小金山 幸一郎(こがねやま こういちろう、1897年5月14… 小金山 幸一郎(こがねやま こういちろう、1897年5月14日 - 没年不明)は、大正・昭和時代の大相撲力士。出羽海部屋所属。本名は山中 幸一郎。最高位は十両8枚目。 栃木県栃木市出身。出羽ノ海部屋に入門し、1918年1月初土俵を踏む。1923年1月十両に昇進。2場所で幕下に落ちる。1925年1月再十両となるも2勝4敗と負け越し、幕下に落ちた。1927年1月、十両に復帰してから6場所連続十両の地位にあった。1931年10月に廃業した。
栃木山 守也(とちぎやま もりや、1892年2月5日 - 1… 栃木山 守也(とちぎやま もりや、1892年2月5日 - 1959年10月3日)は、栃木県下都賀郡赤麻村(現:栃木県栃木市藤岡町赤麻)出身で出羽海部屋に所属した大相撲力士。第27代横綱。本名は中田 守也(なかた もりや)(旧姓:横田)。 1892年2月5日、栃木県下都賀郡(現:栃木県栃木市藤岡町赤麻)の農家に長男として生まれる。遅くに誕生した男子だったことで「家を守り立てて欲しい」との願いから“守也”と名付けられた。幼少期から家業を手伝いつつ漢学塾に通いながら、自宅近所にあった岩船山の石を人力トロッコで渡良瀬川へ運ぶ仕事に従事し、強健な体になる。17歳で結婚するが、18歳の時に妊娠中だった妻を残して上京し、出羽ノ海部屋に入門する。
若湊 義正(わかみなと よしまさ、1888年3月14日 - … 若湊 義正(わかみなと よしまさ、1888年3月14日 - 1941年11月12日)は、現在の栃木県栃木市出身で高砂部屋に所属した力士。本名は北条 義(旧姓岡本)。4代富士ヶ根。167cm、96kg。最高位は西小結。得意技は押し、右四つ、寄り。 1905年5月場所初土俵、その後一時病気で帰京し、大坂相撲の朝日山部屋で修業した後再び東上。広い肩幅、重い腰を利した右差しからの寄りで、1913年1月場所に新入幕、「若湊」と改名した後の1919年1月新鋭常ノ花を破るなど5勝5敗、翌1919年5月場所に小結昇進。1922年1月場所限りで引退し、4代富士ヶ根を襲名。弟子は冨士ヶ嶽孝一郎を育てた。協会内では理事を務め、金庫番となった。
9代 式守 伊之助(きゅうだい しきもり いのすけ、1854… 9代 式守 伊之助(きゅうだい しきもり いのすけ、1854年6月 - 1910年6月28日)は、大相撲の立行司。本名は水戸部→刀根福造。出身地は現在の栃木県栃木市。 初めは力士志望だったが、行司に転向した。6代式守伊之助に師事し、1871年3月場所で式守竹二郎の名で初めて番付に載った。その後、初代式守錦之助に改め、2代式守錦太夫から4代式守与太夫を経て、1882年1月幕内格(紅白房)。1898年5月に9代伊之助を襲名した。声や態度も凛然としていた行司だった。1910年6月28日死去。享年56。 この項目は、相撲に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ相撲)。