栗尾 典子(くりお のりこ、1967年(昭和42年)11月1… 栗尾 典子(くりお のりこ、1967年(昭和42年)11月10日 - )は、日本の政治家。岡山県笠岡市長(1期)。元笠岡市議会議員(1期)。 1967年(昭和42年)11月10日生まれ。岡山県笠岡市出身。 岡山県立笠岡高等学校、ノートルダム清心女子大学家政学部家政学科(現・人間生活学部人間生活学科)卒業。 岡山放送(OHK)社員、私立高等学校家庭科非常勤講師などを経て、2020年(令和2年)笠岡市議会議長だった父親の栗尾順三の後を継いで初当選。会派、創政みらい。 2024年(令和6年)4月7日、笠岡市長選挙が告示され、立候補の届出を出した。公職選挙法第90条の規定により、同日付で市議会議員の職は自動失職となった。
片山 大介(かたやま だいすけ、1966年10月6日 - )… 片山 大介(かたやま だいすけ、1966年10月6日 - )は、日本の政治家、ジャーナリスト。日本維新の会所属の参議院議員(2期)。兵庫維新の会代表、日本維新の会国会議員団政務調査会長代行・参議院政策審議会長を務めた。 父は総務大臣や自由民主党参議院幹事長、日本維新の会共同代表等を歴任した片山虎之助。 岡山県笠岡市生まれ。東京都世田谷区立船橋小学校、同船橋中学校、東京都立青山高等学校、慶應義塾大学理工学部管理工学科卒業。 大学卒業後、日本放送協会(NHK)に入局。水戸放送局、福島放送局勤務を経て、報道局社会部に配属され、警察や皇室の担当記者を務める。その傍ら、早稲田大学大学院公共経営研究科に入学し、地方自治を専攻した。
三島 紀元(みしま のりもと、1946年〈昭和21年〉12月… 三島 紀元(みしま のりもと、1946年〈昭和21年〉12月6日 - 2021年〈令和3年〉11月30日)は、日本の政治家。元岡山県笠岡市長(1期)。 岡山県笠岡市出身。武蔵工業大学卒業。 1970年(昭和45年)4月、笠岡市役所に入庁。2004年(平成16年)5月30日、笠岡市助役に就任。2007年(平成19年)4月1日、笠岡市副市長に就任。2012年(平成24年)1月31日、同副市長退任。 2012年(平成24年)4月15日に行われた笠岡市長選挙に無所属で立候補。元市職員の柚木義和を破り初当選(三島:15,674票、柚木:14,085票)。投票率は68.69%だった。4月24日、市長に就任した。
野田 哲(のだ てつ、本名の読み:のだ さとし、1926年1… 野田 哲(のだ てつ、本名の読み:のだ さとし、1926年1月10日 - 2017年10月21日)は、日本の政治家。参議院議員(3期、日本社会党)。 現在の岡山県笠岡市出身。1942年岡山県立笠岡商業学校卒業。福山市役所に入り、労働組合で活動し、自治労広島県委員長、自治労中央本部組織部長、副委員長などを経て、1974年の第10回参議院議員通常選挙で全国区から日本社会党公認で立候補して当選。3期務める。国会内では決算、地方行政の各委員長を歴任、党内では参議院国会対策委員長などを務めた。1992年の第16回参議院議員通常選挙に出馬せず引退した。 1996年春の叙勲で勲二等旭日重光章受章。 2017年10月21日、肺癌のため広島県福山市の病院で死去、91歳。
加藤 武德(かとう たけのり、1915年〈大正4年〉11月2… 加藤 武德(かとう たけのり、1915年〈大正4年〉11月21日 - 2000年〈平成12年〉2月9日)は、日本の政治家。位階は正三位。 岡山県知事(公選第6・7代)、自治大臣(第26代)、国家公安委員会委員長(第35代)、北海道開発庁長官(第40代)、参議院議員(5期)。剣道範士、全日本剣道連盟顧問。 弟に農林水産大臣の加藤六月、次男に自由民主党参議院議員の加藤紀文、義理の甥に自由民主党衆議院議員の加藤勝信、義理の兄に渡辺武次郎がいる。 岡山県笠岡市出身。旧制中央大学法学部を経て、内務省入省。1950年の参議院議員選挙に岡山県選挙区から自由党公認で出馬し初当選、当時の最年少参院議員だった。保守合同後、自由民主党に移り通算当選5回。
関藤 碩衛(せきどう ひろえ、1871年7月24日(明治4年… 関藤 碩衛(せきどう ひろえ、1871年7月24日(明治4年6月7日)- 1957年(昭和32年)5月9日)は、岡山県小田郡陶山村(現・笠岡市)出身の官吏、地方政治家。初代倉敷市長。 1871年6月7日、小田郡陶山村に生まれる。私立関西学館を卒業し、小田郡書記となる。 その後、岡山県庁へ入り県知事官房主事まで昇進したが辞任し、1921年、赤磐郡長となる。その後、浅口郡長、倉敷町長を歴任。1928年、市制が発布され、初代倉敷市長に就任する。その後日比町長となる。 1940年、日比町と宇野町が合併し玉野市となり初代市長に就任する。初代市長に2度就任することは稀な出来事であった。戦後、公職追放となる。