斎藤 肇(さいとう はじめ、1960年1月9日 -)は、日本… 斎藤 肇(さいとう はじめ、1960年1月9日 -)は、日本の推理作家、ファンタジー作家。群馬県子持村(現:渋川市)出身。群馬県立渋川高等学校、群馬大学工学部情報工学科卒業。 1983年、『奇数』で星新一ショートショート・コンテストに入選。同作は後に「世にも奇妙な物語」にて柳葉敏郎主演で映像化されている。 1988年、『思い通りにエンドマーク』で、講談社ノベルスから「新本格ミステリ」の作家として長編デビュー。星新一ショートショート・コンテスト出身で講談社ノベルスから長編デビューした新本格作家には、ほかに太田忠司・奥田哲也がいる。 推理小説では、デビュー作を含む陣内先輩シリーズ3部作や、第2回本格ミステリ大賞(2002年)で小説部門最終候補作となった『たったひとつの』などがある。
北村 邦夫(きたむら くにお、1951年(昭和26年)2月2… 北村 邦夫(きたむら くにお、1951年(昭和26年)2月23日 - )は、日本の産婦人科医、作家。一般社団法人日本家族計画協会会長。経口避妊薬(ピル)や緊急避妊法の普及、思春期の性教育と性感染症予防に関する啓発活動で知られる。 群馬県渋川市生まれ。母子家庭で6人兄弟の困窮家庭に育つ。群馬県立渋川高等学校を卒業後、地域医療に従事すれば授業料が免除される自治医科大学医学部に、1972年に第1期生として入学した。卒業後は群馬県庁に在籍しながら、群馬大学医学部産科婦人科学教室で臨床を学んだ。 1988年4月、日本家族計画協会クリニック所長に就任。その後、同協会理事長、家族計画研究センター所長などを経て会長に就任した。
青木 蓼華(あおき りょうか、1931年〈昭和6年〉 - )… 青木 蓼華(あおき りょうか、1931年〈昭和6年〉 - )は、群馬県渋川市出身の創作こけし作家であり、現代の名工の一人。本名は青木 トシ子。 日本画の技法を基礎とした独自の作風を確立し、内閣総理大臣賞をはじめとする数多くの賞を受賞。2013年には「現代の名工」に認定された。 1931年(昭和6年)、群馬県勢多郡敷島村(現・渋川市赤城町)に生まれる。当初は日本画を志して川合玉堂門下の野沢蓼州に師事し、1961年(昭和36年)に師の一文字を受け継いだ「蓼華(りょうか)」の号を受け、用いるようになった。 創作こけしの制作を開始したのは1958年(昭和33年)頃からで、元は日本画の画材費用を稼ぐための副業であったという。
森田 素夫(もりた もとお、1911年〈明治44年〉10月2… 森田 素夫(もりた もとお、1911年〈明治44年〉10月24日 - 1961年〈昭和36年〉11月17日)は、日本の小説家。1942年、「冬の神」で芥川賞にノミネートされた。 1911年、群馬県北群馬郡伊香保町の旅館・古久屋に生まれる。前橋中学校(現・群馬県立前橋高等学校)に学び1930年準卒業。第一早稲田高等学院を経て、早稲田大学文学部英文科を卒業。在学中に『早稲田文科』を創刊、『象徴時代』『泉』『文芸主潮』『早稲田文学』などの雑誌にも関与した。神近市子などから高い評価を受けた。1942年より応召。同年、「冬の神」で芥川賞にノミネートされる。 戦後は一時期東西出版社で『旬刊ニュース』の編集に携わる。
山口 寒水(やまぐち かんすい、1884年〈明治17年〉4月… 山口 寒水(やまぐち かんすい、1884年〈明治17年〉4月5日 - 1904年〈明治37年〉6月28日)は、明治期の小説家。本名は清一郎。 1884年(明治17年)4月5日、群馬県群馬郡豊秋村大字石原字手川(現・渋川市石原)で、この地方では大きな一町五反の農家の次男として生れる。 1889年(明治23年)4月、渋川町長塚町の渋川町豊秋村学校組合立四明尋常小学校行幸田分校に入学。 小学校時代から雑誌『少年世界』を愛読し、友人と短篇小説を競作するなどする、文学好きの少年であった。1898年(明治31年)3月31日に尋常小学校高等科を卒業後、前橋の私塾集成学館に学ぶ。14歳から15歳の頃にかけては、度々『少年世界』などに詩、俳句、俳文、雑文などを投稿し採用もされた。