向山 淳(むこうやま じゅん、1983年11月19日 - )… 向山 淳(むこうやま じゅん、1983年11月19日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の衆議院議員(2期)、総務大臣政務官。 埼玉県川口市生まれ。父の仕事により、2歳から4歳までペルー、11歳から14歳までアメリカ合衆国、14歳から15歳までアルゼンチンへと移り住んだ。 慶應義塾女子高校卒業後、慶應義塾大学法学部政治学科に進学、卒業。 三菱商事で13年間勤務。主にインターネット決済事業、電力や港湾などのインフラ投資に従事。北海道出身で当時の同僚の夫と結婚。カナダのトロントに駐在し、カナダ三菱商事インフラ金融部長兼OMERS(オンタリオ州地方公務員年金基金)の戦略投資部に出向し、欧米豪の発電所・港湾・高速道路等のインフラ投資や、中小企業の企業再生投資等に従事。
岡村 ゆり子(おかむら ゆりこ、1981年〈昭和56年〉4月… 岡村 ゆり子(おかむら ゆりこ、1981年〈昭和56年〉4月3日- )は、日本の政治家。埼玉県川口市長(1期)。元埼玉県議会議員(2期)、元川口市議会議員(1期)。 埼玉県川口市出身。川口市立差間小学校、川口市立北中学校、恵泉女学園高等学校、フェリス女学院大学、明治大学専門職大学院ガバナンス研究科修了。 テレビ局勤務を経て、実父である岡村幸四郎(第19代 - 第23代川口市長)の事務所業務を手伝う。その父が市長5期目の任期途中で急逝したことで政治の道を志す。 2015年(平成27年)、「第18回統一地方選挙」の後半戦として4月26日に執行された川口市議会議員選挙に無所属で立候補し、11,883票の高得票を得て第1位で初当選し、1期務める。
関 裕通(せき ひろみち、1973年6月22日 - )は、日… 関 裕通(せき ひろみち、1973年6月22日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の川口市議会議員(5期)、元川口市議会議長。 埼玉県川口市出身。川口市立本町小学校、川口市立南中学校、岩倉高等学校卒業。 ジャニーズJr.、竹中直人のマネージャー、実家の冠婚葬祭会社などを経験した。 2007年4月、川口市議会議員選挙に出馬し、初当選。 2021年3月18日、川口市議会議長に就任。
富岡 由紀夫(とみおか ゆきお、1964年4月3日 - )は… 富岡 由紀夫(とみおか ゆきお、1964年4月3日 - )は、日本の政治家。元参議院議員(1期)。元衆議院議員の富岡芳忠は弟。 埼玉県川口市出身。川口市立朝日東小学校、早稲田中学校・高等学校卒業。1987年(昭和62年)3月、早稲田大学政治経済学部経済学科卒業。同年4月、富士銀行に入行。2003年(平成15年)9月、みずほフィナンシャルグループ退職。 2003年(平成15年)11月9日執行の第43回衆議院議員総選挙に、民主党公認で群馬4区から出馬するも、落選。 2004年(平成16年)7月11日執行の第20回参議院議員通常選挙に、民主党公認で群馬県選挙区から出馬し、同選挙区トップで初当選。2009年(平成21年)10月7日、民主党副幹事長に就任。
大野 元裕(おおの もとひろ、1963年〈昭和38年〉11月… 大野 元裕(おおの もとひろ、1963年〈昭和38年〉11月12日 - )は、日本の外交官、政治家。埼玉県知事(第61・62代)。学位は修士(国際大学・1989年)。無所属。 参議院議員(2期)、財団法人中東調査会研究員、外務省国際情報局分析第二課専門分析員、在ヨルダン大使館一等書記官、在シリア大使館一等書記官、株式会社ゼネラルサービス取締役統轄本部本部長、財団法人中東調査会上席研究員、株式会社ゼネラルサービス専務取締役、内閣府大臣政務官、防衛大臣政務官などを歴任した。 埼玉県川口市生まれ。ライオンズクラブ国際理事や大野電機鋳造所社長を務めた大野元昭の長男として生まれる。母はゼネラルサービス代表取締役や川口商工会議所常議員を務める大野洋子。
髙橋 英明(たかはし ひであき、1963年(昭和38年)5月… 髙橋 英明(たかはし ひであき、1963年(昭和38年)5月10日 - )は、日本の政治家。埼玉維新の会代表。埼玉県川口市出身。 衆議院議員(2期)、川口市議会議員(3期)、不動産会社代表、川口青年会議所理事長を歴任。自由民主党所属で川口市議を経て、2016年より日本維新の会に所属し、2021年の衆議院選挙で比例復活により初当選。2024年の衆議院選挙でも比例復活で再当選。 埼玉県川口市生まれ。浦和市立南高等学校、武蔵大学経済学部、中央工学校建築科専門部を卒業。不動産業を営む傍ら、川口青年会議所第38代理事長を務めた。 2003年に川口市議会議員に初当選し、3期務めた。市議時代は自由民主党に所属した。
伊藤 岳(いとう がく、1960年〈昭和35年〉3月6日 -… 伊藤 岳(いとう がく、1960年〈昭和35年〉3月6日 - )は、日本の政治家、反原発活動家。 埼玉県川口市出身。埼玉県立越ヶ谷高等学校、文教大学人間科学部卒業。 日本民主青年同盟埼玉県委員長、日本共産党埼玉中央地区委員長等を経て、参議院議員(1期)、日本共産党中央委員、同党埼玉県国民運動部長を歴任。 2001年に行われた第19回参議院議員通常選挙で国政に初挑戦した。比例区より立候補したが落選。 それからは2003年、2005年、2009年の衆議院選挙で埼玉1区より、そして2010年、2013年、2016年の参議院議員選挙に参議院埼玉県選挙区より日本共産党から立候補したものの、いずれも落選に終わっている。
岡村 幸四郎(おかむら こうしろう、1953年(昭和28年)… 岡村 幸四郎(おかむら こうしろう、1953年(昭和28年)1月12日 - 2013年(平成25年)12月25日)は、日本の政治家。埼玉県川口市長(第19代 - 第23代)、埼玉県議会議員(2期)、川口市議会議員(1期)を歴任した。 埼玉県川口市出身。川口市立十二月田小学校、川口市立十二月田中学校、埼玉県立浦和高等学校、早稲田大学法学部卒業。1976年(昭和51年)4月、東急不動産株式会社に就職。1977年(昭和52年)4月、川口市役所に転職。 1987年(昭和62年)、川口市議会議員選挙に出馬し、初当選。1991年(平成3年)4月、埼玉県議会議員選挙に出馬し、初当選。1995年(平成7年)の県議選で2期目の当選。
奥ノ木 信夫(おくのき のぶお、1951年〈昭和26年〉4月… 奥ノ木 信夫(おくのき のぶお、1951年〈昭和26年〉4月29日 - )は、日本の政治家。埼玉県川口市長(3期)、埼玉県議会議員(5期)、川口市議会議員(1期)を歴任した。 埼玉県川口市西川口出身。父は川口市議会議員や埼玉県議会議員(第89代議長)を務めた奥ノ木徳二。 西川口幼稚園、川口市立仲町小学校、川口市立仲町中学校、埼玉県立浦和高等学校卒業。1975年3月、早稲田大学法学部卒業。 1991年4月、川口市議会議員選挙に出馬し、初当選。1995年4月、埼玉県議会議員選挙に自由民主党公認で出馬し、初当選。2009年3月から2010年3月まで埼玉県議会議長をつとめた。 2013年12月25日、川口市長の岡村幸四郎が急性腎不全のため在任死去。
名倉 隆(なぐら たかし、1945年〈昭和20年〉8月16日… 名倉 隆(なぐら たかし、1945年〈昭和20年〉8月16日 - 2025年〈令和7年〉3月5日)は、日本の政治家。位階勲等は従四位旭日中綬章。 元埼玉県鳩ヶ谷市(現・川口市)長(4期)。 埼玉県川口市(のち鳩ヶ谷町→鳩ヶ谷市に分離)出身。埼玉県立川口工業高等学校卒。卒業後は機械、印刷、製薬会社に勤務する。1974年(昭和49年)から鳩ヶ谷市議会議員を4期務める。 1990年(平成2年)9月9日の鳩ヶ谷市長選挙に無所属で立候補し、元市議や政治活動家の三井理峯ら4人を破って初当選する(三井は82票と最下位)。 ※当日有権者数:41,396人 最終投票率:62.17%(前回比:+18.14pts) 1994年(平成6年)9月11日の市長選挙に自民党、新生党、日本新党、民社党、新党さきがけの各党の推薦を得て無所属で立候補し、共産党推薦の無所属新人を破って再選を果たした。
永瀬 洋治(ながせ ようじ、1931年(昭和6年)9月10日… 永瀬 洋治(ながせ ようじ、1931年(昭和6年)9月10日 - 2012年(平成24年)2月11日)は日本の政治家。埼玉県川口市長(第15代 - 第18代)。 埼玉県川口市出身。市立浦和高等学校を経て1954年に立教大学を卒業し、川口市役所に就職、1967年に川口市議会議員に初当選、この年の第22回国民体育大会では事務局長を務めた。 埼玉県議会議員を経て1981年から1997年まで4期16年川口市長を務めた。市長退任後も日本体育協会の理事、埼玉県体育協会の副会長、埼玉県国際交流協会の副会長、日本オペレッタ協会の理事を務めた。 市長在任中、「文化の香る街づくり」を掲げて川口駅前の公害資源研究所跡地の払い下げを受けて川口リリアを建設すると共に川口市民音楽協会会長(市長を退任した1998年から名誉会長)に就任、第九の会などを設立した。
岩田 三史(いわた さんし、1890年(明治23年)12月3… 岩田 三史(いわた さんし、1890年(明治23年)12月3日 - 1973年(昭和48年)9月3日)は、大正から昭和期の医師、政治家。貴族院多額納税者議員、埼玉県川口市長、川口市名誉市民。 埼玉県北足立郡川口町(現在川口市)で、川口屈指の大地主・岩田武三郎、いよ の長男として生まれた。浦和中学校(現埼玉県立浦和高等学校)、第四高等学校第三部を経て、1919年(大正8年)九州帝国大学医学部を卒業。同医学部副手、東京帝国大学医学部細菌学教室研究生となり、医学博士号を取得した。その後、帝国女子医学薬学専門学校(現在の東邦大学)教授、額田内科病院副院長を務めた。 1931年(昭和6年)6月4日、補欠選挙で貴族院多額納税者議員に選出され、1932年(昭和7年)9月28日まで在任。
永瀬 寅吉(ながせ とらきち、1890年(明治23年)11月… 永瀬 寅吉(ながせ とらきち、1890年(明治23年)11月5日 - 1965年(昭和40年)7月17日)は、日本の実業家・政治家。貴族院多額納税者議員、埼玉県川口市長(第3代)。 埼玉県北足立郡川口町(現:川口市)で、川口町長・鋳物業、永瀬庄吉の長男として生まれる。1909年、埼玉県立浦和中学校卒業後に東京高等工業学校を修了した。 1912年以降、永瀬鉄工所管理者、川口商工会議所会頭、川口鋳物工業組合理事などを務めた。 1933年、川口市の市制施行に伴い市会議員に就任し、初代議長を務めた。1935年7月1日、第3代川口市長に就任し、1938年4月1日まで在任。その他、埼玉県産業報国会副会長、大政翼賛会埼玉県支部参与などを務めた。
田中 徳兵衛(四代目 德兵衞、たなか とくべえ、1875年(… 田中 徳兵衛(四代目 德兵衞、たなか とくべえ、1875年(明治8年)5月15日 - 1947年(昭和22年)7月30日)は、日本の実業家、政治家。貴族院多額納税者議員、埼玉県北足立郡南平柳村長。幼名・徳蔵。勲四等旭日章。味噌醸造業。 埼玉県足立郡十二月田村(のち北足立郡南平柳村、現・川口市)で、味噌醸造業、素封家・三代目田中徳兵衛の長男として生まれる。1894年(明治27年)家督を相続し四代目徳兵衛を襲名した。 埼玉味噌醸造組合長、帝国実業協会幹事、東京共立銀行監査役、東京紡績監査役などを務めた。 南平柳村会議員を務めた後、1922年(大正11年)から1929年(昭和4年)まで同村長を務めた。
野呂 丈太郎(のろ じょうたろう、1874年(明治7年)1月… 野呂 丈太郎(のろ じょうたろう、1874年(明治7年)1月29日 - 1927年(昭和2年)10月3日)は、日本の実業家、政治家。衆議院議員。 埼玉県足立郡安行領根岸村(のち北足立郡神根村、現:川口市安行領根岸)で、染織業・野呂栄次郎の長男として生まれる。東京で警察官を務めながら法律学を学ぶ。その他、榊原鍵吉から剣術を学び、さらに柔道を修めた。父の病により帰郷し家業を継いだ。埼玉製織会社を設立して社長となり、茨城県で鉱山事業も営んだ。 政界では、神根村会議員、北足立郡会議員、埼玉県会議員などを務めた。1920年5月、第14回衆議院議員総選挙で埼玉県第一区から憲政会所属で出馬して当選し、衆議院議員を一期務めた。
石田 勝之 は、日本の政治家、政治学者。勲等は旭日重光章。日… 石田 勝之 は、日本の政治家、政治学者。勲等は旭日重光章。日本大学国際関係学部・大学院国際関係研究科教授、同特任教授。