能島 和明(のうじま かずあき、1944年1月30日 - )… 能島 和明(のうじま かずあき、1944年1月30日 - )は、日本の画家。東京都出身。 東京都浅草に5人兄弟の長男として生まれる。戦争のため母の実家のあった宮城県栗原郡築館町(現栗原市)に疎開し、そのまま移住した。父である能島康明は日展で活躍した日本画家であり、幼少の頃から日本画に触れる機会は多かった。少年時代から絵の才能を見出されており、当時の学校の先生から嫉妬を受け、筆を折るように言われたという話もある。 宮城県築館高等学校を卒業すると、東京に戻り多摩美術大学で日本画を学ぶ、奥田元宋に師事。大学在学中に日展に初入選、なおこれは最年少での入選記録となる。以降、日展特選を2回、日展会員賞、日展文部科学大臣賞、宮城県教育文化功労者、日本芸術院賞などを受賞した。
新妻 元春(にいつま もとはる、1923年(大正12年)3月… 新妻 元春(にいつま もとはる、1923年(大正12年)3月23日 - 2007年(平成19年)6月12日)は、日本の洋画家。 宮城県栗原郡志波姫町に生まれる。 18歳から25歳まで軍属・軍人として過ごす。 1961年38歳の時、家族を宮城に残して単身千葉に住む。昼は土木作業、夜は絵を描く生活を続け、1965年家族を千葉に迎えて画業に専念。 師は奈良岡正夫(示現会会長・日展参与)で、1970年にテレビ出演していた奈良岡正夫の芸術に対する信念に感動して1971年に弟子入りした。 1972年第25回示現会展で「現場にて」が初入選、以後入選を重ね1975年第28回展では「閑日」が佳作賞を受賞。 1978年に会員となる。
佐藤 章(さとう あきら、1911年 - 1985年)は、日… 佐藤 章(さとう あきら、1911年 - 1985年)は、日本の素描画家。drawings Artist。素描画 エッチング画 スケッチ 元日本山林美術協会会員。 宮城県栗原郡高清水町(現・栗原市)に生まれる。 太平洋美術学校卒業。鶴田吾郎に師事。「素描は米の飯というべきもので、ぜいたくな料理がないときほど、日本人には飯の味がよくわかるものである」という鶴田の言葉に励まされ、戦前戦後を通じ素描画専門の制作を貫く。素描のもつ素朴さと、その直截的な表現力に惹かれ、20数年、日本の民家をモノクロームの世界で描き続けた。 発表は主に個展で戦前「川向う 素描展」など6回。戦中は「工場地帯」「裏街」等、工場地帯で働く少年工を描く。
菅原文哉 (すがわらぶんや、1906年-1977年4月) は… 菅原文哉 (すがわらぶんや、1906年-1977年4月) は、日本の都市計画家で、旧東京府や旧満州国で各地都市の都邑計画立案や改正都邑計画法起草に携わる。戦後は乞われて全国各地の総合都市計画立案に関わり、戦後日本の近代都市の基盤確立に従事していく。 宮城県栗原郡金田村生まれ。1923年に上京して東京府庁に入る。東京府では土木部建設事務所、都市計画課及び整地課に勤務。整地課時代は府下各地の土地区画整理基本調査と駒沢や上馬、下馬、練馬などの広範囲に及ぶ土地区画整理組合設立参画で事業実施の指導にあたる。その傍らで攻玉社工学校に進学し1927年に卒業後に東京府土木部に勤務を継続して帝都復興事業に従事しながら攻玉社高等工学校土木工学科に進学し、1931年に同校を卒業。