南原 繁(なんばら しげる、1889年〈明治22年〉9月5日… 南原 繁(なんばら しげる、1889年〈明治22年〉9月5日 - 1974年〈昭和49年〉5月19日)は、日本の政治学者。東京大学名誉教授。東京帝国大学の総長を務めた。位階は従二位。 無教会主義の立場から国家主義とマルクス主義を批判。サンフランシスコ講和条約をめぐっては全面講和を主張して内閣総理大臣吉田茂から「曲学阿世の徒」と罵られた。
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南原 繁(なんばら しげる、1889年〈明治22年〉9月5日… 南原 繁(なんばら しげる、1889年〈明治22年〉9月5日 - 1974年〈昭和49年〉5月19日)は、日本の政治学者。東京大学名誉教授。東京帝国大学の総長を務めた。位階は従二位。 無教会主義の立場から国家主義とマルクス主義を批判。サンフランシスコ講和条約をめぐっては全面講和を主張して内閣総理大臣吉田茂から「曲学阿世の徒」と罵られた。
保井 コノ(やすい コノ、1880年2月16日 - 1971… 保井 コノ(やすい コノ、1880年2月16日 - 1971年3月24日)は、日本の植物学者・細胞学者。理学博士(東京帝国大学・論文博士・1927年)。日本初の女性博士号取得者。東京女子高等師範学校教授(39歳)、お茶の水女子大学教授などを経て、お茶の水女子大学名誉教授(72歳)。男女差別の著しい時代に、女性科学者として多くのことに、日本初のという形容詞が付く先駆者の道を歩み、女性科学者の道を拓いた。保井の学位取得をきっかけに、他の分野でも女性博士が出るようになる。 1880年香川県生まれ。香川県師範学校を経て女子高等師範学校を卒業、教師となる。34歳で渡米し、シカゴ大学で細胞学、ハーバード大学で石炭学を研究。
久米 通賢(くめ みちかた、もしくは つうけん、1780年(… 久米 通賢(くめ みちかた、もしくは つうけん、1780年(安永9年) - 1841年6月25日(天保12年5月7日))は、江戸時代の日本の発明家、暦学者、測量家、洋学者などである。通称は栄左衛門。 伊能忠敬よりも早く、日本初の実測地図を作った人物である。地元香川県では偉人として顕彰されており、「讃岐のエジソン」「塩田の父」などと称される。 1780年(安永9年)、讃岐国大内郡馬宿(現在の香川県東かがわ市)の農家に生まれる。幼少のころから利発で学問好きな子だったため、引田港から大坂に向かう船の舵取りも務めていた父の嘉兵衛は、大坂に行くたび通賢のために書物を買ってきていた。また、手先が器用で熊や獅子を粘土で作るのが得意だったため「獅子熊」と呼ばれていた。