井上 温大(いのうえ はると、2001年5月13日 - )は… 井上 温大(いのうえ はると、2001年5月13日 - )は、群馬県前橋市出身のプロ野球選手(投手)。左投左打。読売ジャイアンツ所属。 前橋市立岩神小学校1年生時に岩神リトルファイターズで野球を始め、前橋市立大胡小学校3年生時にはリトル大胡スターズに所属。前橋市立大胡中学校では軟式野球部に所属していた。 前橋商業高校進学後、1年秋からベンチ入りし、主力投手として活躍。3年春の群馬県大会準々決勝で健大高崎高校相手に5回無失点の好投を見せ、注目を集めた。3年夏は背番号1を背負って、同校9年ぶりの群馬県大会決勝進出に貢献。決勝戦では前橋育英高校に8回途中3失点の粘投も敗れ、甲子園には届かなかった。 2019年10月17日に行われたプロ野球ドラフト会議において、読売ジャイアンツから4位で指名され、契約金4000万円、年俸540万円(金額は推定)という条件で入団した。
根井 大輝(ねのい ひろき、1999年7月26日 - )は、… 根井 大輝(ねのい ひろき、1999年7月26日 - )は、群馬県前橋市出身の元プロ野球選手(内野手)。現役時代の所属は独立リーグのみであった。 兄の影響で小学校入学前に野球を始める。 高崎健康福祉大学高崎高等学校では3年春に第89回選抜高等学校野球大会に出場し、ベスト8だった。高校時代には前十字靱帯断裂の負傷により、約1年をリハビリに費やした。この間に人体や食事についての勉強をしていたという。 高校を卒業した後は、駿河台大学に進学。2021年の東京新大学野球連盟1部春季リーグでは三塁手部門でベストナインを獲得した。同年11月9日にルートBCリーグドラフト会議でベースボール・チャレンジ・リーグ(ルートインBCリーグ)の埼玉武蔵ヒートベアーズから特別合格選手として発表された。
大嶋 匠(おおしま たくみ、1990年2月14日 - )は、… 大嶋 匠(おおしま たくみ、1990年2月14日 - )は、群馬県前橋市出身の元プロ野球選手(捕手、内野手)、ソフトボール選手(内野手、捕手)。右投左打。中学生時代から大学生時代まで一貫してソフトボール選手であり、野球経験は小学校時代に軟式野球のみという、プロ入り前に硬式野球の経験がなかった異色のプロ野球選手であった。 小学校までは軟式野球をしていたが、進学した新島学園中学校に野球部がなかったためソフトボール部に入部。硬式野球のクラブチームへの入団も検討していたが、体験練習で硬式球の死球を受けて「自分に硬球は早すぎる」と感じてしまったという。 高校進学時に野球に戻る考えもあったが、内部進学の新島学園高校でもソフトボールを継続。
廣神 聖哉(ひろかみ せいや、1989年8月19日 - )は… 廣神 聖哉(ひろかみ せいや、1989年8月19日 - )は、群馬県前橋市出身の元プロ野球選手(捕手)。右投左打。NPBでは育成選手であった。 前橋育英高入学後から、捕手に専念。3年時の夏は、群馬県予選準決勝で桐生第一高のエース藤岡貴裕に4打数無安打に抑えられ甲子園出場を絶たれた。 ベースボール・チャレンジ・リーグに2008年より加盟した群馬ダイヤモンドペガサスに、創設当初の入団選手となる。 2010年シーズンから、登録名を「聖哉」に変更。 2011年は、11本塁打を放ち、リーグ1位に1本差に迫る2位であった。同年のベストナインに捕手部門で選出された。 2011年10月27日、プロ野球ドラフト会議で、長打力と二塁への送球1.9秒の強肩が評価され、阪神タイガースから育成1位指名を受けた。
神田 直輝(かんだ なおき、1988年1月18日 - )は、… 神田 直輝(かんだ なおき、1988年1月18日 - )は、元プロ野球選手(投手)。右投右打。プロでは育成選手であった。 前橋市立荒砥中学校卒業後、前橋東高に進学。直球と切れのあるカーブを武器にエースとして活躍。 群馬大学教育学部時代は、保健体育を専攻し教員免許を取得している。準硬式野球部に所属し、4番ピッチャーとして活躍。関東選抜にも選ばれている。 読売ジャイアンツの入団テストに合格したのを受けて、2009年のドラフトで同球団から育成ドラフト5位指名を受けた。準硬式のため、プロ志望届は提出していなかった(入団テスト受験に際し退部届を提出しているため、プロ志望届提出済と同様とみなされている。)。
松井 雅人(まつい まさと、1987年11月19日 - )は… 松井 雅人(まつい まさと、1987年11月19日 - )は、群馬県前橋市出身の元プロ野球選手(捕手)、コーチ。右投左打。 小学校2年で地元の軟式野球チーム粕川リトルタイガースで野球を始め、中学校までは投手だった。なお、小学校1年から6年までは柔道の経験もある。桐生第一高等学校で捕手に転向、第76回選抜高等学校野球大会、第86回全国高等学校野球選手権大会に出場する。同期には後にオリックスでもチームメイトになる小島脩平がいる。 上武大学へ進学し、左打ちに。同期の安達了一と共に明治神宮大会では上武大初の準優勝に貢献。最多打点2回、ベストナイン3回。 2009年のドラフト会議で中日から7位指名を受け入団。
星 秀和(ほし ひでかず、1986年11月10日 - )は、… 星 秀和(ほし ひでかず、1986年11月10日 - )は、群馬県前橋市出身の元プロ野球選手(外野手・内野手・捕手、右投左打)・コーチ。 前橋工業高時代は3年夏の全国高等学校野球選手権群馬大会で準優勝。高校通算39本塁打。2004年のドラフト会議で西武ライオンズに5巡目指名され、捕手として入団。「ほかのキャッチャーよりもバッティングがいい」と評価され、「伊東2世」と呼ばれるなど期待が高かった。 一年目の2005年は二軍で39試合に出場し、打率.203の成績を残した。捕手24試合・三塁手2試合・外野手1試合で起用された。 俊足と打力を生かすため、2006年より内野手へ転向。本人は引退後に出演した野球Youtuberトクサンの動画内で、「入団した翌年に炭谷銀仁朗が入ってきて、2秒で捕手をクビになった」と語っている。
井野 卓(いの すぐる、1983年11月23日 - )は、群… 井野 卓(いの すぐる、1983年11月23日 - )は、群馬県前橋市出身の元プロ野球選手(捕手)。右投右打。 小学1年生の時から野球を始め、ポジションはよく入れ替わったが中学3年生の時から捕手一本となる。前橋工業高校3年生の時は2001年夏の群馬大会で優勝し、甲子園に出場。卒業後、東北福祉大学に進学する。仙台六大学リーグで通算64試合166打数56安打・打率.337。2004年には日米大学野球日本代表に選出された。 強肩とチームをまとめる統率力が認められ、2005年度ドラフト会議にて東北楽天ゴールデンイーグルスから7巡目指名を受けて入団。東北福祉大学の同期である松崎伸吾も楽天から1巡目指名を受けて入団し、チームメイトとなった。
石橋 史匡(いしばし ふみまさ、Fumi Ishibashi… 石橋 史匡(いしばし ふみまさ、Fumi Ishibashi、1983年9月11日 - )は、日本の群馬県前橋市出身の元プロ野球選手(捕手)。現在はMLBのロサンゼルス・ドジャース傘下にてルーキーリーグ「アリゾナ・コンプレックスリーグ・ドジャース(英語版)」の監督を務めている。 群馬県出身。中学時代からMLBに憧れていた。 中学卒業後に、東京農業大学第二高等学校に進学した。 高校2年まではベンチだった。高校3年で先発捕手となったものの、目立った活躍をすることはなかった。 2002年9月に、アメリカ合衆国のロサンゼルスにある短期大学に進学した。 2005年に、独立リーグであるゴールデンベースボールリーグのジャパン・サムライ・ベアーズに入団した。
山崎 敏(やまざき さとし、1981年4月8日 - )は、群… 山崎 敏(やまざき さとし、1981年4月8日 - )は、群馬県勢多郡富士見村(現:前橋市)出身の元プロ野球選手(投手、左投左打)・コーチ。現在は埼玉西武ライオンズの打撃投手を務めている。 1999年の県大会準々決勝(対群馬県立桐生高等学校戦)で17奪三振・完投の活躍を見せ、チームを19年ぶりのベスト4に導いた。この年に優勝したのは正田樹が率いる桐生第一高等学校で、甲子園でも群馬県勢で初の優勝を果たし、正田は1999年のドラフトで日本ハムに1巡目で指名されて入団した。 平成国際大学に入学後は1年秋に新人賞を獲得し、4年春の対常磐大学戦では、7回参考記録ながらノーヒットノーランを達成して注目された。
髙山 健一(たかやま けんいち、1971年8月4日 - )は… 髙山 健一(たかやま けんいち、1971年8月4日 - )は、群馬県前橋市出身の元プロ野球選手(内野手)。右投右打。現広島東洋カープスカウト。 前橋市立南橘中学から東農大二高に進学。3年夏の群馬大会で3番・二塁手として打率.611を記録し、チームの第71回全国高等学校野球選手権大会出場に貢献した。群馬大会決勝で捕手と激突した際に左足の筋が切れており、しばらくはスパイクも履けなかったが、本大会での日向高校との初戦では先制点に繋がる長打を放つなどチームを牽引した。 高校卒業後は青山学院大学に進学し、小久保裕紀や清原幸治と同級生となった。3年春の東都大学野球リーグではリーグ6位の打率.318で初のベストナインに三塁手として選ばれた。
高山 健一(たかやま けんいち、1971年8月4日 - )は… 高山 健一(たかやま けんいち、1971年8月4日 - )は、群馬県前橋市出身の元プロ野球選手(内野手)。現在は、広島東洋カープのスカウト。
五十嵐 章人(いがらし あきひと、1968年4月12日 - … 五十嵐 章人(いがらし あきひと、1968年4月12日 - )は、群馬県前橋市出身の元プロ野球選手・監督・野球解説者。 全ポジションでの出場(高橋博士以来、日本プロ野球史上2人目)、全打順本塁打(同6人目)の記録を達成した選手として知られる。この両方を達成しているNPB史上で唯一の選手。また、全打順での先発出場及びその上での本塁打も記録している。 木田優夫とは従弟にあたる(木田の父と五十嵐の父が兄弟)。 父親は競輪選手だったが、当人が物心ついた時には既に引退して大工に転職していたという。二人の兄の影響で小学1年生から野球を始める。前橋市立第三中学校時代は投手兼内野手だったが、高校では野手に専念。
小林 和公(こばやし かずひろ、1967年1月14日 - )… 小林 和公(こばやし かずひろ、1967年1月14日 - )は、群馬県出身の元プロ野球選手(投手)。現在は、日本野球機構審判部所属のプロ野球審判員、審判員番号「14」。 前橋商業高から淑徳大学に進学し千葉県大学野球リーグで4年秋に2部で優勝してMVP、ベストナイン。1988年オフにドラフト外でヤクルトスワローズ入団。担当は安田猛スカウト。 一軍公式戦への出場がないまま、1991年限りで現役を引退。 1993年から、セントラル・リーグ審判員となる。審判番号は入局から2003年まで40だったが、2004年から14。 珍しい左利きの審判である。アウトをジャッジする際は右手で行うがクロスプレー時のパンチアウトはマスクを持ち替え左手で行う審判員の中では小林と木内九二生、青木昴、川上拓斗審判員のみである。
宮田 征典(みやた ゆきのり、1939年11月4日 - 20… 宮田 征典(みやた ゆきのり、1939年11月4日 - 2006年7月13日)は、群馬県前橋市出身のプロ野球選手(投手)・コーチ、解説者。 日本球界におけるリリーフ専門投手の草分け的存在で「8時半の男」と呼ばれた。 種部儀康(読売ジャイアンツ同期入団)は義兄。孫の宮田孝将は四国アイランドリーグplus・高知ファイティングドッグスでプレーした元プロ野球選手で、2020年は同球団のアカデミーコーチを務めた。2021年からは同球団の野球スクールコーチを務めている。 大姪は、シンガーソングライター兼グラビアアイドルの宮田みほ。 子供の頃は利根川でよく泳ぎ、小学校5年生から中学生までは水泳好きで水泳部に所属していたが、中学校でいとこに誘われたことをきっかけに野球を始める。
中 利夫(なか としお、1936年〈昭和11年〉4月28日 … 中 利夫(なか としお、1936年〈昭和11年〉4月28日 - 2023年〈令和5年〉10月10日)は、群馬県前橋市出身のプロ野球選手(外野手)・コーチ・監督、解説者・評論家。 登録名を頻繁に変えており、入団時は「利夫」、その後は1964年に「三夫」、1965年に「暁生」、監督時代は「利夫」。コーチ時代は「登志雄」もしくは「利夫」。解説者としては本名の「利夫」を使用。 前橋高校では1年生時の1952年秋からエース、中軸打者として活躍、主将も務めた。1953年夏の甲子園県予選準決勝に進むが、桐生工に敗退。同年の秋季関東大会県予選も準決勝で桐生高に敗れる。3年次の1954年には春季関東大会県予選決勝で桐生工を降し優勝、関東大会に進むが準々決勝(初戦)で水戸農に惜敗した。