市原 淳(いちはら あつし、1977年2月6日 - )は、日… 市原 淳(いちはら あつし、1977年2月6日 - )は、日本の政治家、薬剤師。千葉県茂原市長(1期)。元千葉県議会議員(2期)。 千葉県茂原市出身。茂原市立萩原小学校、茂原市立茂原中学校、千葉県立長生高等学校を経て、帝京大学薬学部を卒業する。卒業後は東京大学医学部附属病院薬剤部研修を修了した。修了後は早期胃癌検診協会中央診療所、アインファーマシーズ(旧アインメディカルシステムズ)に勤務した後、帰郷し、株式会社市原薬局代表取締役となる。 2019年の千葉県議会議員選挙に無所属で立候補し当選。2023年の県議会議員選挙は自由民主党公認で再選。 2023年12月25日、翌年の茂原市長選挙への立候補を表明。
田中 豊彦(たなか とよひこ、1952年(昭和27年)4月2… 田中 豊彦(たなか とよひこ、1952年(昭和27年)4月27日 - )は、日本の政治家。千葉県茂原市長(4期)、千葉県議会議員(2期)を務めた。 千葉県茂原市出身。1971年(昭和46年)3月、千葉県立長生高等学校卒業。1976年(昭和51年)3月、早稲田大学商学部卒業。祖父の田中豊(元衆議院議員)が創業した鋼材卸販売会社「千葉興業」や食料品店「ゆたかストアー」の社長を務める。 2003年(平成15年)の千葉県議会議員選挙で初当選。2007年(平成19年)に再選。県議時代は自由民主党に所属した。 2008年(平成20年)4月27日に行われた茂原市長選挙に自民党・公明党・民主党・連合千葉の推薦を受けて出馬。
糸久 八重子(いとひさ やえこ、1932年3月22日 - )… 糸久 八重子(いとひさ やえこ、1932年3月22日 - )は、日本の政治家、元日本社会党参議院議員(2期)。 千葉県茂原市出身。千葉県立大原高等学校を経て、1954年千葉大学教育学部卒。千葉県各地で中学教諭を務め、1983年の第13回参議院議員通常選挙で千葉選挙区から日本社会党公認で立候補して当選。2期務めた。1991年に社会党副委員長に就任。1995年の第17回参議院議員通常選挙に出馬せず引退した。
安川 寛三郎(やすかわ かんざぶろう、1855年1月8日(安… 安川 寛三郎(やすかわ かんざぶろう、1855年1月8日(安政元年11月20日)- 1926年(大正15年)7月22日)は、明治から大正期の農業経営者、醸造家、政治家。衆議院議員、千葉県長生郡茂原町長。旧姓・横堀、幼名・篤造、号・雲山。 上総国長柄郡茂原村(千葉県長柄郡茂原町茂原、長生郡茂原町茂原を経て現茂原市)で、横堀確三郎の三男として生まれる。漢学を修めた。その後、代々里正を務め、醤油・酢製造業の酢屋当主、茶園も経営していた先代安川寛三郎の養子となる。1879年(明治12年)養父の死去に伴い家督を相続し寛三郎を襲名した。 家業を受け継ぎ、紅茶をイギリスに輸出するなど茶業経営に励んだ。1884年(明治17年)茂原町用掛となり、千葉県勧業諮問会員、長柄上埴生茶業組合委員長などを務め、地域の茶業振興に尽力した。
4代 高橋 喜惣治(たかはし きそうじ、1850年7月21日… 4代 高橋 喜惣治(たかはし きそうじ、1850年7月21日(嘉永3年6月13日)- 1918年(大正7年)4月15日)は、明治期の地主、政治家。衆議院議員、貴族院多額納税者議員。のち左京(さきょう)と改名した。名・猷、諱・種健、字・伯応、号・鶴洲、通称・喜惣治。 上総国埴生郡立木村(千葉県上埴生郡鶴枝村立木、長生郡鶴枝村を経て現茂原市)で、豪農、大庄屋・高橋千満太の長男として生まれる。高橋家は曽祖父・信重以来、通称を喜惣治と称した。富津の織本東岳(履道)から漢学を学び、さらに江戸の島田重礼に入門し、小野湖山に詩文を学んだ。帰郷して大庄屋となった。 1872年(明治5年)第三十九区戸長に就任。第七大区地租改正惣代人、第七大区区会議員、第七大区四小区戸長などを歴任。
板倉 胤臣(いたくら たねおみ、1840年9月27日(天保1… 板倉 胤臣(いたくら たねおみ、1840年9月27日(天保11年9月2日)- 1895年(明治28年)8月21日)は、明治期の実業家、政治家。衆議院議員、千葉県会議長。 上総国長柄郡茂原村(千葉県長柄郡茂原村、茂原町茂原、長生郡茂原町を経て現茂原市)で、醤油醸造業・板倉任他郎の長男として生まれる。1865年(慶応元年)江戸に出て芳野金陵に師事し儒学を修め、勤皇の志士と交わった。 1868年(明治元年)夏、鎮撫総督柳原前光が勅使として上総、下総に派遣された際に、板倉は先導役を務めた。同年9月、鎮台府房総監察兼宮谷県知事・柴山典の属官となり訟事を担った。 1872年(明治5年)に帰郷し、千葉県第7大区(長柄・埴生郡)副区長に就任。