山口 貴裕(やまぐち たかひろ、1973年(昭和48年)2月… 山口 貴裕(やまぐち たかひろ、1973年(昭和48年)2月7日 - )は、日本の政治家。神奈川県厚木市長(1期)。元神奈川県議会議員(3期)、元厚木市議会議員(1期)。 神奈川県厚木市生まれ。厚木市立厚木小学校、厚木市立厚木中学校、私立明徳学園相洋高等学校を経て、桐蔭横浜大学法学部法律学科を卒業する。自由民主党かながわ政治大学校第7期生となり、民間企業勤務を経て、父で当時厚木市長の山口巖雄の秘書となる。 2007年厚木市議会議員選挙に立候補し、最高位で当選する。2011年神奈川県議会議員に初当選。神奈川県議会県民・企業常任委員会副委員長となる。2015年2期目の当選を果たす。産業・経済活性化特別委員会委員長。
甘利 明(あまり あきら、1949年〈昭和24年〉8月27日… 甘利 明(あまり あきら、1949年〈昭和24年〉8月27日 - )は、日本の政治家。勲等は旭日大綬章。 労働大臣(第65代)、経済産業大臣(第7・8代)、内閣府特命担当大臣(規制改革)、内閣府特命担当大臣(経済財政政策)、通商産業政務次官(宇野内閣・第1次海部内閣)、衆議院予算委員長、衆議院議員(13期)、自由民主党政務調査会長(第54代)、自由民主党財務委員長、自由民主党広報本部長、自由民主党行政改革推進本部長、自由民主党選挙対策委員長(第6代)、自由民主党税制調査会長、自由民主党幹事長(第54代)を歴任した。父は衆議院議員などを務めた甘利正。 神奈川県厚木市生まれ(現住所は大和市中央林間3丁目)。
小林 常良(こばやし つねよし、1949年〈昭和24年〉4月… 小林 常良(こばやし つねよし、1949年〈昭和24年〉4月28日 - )は、日本の政治家。神奈川県厚木市長(4期)、神奈川県議会議員(1期)、厚木市議会議員(3期)を務めた。 神奈川県厚木市生まれ。厚木市立依知小学校、厚木市立依知中学校、神奈川県立中央農業高等学校、日本大学農獣医学部農工学科卒業。1972年、厚木市役所に入庁した。 1991年8月、厚木市議会議員選挙に立候補し、初当選。2003年まで3期12年務める。2003年、神奈川県議会議員選挙に自由民主党公認で立候補し、当選。 2007年、県議を1期目の任期途中で辞職。前市長の山口巖雄の多選(4選)を阻止すべく、自民党を離党し、同年1月28日に行われた厚木市長選挙に無所属で立候補し「多選防止」を掲げ初当選。
山口 巖雄(やまぐち いわお、1942年〈昭和17年〉9月2… 山口 巖雄(やまぐち いわお、1942年〈昭和17年〉9月28日 - )は、日本の政治家。神奈川県厚木市長(3期)。神奈川県議会議員(2期)を務めた。現在3園の保育園を率いる社会福祉法人「県央いずみ会」の理事長を務める。 1942年 神奈川県厚木市生まれ。厚木市立南毛利小学校、厚木市立南毛利中学校、神奈川県立厚木高等学校卒業。 1965年 立教大学経済学部経済学科在学中、立教大学体育会陸上競技部にて東京箱根間往復大学駅伝競走大会に出場 1987年 神奈川県議会議員選挙に自由民主党公認で出馬し当選 1995年 県議を2期目の任期途中で辞職。厚木市の財政を再建し立て直すとともに発展を目的に、厚木市長選挙に無所属で出馬し、初当選し4代目厚木市長として3期(1995年2月23日~2007年2月22日)を務める。
足立原 茂徳(あだちはら しげのり、1921年〈大正10年〉… 足立原 茂徳(あだちはら しげのり、1921年〈大正10年〉2月12日 - 2002年〈平成14年〉3月16日)は、昭和から平成時代の政治家。神奈川県厚木市長。位階は従五位。 厚木市出身。旧制厚木中学校(現神奈川県立厚木高等学校)第32回卒業。1949年(昭和24年)東京文理科大学文学部東洋史学科を卒業し、母校の厚木高等学校教諭となる。その後、青少年センター館長、県教育副参事、社会教育課長などを歴任し、1973年(昭和48年)厚木市助役に就任。 1979年(昭和54年)以来、厚木市長に4選した。1992年(平成4年)厚木テレコムタウンの推進母体である厚木テレコムパークの初代社長に就任。1995年(平成7年)引退した。
小塩 八郎右衛門(こしお はちろうえもん、1865年12月2… 小塩 八郎右衛門(こしお はちろうえもん、1865年12月27日(慶応元年11月10日) - 1947年(昭和22年)1月17日)は、明治時代から昭和時代初期の政治家、銀行家。貴族院多額納税者議員、衆議院議員。前名は堅作。 小塩八郎右衛門寛蔵利殖の長男として、相模国大住郡戸田村(神奈川県中郡相川村を経て現・厚木市)に生まれる。1883年(明治16年)10月、家督を相続し前名を改め八郎右衛門を襲名した。小笠原東洋に漢学を学ぶ。農業を営み、相川村収入役、同村長、神奈川県会議員、地方森林会議員、県農会副会長、徴兵参事員、所得調査委員を歴任する。ほか、神奈川県農工銀行頭取、産業組合中央会支部長を務めた。
黄金井 為造(こがねい ためぞう、1865年8月17日(慶応… 黄金井 為造(こがねい ためぞう、1865年8月17日(慶応元年6月26日)- 1934年(昭和9年)10月14日)は、日本の政治家、衆議院議員(1期)。 相模国愛甲郡七沢村(神奈川県愛甲郡玉川村を経て現厚木市)で、酒造業・黄金井伝四郎の長男として生まれた。慶應義塾、高等商業学校、東京英和学校で学ぶ。 酒造業と肥料業を営む。愛甲郡会議員、同議長、神奈川県酒造組合、同産牛馬組合各組合長、同農会長、全国酒造組合連合会会長、日本酒造組合中央会会長となる。 1910年の衆議院神奈川県郡部の補欠選挙において立憲政友会公認で立候補して当選した。衆議院議員を1期務め、1912年の第11回衆議院議員総選挙には出馬しなかった。