大八洲 晃(おおやしま あきら、1906年3月10日 - 1… 大八洲 晃(おおやしま あきら、1906年3月10日 - 1975年4月27日)は、富山県西礪波郡(現・高岡市)出身で立浪部屋に所属した大相撲力士。本名は坂本 多喜知(さかもと たきち、旧姓:東爪)。最高位は西前頭10枚目(1936年5月場所)。現役時代の体格は192cm、120kg。得意手は左四つ、寄り。 入門前に松竹で映画俳優をしていたという異色の経歴の持ち主。ほぼ同時期に立浪部屋に入門した双葉山と出世を争い、その体格から双葉山よりも有望視されていた。しかし、相手を引っ張り込むだけで技能に乏しい取り口だったため伸び悩んだ。 双葉山は幕下時代に大八洲に「右目が全然、見えないんだ」と打ち明けたが、それは引退するまで2人だけの秘密となった。
射水川 健太郎(いみずがわ けんたろう、1894年5月10日… 射水川 健太郎(いみずがわ けんたろう、1894年5月10日 - 1956年2月3日)は、富山県高岡市出身で稲川部屋、高砂部屋に所属した大相撲力士。本名は松崎 健次(まつざき けんじ、旧姓:麻井)。最高位は小結。元幕内鯱ノ里の養父。現役時代の体格は身長173cm、体重90kg。得意手は上突っ張り、右四つ。 1911年6月初土俵。小兵だが、動きの速さと回転の速い上突っ張りに加え、足取りの奇襲や引き技を見せた。1920年1月新入幕。しばらく下位に低迷したが、1924年5月場所6日目には当時最強の呼び声高い横綱栃木山を突っ張りから足取りを繰り出したのち突き出しで破り金星を獲得、喜びの余りに我を忘れて二字口へ躍り出た。
山田川 清太郎(やまだがわ せいたろう、1886年3月2日 … 山田川 清太郎(やまだがわ せいたろう、1886年3月2日 - 1951年7月24日)は、現在の富山県高岡市出身で稲川部屋に所属した大相撲力士。本名は山田 清太郎。最高位は西前頭13枚目。168cm、92kg。 1908年1月、幕下付出で初土俵。1911年6月新十両。1912年5月場所、宇都宮新八郎と6勝1預かりと6戦全勝の土つかず同士で千秋楽に対戦、これに勝って7勝1預かりで十両優勝を果たす。翌1913年5月場所では宇都宮とともに新入幕となるが、直前の東西合併相撲で大坂相撲の力士2名に暴行され重傷を負ってしまう。このため新入幕場所は初日から休場、5日目から途中出場するも1勝2敗1預かりで9目から再休場。
猫又 三吉(ねこまた さんきち、1855年1月8日(嘉永7年… 猫又 三吉(ねこまた さんきち、1855年1月8日(嘉永7年11月20日) - 1909年(明治42年)10月9日)は越中国射水郡横田村(現・富山県高岡市横田)出身の大相撲力士。本名は江川三吉(のち八島姓)。大阪相撲で活躍し最高位は大関。珍名で知られる。 9代小野川に入門。初名を小猫 三吉と名乗り1873年(明治6年)7月中相撲四段目が初見。1876年(明治9年)の紛擾で脱走、高越山谷五郎一派に参加し猫又 三吉と改めた。 1878年(明治11年)9月の和解本場所には姿を見せず翌1879年(明治12年)9月いきなり前頭筆頭に出た。1883年(明治16年)8月小結、1884年(明治17年)9月関脇、1886年(明治19年)11月31歳で大関となった。