田中 美佐子(たなか みさこ、1959年〈昭和34年〉11月… 田中 美佐子(たなか みさこ、1959年〈昭和34年〉11月11日 - )は、日本の女優。本名同じ。旧芸名は、田中美佐。島根県知夫郡(現:隠岐郡)西ノ島町出身。所属事務所は浅井企画→佐藤企画→ロートレック→ファザーズコーポレーション→フリーで活動。 島根県海士郡海士村(現:隠岐郡海士町)で兄2人と姉の4人兄姉の次女として誕生。県職員である父親の転勤に伴い、西ノ島町、西郷町(現:隠岐の島町)、松江市と転居を重ねる。松徳女学院高等学校(現:松徳学院高等学校)卒業後、東洋女子短期大学英語英文科に入学。在学中に劇団ひまわりに入団し、卒業後の1981年、TBSの緑山私塾からドラマ『想い出づくり。』でデビューを果たす。
坂栄 一秀(さかえ かずひで、1958年〈昭和33年〉12月… 坂栄 一秀(さかえ かずひで、1958年〈昭和33年〉12月 - )は、日本の政治家、元地方公務員。島根県隠岐郡西ノ島町長(1期)。 島根県隠岐郡西ノ島町出身。大阪大学を卒業。 1981年(昭和56年)4月、島根県庁に入庁。県職員としては環境生活総務課長や、島根県議会事務局次長などを歴任し、2019年(平成31年)に退職した。県庁退職後は公益財団法人島根県消防協会の常務理事を務めた後、2022年(令和4年)4月より衆議院議員の秘書に転身した。 2023年(令和5年)1月、前町長(昇秀樹)の任期満了に伴う西ノ島町長選挙に無所属・新人で立候補。告示日に坂栄以外に立候補の届け出がなかったため、無投票での初当選を果たした。
隠岐ノ島 惠一(おきのしま けいいち、1934年5月31日 … 隠岐ノ島 惠一(おきのしま けいいち、1934年5月31日 - 1986年8月10日)は、島根県知夫郡(現隠岐郡西ノ島町)出身で時津風部屋に所属した元大相撲力士。本名:鋤谷 惠一(すきたに けいいち)。最高位は東十両7枚目(1959年5月場所)。得意技は右四つ、寄り。 1954年1月場所で初土俵を踏む。新序で好成績を残したため、翌場所は序ノ口を飛び越えて序二段に上がり、そこでも好成績を残すと、9月場所では序二段優勝、1955年3月場所では三段目優勝を果たして翌5月場所には早くも幕下へ昇進した。幕下では苦戦することもあったが、初土俵から4年経った1958年9月場所に十両へ昇進。1960年5月場所限りで引退。
今崎 半太郎(いまさき はんたろう、1869年4月5日 - … 今崎 半太郎(いまさき はんたろう、1869年4月5日 - 1957年2月28日)は、隠岐知夫郡西ノ島の浦郷出身の政治家。1904年(明治37年)から1946年(昭和21年)まで、43年間もの長期間にわたって島根県知夫郡浦郷村(現・隠岐郡西ノ島町)の村長を務めた。「浦郷の父」とされる。 今崎は1869年(明治2年)4月5日に隠岐諸島西ノ島の浦郷で生まれた。尾張屋(屋号)の佐藤大四郎の次男である。 1889年(明治22年)以後には各地で町村制が施行され、1904年(明治37年)5月1日には隠岐諸島でも町村制に準ずる「島根県隠岐国ニ於ケル町村ノ制度ニ関スル件」が施行された。近世以来の浦之郷村が単独で自治体を形成し、同年5月1日に島根県知夫郡(現・隠岐郡)浦郷村が発足、35歳の今崎半太郎が初代浦郷村長に就任した。
松浦 斌(まつうら さかる、嘉永4年8月22日(1851年9… 松浦 斌(まつうら さかる、嘉永4年8月22日(1851年9月17日) - 明治23年(1890年)1月17日)は、隠岐知夫郡西ノ島 (現隠岐郡西ノ島町) 出身の神職で焼火神社の神主。しばしば「隠岐航路開拓の先駆者」とされた。 斌は嘉永4年8月22日(1851年9月17日)、隠岐国知夫郡西ノ島の焼火神社の家に生まれた。16歳の時にで焼火権現の別当を継ぎ、1868年(明治元年)の神仏分離令によって還俗して神職となった。 また斌は山上に塾を開いて教育にも携わっており、1872年(明治5年)に学制が発布されると私宅の提供を申し出たり、美田村の各小学校に金10円の寄付を申し出るなどしている。1872年(明治5年)までは波止支校で教壇にも立っていた。