佐伯 憲子(さえき のりこ、1962年〈昭和37年〉3月12… 佐伯 憲子(さえき のりこ、1962年〈昭和37年〉3月12日 - )は、日本の政治家。福岡県嘉麻市長(1期)。元嘉麻市議会議員(1期)。父は元山田市長の佐伯高義。 福岡県山田市(現:嘉麻市)出身。山田市立大橋小学校、山田市立山田北中学校、福岡県立嘉穂高等学校を経て、1983年に純真女子短期大学国文科を卒業。卒業後、飯塚病院に入社したが、1985年4月に旧山田市役所に入庁。福祉事務所、生涯学習課、高齢者相談支援センターなどを経て、男女共同参画推進課課長。2022年3月に嘉麻市役所を退職後、再任用職員として勤めた後、同年10月に退職。 2023年4月23日投開票の嘉麻市議会議員選挙に立候補し、トップ当選を果たすが、任期満了に伴う嘉麻市長選挙に立候補するため、2025年12月17日付で辞職。
原田 義昭(はらだ よしあき、1944年〈昭和19年〉10月… 原田 義昭(はらだ よしあき、1944年〈昭和19年〉10月1日 - )は、日本の政治家、通産官僚、弁護士、実業家。船井電機代表取締役会長。日韓トンネル実現九州連絡協議会会長代行、原田国際法律事務所代表。 環境大臣(第26代)、内閣府特命担当大臣(原子力防災)(第4次安倍第1次改造内閣)、文部科学副大臣(第1次小泉第2次改造内閣・第2次小泉内閣)、厚生政務次官(第2次橋本改造内閣)、衆議院議員(8期)、衆議院消費者問題に関する特別委員長・財務金融委員長・外務委員長、自由民主党総務会長代理・国際情報検討委員長・外交経済連携本部幹事長・競争政策調査会長・衆議院議員総会副会長・道州制推進本部長・人事委員長・筆頭副幹事長・福岡県支部連合会長・総務会副会長、中小企業庁参事官、通商産業大臣秘書官、関東通産局総務課長を歴任した。
田中 松月(たなか しょうげつ、1900年9月15日 - 1… 田中 松月(たなか しょうげつ、1900年9月15日 - 1993年5月12日)は、日本の政治家、僧侶、部落解放運動家。日本社会党所属の衆議院議員(当選3回)。本名は久光(後述の叙位・叙勲での官報告示は「田中松月」で告示されている)。 福岡県嘉穂郡大隈村(現・嘉麻市)の被差別部落の出身。1925年、旧制平安中学校(現・龍谷大学付属平安中学校・高等学校)卒業。浄土真宗の僧侶となる。そのかたわら部落解放運動に身を投じ、1922年の全国水平社創立大会には福岡県からの唯一の参加者として出席。1935年には全国水平社中央委員に就任。1939年には福岡県会議員に当選、1946年まで務めたのち、1946年の第22回衆議院議員総選挙で衆議院議員に初当選(日本社会党)。
松岡 運(まつおか はこぶ、1895年(明治28年)5月28… 松岡 運(まつおか はこぶ、1895年(明治28年)5月28日 - 1963年(昭和38年)11月20日)は、日本の政治家、農業経営者。衆議院議員、福岡県嘉穂郡山田町長。 福岡県嘉麻郡熊田村大字上山田(現嘉麻市上山田)で、熊田村長、同村会議員を務めた松岡乙五郎の二男として生まれる。福岡県立福岡農業学校を卒業後、一年志願兵として入営し、その後、陸軍歩兵中尉に進級した。 その後、熊田村会議員、福岡県会議員、同参事会員、同副議長、山田農会長、同農業会長、帝国在郷軍人会分会長、同南嘉穂連合分会分会長、嘉穂郡南部食糧品統制組合理事長などを務めた。1933年5月から1945年2月まで山田町長に在任し、炭鉱最盛期の豊富な税収を将来のため町基本金百万円として積立てることを計画、また、1935年6月の大洪水からの復興、山田川改修工事の実施、学校の改築、道路整備などに尽力した。
実岡 半之助(實岡、さねおか はんのすけ、1878年(明治1… 実岡 半之助(實岡、さねおか はんのすけ、1878年(明治11年)11月15日 - 1947年(昭和22年)5月23日)は、日本の政治家、実業家、農業経営者。衆議院議員、福岡県嘉穂郡宮野村長。 福岡県嘉麻郡宮吉村(現嘉麻市宮吉)で、宮野銀行頭取・実岡半三郎の長男として生まれる。小学校卒業後、検定で資格を取得し代用教員、准教員、小学校訓導を15年間務めた。 その後、宮野村長、宮野村会議員、嘉穂郡会議員、同郡農会長、福岡県会議員、同県農会評議員、同県山林会評議員、地方森林会議員、消防組頭、福岡県消防評議員、宮野信用組合長、宮野銀行取締役頭取、大隈酒造 (株) 取締役などを務めた。 1932年2月、第18回衆議院議員総選挙に福岡県第二区から立憲政友会所属で出馬して当選し、衆議院議員を一期務めた。