井坪 陽生(いつぼ ひなせ、2005年3月17日 - )は、… 井坪 陽生(いつぼ ひなせ、2005年3月17日 - )は、東京都八王子市出身のプロ野球選手(外野手)。右投右打。阪神タイガース所属。 八王子市立七国中学校在学時は硬式野球のクラブチームである八王子シニアでプレーし、3年時にU-15アジアチャレンジマッチの日本代表に選出された。 関東第一高等学校に進学し、1年秋には4番を務めたが、その後監督の米澤貴光から「考え方や取り組みが甘い」とされて2年春、夏はベンチを外され、同年秋から復帰した。3年春は東京都大会で優勝し、関東大会でも準優勝した。同年夏は東東京都大会準々決勝で都立城東に敗れた。3年間で甲子園大会出場はなし。高校通算32本塁打。 2022年9月5日にプロ志望届を提出した。
田村 朋輝(たむら ともき、2004年4月6日 - )は、東… 田村 朋輝(たむら ともき、2004年4月6日 - )は、東京都八王子市出身のプロ野球選手(投手・育成選手)。右投右打。読売ジャイアンツ所属。 緑ヶ丘幼稚園卒園後、別所小学校2年の時に軟式チーム・松が谷ジャガーズで野球を始め、別所中学時には町田市の硬式チーム・町田リトルシニアに所属。 高校は山形県の酒田南高等学校に進学。1年夏からメンバー入りし、2年春からはエース。2年の秋に山形県大会で優勝。3年夏の県大会の3回戦では、延長10回までを投げて11個の三振を奪い降板したが、11回に勝ち越され東海大学山形高等学校に敗戦。甲子園に出場することはできなかった。 2022年10月20日に行われたプロ野球ドラフト会議において、読売ジャイアンツから育成ドラフト2巡目指名を受けた。
小田 康一郎(おだ こういちろう、2003年8月15日 - … 小田 康一郎(おだ こういちろう、2003年8月15日 - )は、東京都八王子市出身のプロ野球選手(内野手)。右投左打。横浜DeNAベイスターズ所属。 中京学院大学附属中京高等学校(在学中に「中京高等学校」に改称)では1年夏の第101回全国高等学校野球選手権大会に三塁手のレギュラーとして出場し、ベスト4進出に貢献した。東海大相模との3回戦で決勝点となる適時打を放った。3年夏はエースと4番を兼任したが、岐阜大会2回戦で自らの暴投によりサヨナラ負けを喫した。高校通算34本塁打。1学年上に元謙太、2学年上に赤塚健利、藤田健斗がいた。 高校卒業後は青山学院大学へ進学した。1年春からリーグ戦に出場し、一塁手としてベストナインを3度受賞した。
細野 晴希(ほその はるき、2002年2月26日 - )は、… 細野 晴希(ほその はるき、2002年2月26日 - )は、東京都八王子市出身のプロ野球選手(投手)。左投左打。北海道日本ハムファイターズ所属。 八王子市立加住小学校で2年生の時に交友ビクトリーズで野球を始め、東海大学菅生高等学校中等部では3年夏に都大会でベスト4に進出した。 東亜学園高等学校に進学し、1年時からベンチ入り。U17の東京都選抜に選出された。高校時代は甲子園大会への出場はなく、3年夏は東東京大会の初戦で東京実業に敗れた。 高校卒業後は東洋大学へ進学。ウエイトトレーニングに励み、高校時代に140km/hだった最速を、1年秋の時点で148km/hまで伸ばした。チームは2年春のリーグ戦で6位に終わり、日本大学との入れ替え戦に敗れて2部リーグへ降格した。
荘司 宏太(しょうじ こうた、2000年5月22日 - )は… 荘司 宏太(しょうじ こうた、2000年5月22日 - )は、東京都八王子市出身のプロ野球選手(投手)。左投左打。東京ヤクルトスワローズ所属。 小学校2年生の時に軟式野球を始めた。八王子市立ひよどり山中学校在学時は硬式野球のクラブチームである昭島リトルシニアでプレーした。駿台甲府高等学校に進学し、1年夏からベンチ入り。在学中、甲子園出場はなかった。 高校卒業後は国士舘大学へ進学。1年春からベンチ入りし、東都2部で通算1勝1敗、防御率3.65の成績を残した。 大学卒業後はセガサミーへ入社。1年目の都市対抗では、2死二三塁のピンチで登板し、三菱自動車岡崎の荒井海斗をショートゴロに打ち取った。2年目は活躍が評価され、東京ガスの補強選手として出場。
八木 健史(やぎ たけし、1990年1月13日 - )は、東… 八木 健史(やぎ たけし、1990年1月13日 - )は、東京都八王子市出身の元プロ野球選手(捕手、右投右打)。コーチ。NPBでは育成選手であった。 八王子市立川口中学校時代は「八王子リトルシニア」でプレー。中学卒業後は工学院大附高へ進学。高校時代は捕手を務め、3年時の夏は西東京予選2回戦で八王子高に3-11で敗れた。甲子園出場経験はなし。 高校卒業後は、杏林大学へ進学するも中退。その後、社会人野球のクラブチームである横浜ベイブルースに入団。 2010年1月23日、ベースボール・チャレンジ・リーグの群馬ダイヤモンドペガサスの球団トライアウトに合格し入団。同年は、28試合に出場し打率.147に終わる。
千葉 英貴(ちば ひでき、1983年10月25日 - )は、… 千葉 英貴(ちば ひでき、1983年10月25日 - )は、東京都八王子市出身の元プロ野球選手(投手)、野球指導者。 小学生の頃は「八王子イーグルス」、中学生の頃は「八王子リトルシニア」でプレー。 日大三高3年時は、第73回選抜高等学校野球大会では3回戦敗退だったが、第83回全国高等学校野球選手権大会で優勝を果たす。2001年度のドラフトで横浜ベイスターズから6巡目指名を受け入団。 ドラフト当時、日大三高からは千葉の他に、内田和也がヤクルトスワローズ、近藤一樹が大阪近鉄バファローズ、都築克幸が中日ドラゴンズから指名を受け、1つの高校から4名がプロ入りしたという事が大きなトピックスであった。これは同じ高校の選手が同じ年のドラフトで指名を受けた人数で史上最多タイ記録である。
髙木 大成(たかぎ たいせい、1973年12月7日 - )は… 髙木 大成(たかぎ たいせい、1973年12月7日 - )は、東京都八王子市出身の元プロ野球選手(内野手、外野手、捕手)、野球解説者。 現役時代は西武ライオンズ(現:埼玉西武ライオンズ)でプレーし、引退後は西武の球団職員として活動した。2011年12月から2017年3月まではプリンスホテルに勤務した。 両親が福岡県出身で、福岡県の平和台野球場を本拠地球場としていた西鉄ライオンズの後身である西武ライオンズの本拠地である西武ライオンズ球場(現:ベルーナドーム)に髙木をよく野球観戦に連れて行っていたことから、髙木自身も西武のファンになる。小学2年からリトルリーグで野球を始めた。中学では「八王子リトルシニア」に所属し、チームメイトの1学年上に同じくプロ野球選手となった遠藤政隆や、お笑い芸人の渡部建(アンジャッシュ)がいた。
髙木 大成(たかぎ たいせい、1973年12月7日 - )は… 髙木 大成(たかぎ たいせい、1973年12月7日 - )は、東京都出身の元プロ野球選手(内野手、外野手、捕手)。現役引退後は埼玉西武ライオンズの球団職員を経て、2011年12月よりプリンスホテルに勤務。
遠藤 政隆(えんどう まさたか、1972年9月20日 - )… 遠藤 政隆(えんどう まさたか、1972年9月20日 - )は、東京都八王子市出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。 福島県西白河郡西郷村生まれ。幼い頃に東京都八王子市に移る。小学4年でリトルリーグ入りし、中学3年の時には「八王子リトルシニア」でプレーし、全国大会で3位になった。アンジャッシュの渡部建とリトルリーグでチームメイトだった。 山梨県の日本大学明誠高等学校を卒業後、社会人野球の熊谷組へ入社。チームの休部が決まっていた1993年度のNPBドラフト会議で中日ドラゴンズから4位指名を受け、同年11月29日に契約金5000万円、年俸720万円の契約条件で仮契約した。 1994年は1試合に先発した以外は全て中継ぎでの登板でこの年は全体でも13試合に登板し防御率4.56を記録した。
落合 勤一(おちあい きんいち、1947年6月21日 - 2… 落合 勤一(おちあい きんいち、1947年6月21日 - 2011年4月10日)は、東京都八王子市出身のプロ野球選手。ポジションは投手。 実践商業高校では、エースとして1965年夏の甲子園都予選5回戦まで進むが、日大二高の神山修に完封を喫する。高校時代はスライダーやフォークボールを武器とし、大型右腕として注目されていた。 1965年プロ野球ドラフト会議で東映フライヤーズに7位指名で入団。3年目の1968年には一軍に上がり23試合に登板、8月から先発としても起用される。9月12日には西鉄を相手に6回からリリーフに立ち、2イニングを無失点に抑え、8回に味方が逆転しプロ初勝利を記録した。1970年にフォームをスリークォーターから下手投げに変えたが、同年限りで引退。