鎌田 邦裕(かまた くにひろ、1993年8月23日 - )は… 鎌田 邦裕(かまた くにひろ、1993年8月23日 - )は、日本の音楽家・フルート奏者。山形県鶴岡市出身。クレアティフ代表。鶴岡ふるさと観光大使。 1993年山形県鶴岡市生まれ。鶴岡市立鶴岡第三中学校、山形県立鶴岡南高等学校、京都市立芸術大学音楽学部を卒業し、同大学大学院音楽研究科を修了。 第91回日本音楽コンクール フルート部門 第2位及び岩谷賞(聴衆賞)、イギリスで開催された第1回リバプール国際フルートコンクール第1位、スロバキアで開催されたブラチスラバ舞台芸術アカデミー国際フルートコンクール 第3位など多数受賞。また、京都市より「京都市文化芸術きらめき賞」を受賞。 ソリストとしては、2014年より山形にて毎年リサイタルを開催。
えのっち(1970年2月24日 - )は、山形県鶴岡市生まれ… えのっち(1970年2月24日 - )は、山形県鶴岡市生まれのドラマー、パーカッショニスト。 本名は池田幸範、別名えのやん。 高校在学中にドラムスを板垣貴庸(原信夫とシャープス&フラッツ)に一月のみ師事したが、その後はパーカッションも含めて独学。 主に、金谷ヒデユキ&邪道アコースティック・ファクトリー(略称:JAF)ではドラムスを、大滝詠一トリビュート・バンド「LONG VACATION」ではパーカッションを担当。 バンド、ユニットによって「えのっち」と「えのやん」を使い分けており、金谷ヒデユキから「えのっち」と呼ばれるようになったのは、田村JIN主催の「JOY POP SCRAMBLE in 宇都宮」(2002年12月7日)が開かれたとき、同ステージで泉見洋平のサポートにたまたま一曲だけ参加することになった時に泉見が「えのやん」と呼ぶことを選んだので、金谷が「じゃあ、『えのっち』でいこう」と決まった。
小串 俊寿(おぐし としひさ、昭和34年(1959年) - … 小串 俊寿(おぐし としひさ、昭和34年(1959年) - )は、日本のサクソフォーン奏者。東京音楽大学教授、昭和音楽大学客員教授。東京シンフォニエッタメンバー。山形県鶴岡市出身。
高橋 達也(たかはし たつや、本名:高橋 達朗(たかはし た… 高橋 達也(たかはし たつや、本名:高橋 達朗(たかはし たつろう)、1931年12月27日 - 2008年2月29日)は、日本のジャズ・テナーサックス奏者、バンドリーダー。 山形県鶴岡市生まれ。1951年、仙台の米軍キャンプでプロデビューしその後上京する。1964年にビッグバンド「東京ユニオン」に加入、1966年には4代目バンドリーダーに就任、「高橋達也と東京ユニオン」として名実共に日本一のビッグバンドに成長させる。 1977年、三木敏悟作品アルバム『北欧組曲』でスイングジャーナルジャズディスク大賞、日本ジャズ賞受賞。1978年・1980年、モントルー・ジャズ・フェスティバル出演。1980年代を中心にテレビ音楽を始め数々の演奏を行ってきたが、人気絶頂の1989年11月に心筋梗塞に倒れ緊急入院。
浦本 政三郎(うらもと せいさぶろう、1891年〈明治24年… 浦本 政三郎(うらもと せいさぶろう、1891年〈明治24年〉5月21日 - 1965年〈昭和40年〉10月8日)は日本の医学博士、尺八奏者。山形県鶴岡市出身。号である浦本 浙潮(うらもと せきちょう)の名でも知られる。 1891年(明治24年)、山形県西田川郡大宝寺村新斎部万年橋(現在の鶴岡市新海町)の名家、榊原家に生まれる。幼少期を鶴岡市で過ごすが、荘内中学校在学中に熊本の浦本家に入り、熊本中学校に転校する。その後は旧制五高、京都帝国大学医科大学、同大学院を経て1921年(大正10年)に医学博士となる。その後は東京慈恵会医科大学の教授を務め、1951年(昭和26年)ごろに退職、浦本研究所を開設する。
吉川 よしひろ(きっかわ よしひろ)は、Cello Solo… 吉川 よしひろ(きっかわ よしひろ)は、Cello Solo スタンディング・チェロ奏者。山形県鶴岡市大山出身。A.N.Music School卒。(先天的聴覚障害者)“NHK/Eテレ・ドキュメンタリー番組『ろうを生きる・難聴を生きる』” NHK・FM・JAZZ番組『セッション505』に出演、他局のTVでも特集される。2003年2月 NYへ移住。アメリカ政府公認のアーティストビザ取得後・NYで本格的に音楽活動、アメリカ国内での演奏活動と日本全国・世界各地での積極的な音楽活動を展開始める。Jazz・ヒーリング・民族音楽を融合させた幅広い音作りに独自の即興で奏でる一人チェロ・パフォーマンス“奏法”と“講演”を日本各地で展開中。