水ノ上 智邦(みずのうえ ともくに、1976年3月 - )は… 水ノ上 智邦(みずのうえ ともくに、1976年3月 - )は、日本の経済学者。就実大学経営学部教授。 広島県尾道市出身。広島県立尾道東高等学校、同志社大学経済学部卒業。同大学院経済学研究科博士前期課程修了。同大学大学院経済学研究科博士後期課程単位取得退学。徳島文理大学専任講師、同大学准教授、教授を経て現職。 専門は開発ミクロ経済学。少子化、教育問題も研究対象としている。
清水 啓典(しみず よしのり、1948年 - )は、日本の経… 清水 啓典(しみず よしのり、1948年 - )は、日本の経済学者。専門分野は経済理論、財政学・金融論。商学博士(一橋大学)。 1948年、広島県尾道市生まれ。1970年、一橋大学商学部卒業。1974年、一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。宮澤健一に師事した。1977年、一橋大学大学院経済学研究科博士課程単位取得満期退学。在学中、シカゴ大学に留学し、ミルトン・フリードマンに師事した。 1977年、一橋大学商学部専任講師、1981年、同助教授。1986年、シカゴ大学 経済学部客員研究員。1989年、一橋大学商学部教授。1996年、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス客員研究員。1996年、ハーバード大学経済学部客員研究員。
力石 定一(ちからいし さだかず、1926年10月6日 - … 力石 定一(ちからいし さだかず、1926年10月6日 - 2016年1月22日)は、日本の経済学者、社会工学者。法政大学名誉教授。 広島県尾道市生まれ。旧制三高から旧制東京大学経済学部に進み、学生運動に身を投じる。東大共産党細胞において渡邉恒雄らとの路線闘争を繰り広げ勝利。1948年には武井昭夫、沖浦和光らと全学連(全日本学生自治会総連合)を結成。全学連の理論面での指導者とされた。翌年6月3日に東大で学生大量処分に抗議する公聴会が開かれたとき、処分理由を説明する矢内原忠雄経済学部長に「キミはファシストだ」と難詰した(キミ、ボク論争)。 東大卒業後、国民経済研究所研究員を経て、法政大学工学部経営工学科教授(社会工学)。
熊野 剛雄(くまの よしお、1926年5月3日 - 2020… 熊野 剛雄(くまの よしお、1926年5月3日 - 2020年11月24日)は、日本の経済学者。専修大学名誉教授。 広島県尾道市出身。1951年東京大学経済学部卒業。同年大学院中退。角丸証券(現・みずほ証券)入社。1965年同社調査部長。日本証券経済研究所主任研究員(のち理事)、1968年専修大学経営学部講師。1977年教授、同経営研究所長。97年定年、名誉教授。証券経済学会代表理事、日本学術会議会員も務めた。1998年から20余年にわたり、大槻久志のペンネームで金融と経済の啓蒙書を刊行した。
小山 智士(こやま ともじ、1925年 - )は、日本の農業… 小山 智士(こやま ともじ、1925年 - )は、日本の農業官僚、農業経済学者。 広島県尾道市生まれ。1947年東京農業大学卒。1948年農林省入省、1972年農政調査委員会国内調査部長、85年理事。1987年「現代農業・農村の高齢化問題に関する政策的研究」で東京農業大学農学博士。
高垣 寅次郎(たかがき とらじろう、1890年2月26日 -… 高垣 寅次郎(たかがき とらじろう、1890年2月26日 - 1985年8月25日)は、日本の経済学者。 1890年(明治23年)、広島県尾道市生まれ。1911年(明治44年)、神戸高等商業学校(現神戸大学)卒業。 続いて東京高等商業学校(後の東京商科大学、一橋大学)において佐野善作に師事。同じ門下に塩野谷九十九、鬼頭仁三郎、高橋泰蔵、新庄博、岡田俊平などがいた。彰化商業銀行董事長を務めた呉金川なども高垣ゼミ出身。1913年、東京高等商業学校を卒業。 卒業後、1913年(大正2年)に三井銀行に入行。しかし1915年(大正4年)には母校の東京高等商業学校へ戻り、助教授となり、1924年(大正13年)より同校教授。