立石 俊樹(たていし としき、1993年12月19日 - )… 立石 俊樹(たていし としき、1993年12月19日 - )は、日本の俳優。芸能事務所エーライツ所属。 秋田県大館市出身。高校卒業後は東京消防庁で消防士として働いていたが、歌という夢を諦めきれずに約2年間働いたのち東京消防庁を退職し、約1ヶ月後の某大手事務所の特待生オーディションに合格。演技、歌、ダンスを学ぶ。EXILE Presents VOCAL BATTLE AUDITION 4参加。 芸能事務所エーライツ所属後、2015年9月に男性ダンス&ボーカルグループ「IVVY」を結成し、2021年5月に年内での同グループからの卒業を発表した。 2017年4月にミュージカル『テニスの王子様』3rdシーズンで初舞台を踏み、2021年3月にはミュージカル「黒執事」〜寄宿学校の秘密〜で初主演を務めた。
いずみ 尚(いずみ ひさし、1962年8月9日 - )は日本… いずみ 尚(いずみ ひさし、1962年8月9日 - )は日本の男性声優、俳優、ナレーター。東京俳優生活協同組合所属。秋田県出身。横浜放送映画専門学院演劇科7期卒業。旧芸名に泉 尚摯(いずみ しょうじ)、ヰズミ(いずみ)。以前はケッケコーポレーションに所属していた。身長166cm。
昭和 精吾(しょうわ せいご、本名:鎌田 賢、1941年12… 昭和 精吾(しょうわ せいご、本名:鎌田 賢、1941年12月14日 - 2015年8月29日)は、日本の俳優、演出家。昭和精吾事務所設立者。満州生まれ。 昭和16年(1941年)12月14日、満洲の大日本帝国陸軍大佐であった父の官舎で誕生。終戦間際、父の実家に引き揚げ、秋田県大館市の農家で育つ。県立大館鳳鳴高校卒業後上京、演劇の道へと進む。 1967年、劇団東俳演劇研究所に入所。のち東映演劇研究所に移籍。高倉健主演『網走番外地』シリーズ、渥美清主演『初詣列車』、日本テレビの東映刑事物のドラマにチンピラ等で出演。 1969年、寺山修司の演劇実験室◎天井桟敷に入団。主に詩をマイクで語るマイクアジテーションを担当。
井上 博一(いのうえ ひろかず、1941年3月3日 - )は… 井上 博一(いのうえ ひろかず、1941年3月3日 - )は、日本の俳優。本名同じ。 秋田県大館市出身。大館鳳鳴高等学校中退。舞台芸術学院卒業。現代制作舎に所属していた。 特技は殺陣、東北弁。蜷川幸雄の「現代人劇場」に参加。 映画では市川崑作品に複数回起用されていた。 (1984年、TX / 勝プロ) ※1980年製作
牧 冬吉(まき ふゆきち、1930年11月28日 - 199… 牧 冬吉(まき ふゆきち、1930年11月28日 - 1998年6月27日)は、日本の俳優。本名、岡村 信行。 秋田県大館市出身。秋田県立大館鳳鳴高等学校卒業。松竹芸能に所属していた。 父は公務員で、四男二女の次男。高校卒業後、舞台芸術学院に入学する。1951年に舞台芸術学院を中退し「前進座」に入座。その後、舞台芸術学院の仲間と劇団「舞芸座」を創設し、シェークスピア劇などを演じるが生活は苦しく、アルバイトに明け暮れていた。この間に監督の船床定男と知り合い、宣弘社制作のテレビドラマ『豹の眼』(KRテレビ)の敵役「殺し屋ジョー」役でテレビドラマにデビューする。引き続き同社制作の『快傑ハリマオ』でも敵役を演じる。
海江田 譲二(かいえだ じょうじ、1908年3月1日 - 1… 海江田 譲二(かいえだ じょうじ、1908年3月1日 - 1986年4月11日)は、日本の俳優である。本名は上遠野 武史(かどの たけし)である。 1908年(明治41年)3月1日、秋田県北秋田郡大館町(現在の同県大館市)に上遠野武史として生まれる。 1930年(昭和5年)、同郷の映画監督・辻吉朗を頼って京都に移り、辻の所属する日活太秦撮影所に入社する。同年、辻監督による主演作『股旅しぐれ』で映画界にデビュー、つづいて大河内傳次郎が出演予定だった同監督の『大虚』の主演に急遽抜擢され、スターの道を歩み始める。1931年(昭和6年)、稲垣浩監督の『男達ばやり』で片岡千恵蔵と共演、翌1932年(昭和7年)には、辻監督の『沓掛時次郎』で主演する。
奈良 真養(なら しんよう、1896年11月30日 - 19… 奈良 真養(なら しんよう、1896年11月30日 - 1977年11月26日)は、日本の映画俳優。 1896年(明治29年)11月30日、秋田県北秋田郡大館町(現在の大館市)に鉱山師の父・真平と母・とめの長男として生まれる。 1914年(大正3年)に秋田県立大館中学校(現在の秋田県立大館鳳鳴高等学校)を卒業後、小坂鉱山で3年間の勤務を経て上京し、農商務省工業試験所に勤務した。 1920年(大正9年)2月、松竹キネマ合名社の設立にあたって行った男女俳優募集に応募、240人の応募者の中から男性120人・女性5人の合格者の一人として選ばれ、同年4月1日に小山内薫主宰の松竹キネマ俳優学校に入学。同期生に伊藤大輔、鈴木伝明、澤村春子、岡田宗太郎らがいる。
大村 正雄(おおむら まさお、1878年10月1日 - 没年… 大村 正雄(おおむら まさお、1878年10月1日 - 没年不詳)は、日本の俳優である。本名早坂 正巳(はやさか まさみ)。芸名の表記は大村 正夫、大村 正男と揺れがある。新派の舞台俳優としてキャリアをスタートし、黎明期の日活向島撮影所を支えたスター俳優として知られる。 1878年(明治11年)10月1日、秋田県北秋田郡大館町(現在の同県大館市)に生まれる。 東京に移り、満18歳を迎える1896年(明治29年)、東京府東京市神田区三崎町(現在の東京都千代田区神田三崎町)にあった、川上音二郎の川上座(のちの改良座、現存せず)で初舞台を踏んだ。以降、新派の舞台俳優として、各地の舞台に立った。1918年(大正7年)に発行された『花形活動俳優内証話』によれば、東京に来た経緯は、地元の旧制中学校を2年で中途退学して東京に移り、専修学校(現在の専修大学)に入学、その後、東京専門学校(現在の早稲田大学)に移ったとされている。