山下 和弥(やました かずや、1969年〈昭和44年〉6月1… 山下 和弥(やました かずや、1969年〈昭和44年〉6月14日 - )は、日本の政治家。元奈良県葛城市長(2期)。 奈良県御所市出身。奈良県立橿原高等学校を経て、甲南大学経済学部卒。卒業後は民間会社に勤務し、衆議院議員奥野誠亮の秘書となる。葛城市議会議員を1期務め、2008年〈平成20年〉の葛城市長選挙に立候補し、現職を破って初当選する。2012年〈平成24年〉に再選。2016年〈平成28年〉に三選を目指したが、元葛城市議の阿古和彦に敗れた。市長は3期務めた。
奥野 誠亮(おくの せいすけ/せいりょう、1913年〈大正2… 奥野 誠亮(おくの せいすけ/せいりょう、1913年〈大正2年〉7月12日 - 2016年〈平成28年〉11月16日)は、日本の内務官僚、政治家。 衆議院議員(13期)、第16代国土庁長官、第39代法務大臣、第95代文部大臣などを務めた。栄典は正三位勲一等。 奈良県南葛城郡御所町(現・御所市)出身。 父は浪速製氷冷蔵社長、御所郵便局長、奈良県議会議員、御所町長を務めた奥野貞治。 奈良県立畝傍中学校、第一高等学校を経て、1938年(昭和13年)3月、東京帝国大学法学部政治学科卒業。 同年4月、内務省入省。静岡県内務部配属。その後、山梨県内務部人事課長。 第二次世界大戦中の1943年(昭和18年)に鹿児島県警察部特高課長として新興俳句弾圧事件の一つであるきりしま事件を指揮する。
阪本 清一郎(さかもと せいいちろう、1892年〈明治25年… 阪本 清一郎(さかもと せいいちろう、1892年〈明治25年〉1月1日 - 1987年〈昭和62年〉2月19日)は、日本の部落解放運動家、社会運動家、政治家。全国水平社創設者の1人。「水平社」「糺弾」の名称の考案者。 奈良県南葛城郡掖上村柏原(現在の御所市)出身。清三郎の次男。生家は被差別部落のなかでも裕福な地主で、膠製造業を営む。 御所高等小学校をへて1907年に奈良市立商業学校に入学、廃校のため大阪市の成器商業学校に転じて卒業する。1909年、柏原に青年共和団を組織して部落の生活改善につとめる。 家業の膠製造技術の向上を図るために必要な化学を学ぶため、上京して東京工科学校(現・日本工業大学)に遊学する。
坂本 清俊(さかもと きよとし、1864年8月2日〈元治元年… 坂本 清俊(さかもと きよとし、1864年8月2日〈元治元年7月1日〉 - 1949年〈昭和24年〉12月29日)は、日本の篤農家、政治家(奈良県南葛城郡会議員)、社会運動家。部落解放運動家阪本清一郎の従兄弟。 奈良県南葛城郡掖上村柏原(現・御所市)の被差別部落出身。掖上村柏原北方区長を務める。 自由党に入って自由民権運動をおし進める。融和事業に取り組み、1912年、松井庄五郎の大和同志会結成に参加し、副会長となる。 柏原や奈良県内の自主的部落改善運動の中心を担った。 寺田蘇人著『部落の人豪』には、奈良県南葛城郡の部落の人豪として清俊の名前が挙げられている。 阪本清一郎は坂本清俊の影響を大きく受けている。