政3年3月25日) - 1914年(大正3年)5月29日)は、明治時代の政治家、銀行家。衆議院議員(2期)。 陸奥弘前藩領津軽郡木作新田(青森県西津軽郡木造町を経て現つがる市)に生まれる。近江国神崎郡市田村(滋賀県神崎郡竜田村、北五個荘村、五個荘町を経て現東近江市)を本拠とした市田家の子孫。1885年(明治18年)西津軽郡会議員に当選し、議長代行者を務める。1891年(明治24年)には青森県会議員となり、1904年(明治37年)の第9回衆議院議員総選挙では工藤行幹の急死に伴う補欠選挙で当選した。第10回総選挙でも憲政本党の非公認で出馬し当選。