照喜(てるき、1968年(昭和43年)8月10日 - )は、… 照喜(てるき、1968年(昭和43年)8月10日 - )は、大相撲の幕内呼出である。本名は工藤 隆久(くどう たかひさ)。青森県南津軽郡田舎館村出身。安治川部屋→伊勢ヶ濱部屋所属。血液型はB型。 呼出になる前は安治川部屋の力士で四股名は「陸奥龍」を名乗った。1984年5月場所で初土俵を踏む。1987年1月場所で力士を廃業。最高位は序二段103枚目だった(1986年9月場所)。その後、呼出に転じて安治川部屋所属の「陸奥夫」となった。安治川部屋の師匠が陸奥嵐から旭富士に代わり、呼出名を「安喜夫」に変えた。所属する安治川部屋は伊勢ヶ濱部屋に変わり、これに伴い呼出名も「安喜夫」から「照喜」に変えた。
栃勇 義治(とちいさみ よしはる、1947年10月2日 - … 栃勇 義治(とちいさみ よしはる、1947年10月2日 - )は、青森県南津軽郡田舎館村出身で春日野部屋に所属した元大相撲力士。本名は阿保 鉄雄(あぼ てつお)。身長177cm、体重115kg。得意手は左四つ、押し、吊り。最高位は東前頭7枚目(1971年1月場所) 中学生の時から相撲を始めて同郷の栃ノ海に憧れ、中学校卒業後に栃ノ海の姉の紹介で春日野部屋へ入門し、1963年(昭和38年)3月場所に於いて初土俵を踏んだ。 入門後は押し相撲の指導を受け、1969年(昭和44年)7月場所で新入幕を果たした。しかし立合いの鋭さに欠けたために幕内では苦戦し、さらに1972年(昭和47年)9月場所で右肩を負傷してからは不振で、翌年9月場所では幕下まで落ちた。
栃ノ海 晃嘉(とちのうみ てるよし、1938年(昭和13年)… 栃ノ海 晃嘉(とちのうみ てるよし、1938年(昭和13年)3月13日 - )は、青森県南津軽郡光田寺村(現在の田舎館村)出身で春日野部屋所属の元大相撲力士、第49代横綱。身長177cm、体重110kg。得意技は左四つ、寄り、上手出し投げ、両前褌、足癖。本名は花田 茂廣(はなだ しげひろ)。花田という苗字で同じ青森津軽地方出身であるが、初代若乃花、貴ノ花との血縁はない。年寄・春日野時代、姓を『宮古』とするが停年(定年)退職後は再び花田に戻した。現在存命中の歴代横綱の中では最も古い代の横綱である。
一乃矢 藤太郎(いちのや とうたろう、1937年6月30日 … 一乃矢 藤太郎(いちのや とうたろう、1937年6月30日 - 1977年4月19日)は、青森県南津軽郡田舎館村出身で春日野部屋に所属した大相撲力士。本名は須藤 良一(すどう りょういち)。最高位は西前頭4枚目(1962年3月場所)。現役時代の体格は173cm、86kg。得意手は右四つ、寄り。 明治時代初期から中期にかけて活躍した、大関・一ノ矢藤太郎の曾孫。 同郷で、後に十両まで出世した栃ノ森(後、栃ノ関に改名)の実兄が角界入りの橋渡し役となり、地元の公田寺中学校を卒業後に春日野部屋へ入門した。 なお、入門のために故郷・青森を発つ際には、栃ノ森本人が迎えに来てくれたという。 初土俵は、1953年5月場所。
栃ノ関 雅清(とちのせき まさきよ、1932年11月1日 -… 栃ノ関 雅清(とちのせき まさきよ、1932年11月1日 -没年不明 )は、青森県南津軽郡田舎館村出身で春日野部屋に所属した元大相撲力士。本名は工藤 勇三(くどう ゆうぞう)。167cm、79kg。最高位は西十両20枚目。得意技は左四つ、下手投げ。 1950年9月場所に初土俵。1956年1月場所に十両昇進したが5勝10敗と負け越し、1場所で幕下へ陥落した。在位はこの場所のみに終わった。1959年9月場所に26歳で廃業。幕下・三保錦・千尋洋と初っ切りを務めたことがある。
綾ノ浪 俊一郎(あやのなみ しゅんいちろう、1901年8月2… 綾ノ浪 俊一郎(あやのなみ しゅんいちろう、1901年8月25日 - 1984年7月1日)は、青森県南津軽郡田舎館村出身で湊川部屋、追手風部屋、再度湊川部屋に所属した力士。本名は鈴木 俊一郎(すずき しゅんいちろう)。身長170cm、体重94kg。最高位は東前頭7枚目。得意手は突っ張り、押し。 1921年1月場所に初土俵。この間親方が亡くなり、後継が決まるまでのあいだ追手風部屋に預けられ、1929年1月場所に十両昇進、新設された湊川部屋に戻って1930年5月場所に新入幕。春秋園事件に加担し、1932年1月場所に脱退(番付からは削除され、実質的最終場所は1931年10月場所)した。脱退後は青森市で酒屋を経営した後、再び上京して江東区深川で飲食店「角力屋」を経営した。
一ノ矢 藤太郎(いちのや とうたろう、1856年4月29日(… 一ノ矢 藤太郎(いちのや とうたろう、1856年4月29日(安政3年3月25日) - 1923年(大正12年)2月15日)は、青森県南津軽郡田舎館村出身で高砂部屋に所属した大相撲力士。本名は福士 藤太郎。最高位は大関。現役時代の体格は178cm、95kg。 角界の革命児と謳われた初代高砂に入門し、1880年(明治13年)5月場所序ノ口。序ノ口から7場所目となる1883年(明治16年)5月場所で入幕を果たす。彼の入幕以降2026年3月場所時点まで143年間、青森県出身の幕内力士(現在は錦富士が平幕に在位)が不在だった場所は一度もない。幕下二段目から十両を一気に飛び越しての昇進であり、期待の大きさをうかがわせる。