宮崎 浩二(みやざき こうじ、1952年(昭和27年) - … 宮崎 浩二(みやざき こうじ、1952年(昭和27年) - )は、日本の弁護士。元日本弁護士連合会副会長。元日本調停協会連合会副理事長。 香川県三豊市出身。神戸大学法学部卒業。 1980年(昭和55年)弁護士開業。大阪の法律事務所で約2年勤務して以降、香川県に戻り民事訴訟を中心に活動する。長年、高齢者や障害者の支援に尽力している。 2011年(平成23年)4月から2012年(平成24年)3月まで日本弁護士連合会副会長を務めた。 2011年(平成23年)3月11日、東日本大震災が発生。日本弁護士連合会副会長在任中は、全国の弁護士会をあげて取り組み、被災地の法律相談の対応を行った。
白井 美則(しらい よしのり、1922年1月1日 - 201… 白井 美則(しらい よしのり、1922年1月1日 - 2015年4月19日)は、日本の裁判官、弁護士。元高松高等裁判所長官。元四天王寺大学学長。 香川県三豊郡上高瀬村(現 三豊市高瀬町)出身。旧制香川県立三豊中学校、東京帝国大学法学部法律学科卒業。 1947年(昭和22年)高等文官試験司法科合格。1949年(昭和24年)高松地方裁判所判事補。1959年(昭和34年)大阪地方裁判所判事に任官。1974年(昭和49年)徳島地方裁判所・家庭裁判所所長、1976年(昭和51年)大阪高等裁判所総括判事、1978年(昭和53年)京都家庭裁判所所長、1980年(昭和55年)大阪家庭裁判所所長を歴任。 1977年(昭和52年)7月20日、大阪高等裁判所総括判事時に「固定資産価格決定取消等及び固定資産審査決定取消請求控訴事件」では、固定資産課税標準価格についての審査の申出に対してされた固定資産評価審査委員会の審査決定の取消しを求める訴えを、既に係属中の右価格について市長の決定の取消しを求める訴えに併合して提起したときは、前者の訴えの出訴期間の遵守につき、行政事件訴訟法20条を類推適用すべきであるとした。
矢野 伊吉(やの いきち、1911年5月11日 - 1983… 矢野 伊吉(やの いきち、1911年5月11日 - 1983年3月18日)は、日本の裁判官、弁護士。財田川事件弁護人。 香川県三豊郡和田村(現 観音寺市豊浜町)出身。旧制香川県立三豊中学校、経理事務講習所(東京商科大学内に設置)卒業。 経理事務講習所を卒業後、広島高等工業学校に就職。昼間は会計課職員として勤務しながら、夜は独学で法律の勉学に励み、1937年(昭和12年)高等文官試験司法科合格。1939年(昭和14年)朝鮮総督府平壌地方法院判事に任官。 1946年(昭和21年)釧路地方裁判所網走支部判事、1947年(昭和22年)松山地方裁判所西条支部判事、1953年(昭和28年)松山地方裁判所判事、1967年(昭和42年)高松地方裁判所丸亀支部長判事を務めた。
塩田 末平(しおた すえひら、1907年〈明治40年〉2月1… 塩田 末平(しおた すえひら、1907年〈明治40年〉2月10日 - 没年不明)は、日本の検察官、弁護士、公証人。元広島地方検察庁検事正。 香川県三豊郡仁尾村(現・三豊市仁尾町)出身。常三郎の二男。旧制香川県立三豊中学校、旧制第六高等学校を経て、東京帝国大学法学部卒業。 1929年(昭和4年)高等文官試験司法科合格。東京帝国大学卒業後、1930年(昭和5年)司法省入省。1931年(昭和6年)松山地方裁判所検事局検事に任官。岡山地方裁判所検事局検事、東京地方裁判所検事局検事に転任。 1941年(昭和16年)外務省に出向。上海領事館検察領事、南京領事館検察領事に就任。1945年(昭和20年)司法省に復帰。
田岡 嘉寿彦(たおか かずひこ、1894年7月27日 - 1… 田岡 嘉寿彦(たおか かずひこ、1894年7月27日 - 1985年7月21日)は、日本の弁護士・法学者。専門は私法学。大阪経済大学元理事長、同名誉教授。 1894年(明治27年)香川県三野郡上高瀬村(現 三豊市高瀬町)に生まれる。旧制香川県立三豊中学校、旧制第三高等学校を経て、1915年(大正4年)京都帝国大学法律科入学、1918年(大正7年)に卒業し司法官試補となる。1920年(大正9年)大阪地方裁判所判事に任官。1922年(大正11年)学界に転じ大分高等商業学校教授に就任、法律学を担当。翌1923年(大正12年)よりイギリス・ドイツに留学する。1929年(昭和4年)彦根高等商業学校に転任し民法、商法などを講じた。