山田 裕一(やまだ ゆういち、1975年(昭和50年)11月… 山田 裕一(やまだ ゆういち、1975年(昭和50年)11月17日 - )は、日本の政治家。宮城県白石市長(3期)。元白石市議会議員(3期)。 宮城県白石市出身。白石市立白石第二小学校、白石市立東中学校卒業。1994年(平成6年)3月、宮城県白石工業高等学校電気科卒業。1996年(平成8年)に東京クリーニング学校を卒業し、家業のクリーニングに従事。 2007年(平成19年)4月22日に行われた白石市議会議員選挙に初当選[要出典]。東日本大震災の発生により2011年(平成23年)7月31日に延期された市議選で再選。2014年(平成26年)1月、公益社団法人白石青年会議所理事長に就任。2015年(平成27年)に3選。
風間 康静(かざま こうじょう、1960年(昭和35年)12… 風間 康静(かざま こうじょう、1960年(昭和35年)12月23日 - )は、日本の政治家。元宮城県白石市長(3期)。 宮城県白石市出身。1983年(昭和58年)3月、立正大学仏教学部卒業。1991年(平成3年)4月、学校法人ひかり幼稚園の副園長に就任。市内柳町にある妙見寺の副住職も兼ねている。 2004年(平成16年)10月31日に行われた白石市長選挙に無所属で出馬し初当選。なお同選挙においては電子投票が実施された。11月14日、市長就任。 2008年(平成19年)10月26日に行われた市長選で2期目の当選。 2012年(平成24年)10月28日に行われた市長選で市議の沼倉昭仁を破り3期目の当選(風間:9,293票、沼倉:8,607票)。
川井 貞一 (かわい ていいち、1933年(昭和8年)1月1… 川井 貞一 (かわい ていいち、1933年(昭和8年)1月16日 - )は、日本の政治家。元・宮城県白石市長(5期)。 白石市の食品卸問屋を営む家庭に生まれる。東北大学経済学部で安井琢磨から教えを受ける。安井からは研究生として学窓に残る勧誘を受けたが、親の意向により中退後は家業を継いだ。 自由民主党宮城県連で青年部長などを務め、本人の回想では1974年の第10回参議院議員通常選挙に立候補した遠藤要の演説原稿の執筆もおこなっていた。宮城県知事の山本壮一郎に師事する。 1984年11月に白石市長に当選し、以後2004年まで5期務めた。この間、全国市長会副会長も務めた。 市長在任中は産業廃棄物最終処分場の建設を阻止するため、1998年に住民投票を実施し、最終的に建設中止に持ち込んだ。
遠藤 要(えんどう かなめ、1915年10月31日 - 20… 遠藤 要(えんどう かなめ、1915年10月31日 - 2010年6月20日)は、日本の政治家。 宮城県議会議員を経て、参議院議員を4期務め、法務大臣や自由民主党参議院議員総会長などを歴任。 学歴は、白石高等小学校(現在の宮城県白石市)卒業。 1947年(昭和22年)、宮城県議会議員選挙に立候補し初当選し、同県議会議員に就任した。以後通算7回当選し、1971年(昭和46年)には同議会議長に選出された。 1974年(昭和49年)の第10回参議院議員通常選挙に、自由民主党公認で立候補し当選、参議院議員に転身した。以後通算4回当選し、自由民主党内では田中派、竹下派(経世会)を経て、小渕派(平成研究会)に所属した。
鐸木 三郎兵衛(すずき さぶろうべえ、1858年4月16日(… 鐸木 三郎兵衛(すずき さぶろうべえ、1858年4月16日(安政5年3月3日) - 1931年3月8日)は、明治時代の政治家。福島町(現福島市)町長、名誉市長、福島県会議員、衆議院議員(立憲政友会)などを歴任。私財を投じて水道敷設事業や明治14年の福島大火(約1800戸焼失)の復興、福島市の駅前開発などに尽力した。また、福島県庁を郡山市に移転させるという動きがあった際には、福島市の代表として上京し陳情、移転を阻止した。再三の衆議院議員立候補要請を断り続け、晩年は廃寺を買い取って隠居。馬巌(ばがん)という俳号を持ち、風流に興じる一面も持っていた。 鐸木三郎兵衛は安政5年3月3日(1858年4月16日)、宮城県刈田郡白石本郷桜小路(現白石市)の金谷武功の次男・金谷正足として生まれた。