服部 昇大(はっとり しょうた、1982年8月10日 - )… 服部 昇大(はっとり しょうた、1982年8月10日 - )は、岡山県津山市出身の日本の漫画家、イラストレーター、同人作家。 関心が深く漫画で取り上げているジャンルとして、映画、日本のヒップホップシーン、プリキュアシリーズやプリティーシリーズなどの女児向けシリーズがある。それぞれ『邦キチ! 映子さん』など商業作品のほか、「ギリギリ! パクキュア」などの同人作品にも反映されている。 2017年より6代目『日ペンの美子ちゃん』を手がけている。服部はその数年前から、日本語ラップをテーマにしたパロディ漫画『日ポン語ラップの美ー子ちゃん』をウェブや同人誌で発表しており、パロディを書いていた作家が本家を担当することになった。
甲田 学人(こうだ がくと、1977年〈昭和52年〉 - )… 甲田 学人(こうだ がくと、1977年〈昭和52年〉 - )は日本のライトノベル作家。岡山県津山市出身。二松学舎大学卒業。本名・甲田学。英語圏での出版物は甲田をCodaと表記している。 第7回電撃ゲーム小説大賞で短編小説『夜魔 罪科釣人奇譚』が最終選考に残ったことでその執筆力が認められ、書き下ろし『Missing 神隠しの物語』で電撃文庫より2001年にデビュー。 「自分の作品はホラーではなくメルヘンである」「残酷描写はあるものの、グロテスクでは決してない」など、文庫[要文献特定詳細情報]のあとがきにて主張している(『断章のグリムII』にて初めて「スプーン1杯ほどの、グロテスク」を加えた、とあとがきに記している)。
藤井 素介(ふじい もとすけ、1934年 - )は日本の歴史… 藤井 素介(ふじい もとすけ、1934年 - )は日本の歴史小説作家。本名、藤井 資右(読み同じ)。岡山県津山市生まれ。横浜市鶴見区在住。 高校中退後、塗装工、営業マン、会社役員など、さまざまな職に就く。1953年(昭和28年)大阪で内田朝雄主宰の「劇団月光会」の研究生となり、仕事をしながら舞台で経験を積む。のち、横浜の劇団「蒼生樹」座友となる。1993年(平成5年)、幕末の文化年間に八丈島への流人である父の付き添いとなり島に渡った旗本の嫡男、斎藤守孝の、赦免となるまでの25年に亘る生活を描いた『海鳴りやまず 八丈流人群像』が第4回時代小説大賞を受賞しデビュー。主に史実を基にした歴史小説を手掛ける。
棟田 博(むねた ひろし、1909年〈明治41年〉11月5日… 棟田 博(むねた ひろし、1909年〈明治41年〉11月5日 - 1988年〈昭和63年〉4月30日)は、日本の作家。自己の戦争体験を元に手記・随筆・小説を描いた「兵隊作家」のひとり。 1909年(明治41年)11月、岡山県英田郡倉敷村(現在の美作市林野)の伊藤家に生まれる。後に岡山県津山市の棟田家の養子となる。家は料亭を営み、常に芸妓の姿や三味線の音が絶えなかったという。旧制岡山県立津山中学校を経て、早稲田大学文学部国文科を中退する。地元に帰り、短歌同人に参加するなど、文学青年の道を歩む。 1928年(昭和3年)に徴兵検査甲種合格、1929年(昭和4年)1月、岡山歩兵第10連隊に現役兵として入営する。
妹尾 韶夫(せのお あきお、1892年3月4日 ‐ 1962… 妹尾 韶夫(せのお あきお、1892年3月4日 ‐ 1962年4月19日)は、日本の翻訳家・探偵小説作家。創作では妹尾アキ夫名義での活動が多い。 岡山県津山市生まれ。早稲田大学英文科卒業後、1922年(大正11年)頃から雑誌『新青年』等で英米中心の探偵小説の翻訳を手がける。ステイシー・オーモニア(英語版)、L.J.ビーストン、R.A.フリーマン、ハリス・バーランド、ブリットン・オースティン、アガサ・クリスティーの短編が特に多かった。1925年(大正14年)以降はアキ夫名義で創作も手がけ、30作から40作ほどの短編を発表している。 また、『新青年』で月評を担当していた胡鉄梅、『宝石』で月評を担当していた小原俊一は、共に妹尾の変名だといわれている。
楠 かつのり(くすのき かつのり)は、音声詩人、映像作家。「… 楠 かつのり(くすのき かつのり)は、音声詩人、映像作家。「詩のボクシング」の日本朗読ボクシング協会代表。ロボット&人工知能アート研究所所長。大学名誉教授。 1997年に自分のことばを声にして伝え合う競技「詩のボクシング」を始める。一般参加によるトーナメントの「詩のボクシング」大会は、これまでに43都道府県で行われ、2001年からは毎年全国大会も開催されている。中でも「詩のボクシング」については、テレビ、ラジオ、新聞、雑誌などのマスメディアで紹介されている。また、コミュニケーション能力が高まるとされ、全国各地の小・中・高校の教育の場にも取り入れられている[要出典]。 1980年代に家庭用ビデオカメラを使った映像表現で注目を浴び、それ以降映像表現におけるさまざまな試みを重ねている。