保坂 武(ほさか たけし、1945年〈昭和20年〉2月1日 … 保坂 武(ほさか たけし、1945年〈昭和20年〉2月1日 - )は、日本の政治家。山梨県甲斐市長(5期)。旧竜王町議会議員(3期)、山梨県議会議員(3期)、衆議院議員(3期)、文部科学大臣政務官(第1次安倍改造内閣・福田康夫内閣)を歴任。 山梨県中巨摩郡竜王町(現:甲斐市)出身。山梨県立農林高等学校卒業後、山梨県農業試験場果樹分場で果樹栽培を学んだ。1965年(昭和40年)頃から家業の農業に従事。町の青年団に所属し、地域活動にも取り組む。 1977年(昭和52年)に竜王町議会議員に初当選。「誠実の人となれ」(山梨県立農林高等学校校訓)を信条に、以後連続3期12年間務める。1991年(平成3年)4月からは山梨県議会議員に転身し、3期を務める。
網蔵 平輔(あみくら へいすけ、1870年12月23日(明治… 網蔵 平輔(あみくら へいすけ、1870年12月23日(明治3年11月2日)- 1947年(昭和22年)2月18日)は、明治時代後期から昭和時代の日本の大地主、政治家、実業家。貴族院多額納税者議員。幼名・静。妹の夫は貴族院議員 秋山源兵衛。 網蔵輝祖の孫、輝明の長男として生まれ、1889年(明治22年)2月に家督を相続する。本籍は山梨県北巨摩郡塩崎村(後の同郡双葉町、現在の甲斐市)で農業を生業にした。明治法律学校を修了した。 山梨証券監査役として山梨県多額納税者に列し、1915年(大正4年)貴族院議員に互選され、同年4月29日から1918年(大正7年)9月28日まで在任した。 ほか、北巨摩郡会議員、同郡塩崎村長を務めた。
薬袋 義一(みない ぎいち、1855年2月4日〈安政元年12… 薬袋 義一(みない ぎいち、1855年2月4日〈安政元年12月18日〉 - 1903年〈明治36年〉2月10日)は、日本の政治家。衆議院議員(国民協会→立憲政友会)。位階は正七位。 甲斐国巨摩郡竜王村(現在の山梨県甲斐市)の丹沢家に生まれ、八代郡大塚村(現在の西八代郡市川三郷町)の薬袋義道の養子となった。1877年(明治10年)、区長となった。同年1月及び1880年(明治13年)6月から1883年(明治16年)7月まで山梨県会議員を務めた。 山梨県において県令・藤村紫朗の主導する県政に対して自由民権運動が展開される。薬袋は新聞社・峡中新報社を立ち上げ社長に就任し、『峡中新報』において反藤村県政を展開した。
渡辺 信(わたなべ まこと、天保11年2月1日(1840年3… 渡辺 信(わたなべ まこと、天保11年2月1日(1840年3月4日) - 明治44年(1911年)12月13日)は、明治時代の素封家、政治家、実業家、蔵書家。号は青洲(せいしゅう)。市川大門村(現在の市川三郷町)の自宅内に青洲文庫という私立図書館を設立した。 甲斐国島上条村(現・甲斐市島上条)の小田切五郎右衛門の三男、小田切五三郎として生まれる。万延元年(1860年)、甲斐国西八代郡市川大門村の豪農・豪商渡辺寿の次女ふじのの婿養子となり、名を信(まこと)に改める。1871年(明治4年)家督を相続する。 1877年(明治10年)、甲州葡萄の主要生産地である八代郡祝村(甲州市勝沼町)で、雨宮広光を社長として大日本山梨葡萄酒会社が発足し、渡辺は藤村紫朗・栗原信近・若尾逸平・初鹿野市右衛門らとともに株主の一人となっている。