諸岡 英実(もろおか えみ、1994年(平成6年)9月5日 … 諸岡 英実(もろおか えみ、1994年(平成6年)9月5日 - )は、日本の政治家。立憲民主党所属。愛知県小牧市議会議員(1期)。かつて立憲民主党の山尾志桜里衆議院議員(当時)の秘書を務め、2019年の小牧市議会議員初当選時には立憲民主党の松田功衆議院議員(当時)の秘書を務めている。 愛知県小牧市生まれ。小牧市立本庄小学校と小牧市立味岡中学校を経て、2012年(平成24年)3月、学校法人尾関学園誉高等学校卒業。 母の影響で役者の道を進んでいたが、2011年(平成23年)の東日本大震災をきっかけに社会問題に目を向け始めた。2015年(平成27年)夏には名古屋大学大学院生らとともに「Demo sKratia」という団体を結成し、8月23日には安全保障関連法案に反対する初のデモを開催、その後も安全保障関連法案や憲法改正にかかわるデモを企画した。
佐橋 薫(さはし かおる、1925年(大正14年)6月28日… 佐橋 薫(さはし かおる、1925年(大正14年)6月28日 - 2015年(平成27年)4月28日)は、日本の政治家、実業家。愛知県小牧市長(4期)、愛知県議会議員(5期)。 愛知県小牧市生まれ。小学校3年生のとき、養鶏業を営んでいた父親を亡くす。新聞配達やおけ製造職人見習いなどを経て、1952年(昭和27年)6月、味岡木毛合資会社(現・佐橋工業株式会社)を設立した。愛知県青年団協議会の会長時代に青年会館建設に奔走。これがきっかけで政治の道に入り、1959年(昭和34年)の愛知県議会議員選挙に無所属で立候補するが次点で落選。1963年(昭和38年)4月、県議選に自民党公認で立候補し初当選。同年中京大学専科を中退。
早稲田 柳右衛門(早稻田 柳右エ門、わせだ りゅうえもん、1… 早稲田 柳右衛門(早稻田 柳右エ門、わせだ りゅうえもん、1900年2月25日 - 1984年4月15日)は、日本の政治家。位階は正三位。衆議院議員(12期)を歴任した。 愛知県小牧市出身。享栄商業学校卒業。1929年、瀬戸市会議員となる。 1946年、第22回衆議院議員総選挙に愛知県第1区から日本進歩党公認で立候補し初当選。1947年、第23回衆議院議員総選挙に旧愛知2区から民主党公認で立候補し再選。 1954年、保全経済会の顧問に就任していたため、保全経済会事件に関して、衆議院議員の平野力三、東洋大学教授の松本信次とともに証人喚問される。 1955年、第2次鳩山一郎内閣郵政政務次官。1960年、自民党愛知県連の初代会長に就任。
塚原 嘉一(つかはら かいち、1894年 - 1959年)は… 塚原 嘉一(つかはら かいち、1894年 - 1959年)は、愛知県東春日井郡小牧町春日寺(現在の小牧市)出身の実業家・政治家。小牧町長(1944年 - 1945年)。 朝鮮・満州・中国などに毛織物を輸出した塚原毛織の創業者である。1935年(昭和10年)頃の塚原毛織は約500人もの従業員を抱える大工場だった。塚原毛織には若い女工が多かったことから、小牧高等女学校(現在の愛知県立小牧高等学校)の開校に力を注いだ。名鉄小牧線の開業、町村立組合春日井病院(現在の小牧市民病院)の開院などにも尽力している。
神戸 眞(かんべ しん、1892年11月8日 - 1967年… 神戸 眞(かんべ しん、1892年11月8日 - 1967年7月13日)は、日本の政治家。愛知県小牧市長(3期)、衆議院議員(2期)、愛知県会議員(4期)、篠岡村長などを歴任した。 愛知県東春日井郡陶村(現小牧市)生まれ。1906年(明治39年)3月、小牧町小牧尋常高等小学校(現小牧市立小牧南小学校)卒業。 1929年(昭和4年)3月、篠岡村会議員に就任。その後、愛知県会議員、篠岡村長などを務め、1942年(昭和17年)10月8日から1945年(昭和20年)12月3日まで県会議長を務めた。 戦後、最初に行われた1946年(昭和21年)4月の第22回衆議院議員総選挙に大選挙区制の旧愛知1区から日本進歩党公認で立候補し初当選。
波多野 喜右衛門(はたの きえもん、1857年7月21日(安… 波多野 喜右衛門(はたの きえもん、1857年7月21日(安政4年6月1日)- 1937年(昭和12年)3月1日)は、明治時代後期から大正時代の政治家。衆議院議員。 尾張国東春日井郡、のちの篠岡村、現在の小牧市篠岡に生まれる。神谷梅峰に儒学を学ぶ。戸長、大草村長、篠岡村長、愛知県会議員、同参事会員を経て、1920年(大正9年)第14回衆議院議員総選挙で愛知県第5区から立憲政友会所属で出馬して当選し、1期務める。1921年(大正10年)12月15日、選挙法違反の判決により議員を辞した。
江碕 均(えさき ひとし、1857年(安政4年3月) - 1… 江碕 均(えさき ひとし、1857年(安政4年3月) - 1921年(大正10年)7月15日)は、日本の政治家、衆議院議員(2期)。 尾張国春日井郡小牧村(愛知県東春日井郡小牧町を経て現小牧市)生まれ。漢学を学ぶ。小牧町長となる。 1894年3月の第3回衆議院議員総選挙において愛知3区から自由党所属で立候補して初当選。同年9月の第4回衆議院議員総選挙で再選した。衆議院議員を2期務め、1898年3月の第5回衆議院議員総選挙は不出馬。1921年に死去した。