今村 等(いまむら ひとし、1892年〈明治25年〉3月23… 今村 等(いまむら ひとし、1892年〈明治25年〉3月23日 - 1979年〈昭和54年〉11月1日)は、日本の政治家。衆議院議員(4期)。労働運動家。 熊本県玉名郡八嘉村(現:玉名市)出身。今村畑喜の長男として生まれた。小学校卒業後、炭鉱夫として働き、友愛会に入る。1920年(大正9年)香焼炭鉱争議を指導し、検挙され投獄される。出獄後の1929年(昭和4年)日本大衆党から長崎市会議員となる。その後は国家社会主義に転向し、長崎県会議員となる。1945年(昭和20年)8月、長崎市への原子爆弾投下により被爆し、長女が死亡した。 1946年(昭和21年)第22回衆議院議員総選挙で長崎県から日本社会党公認で立候補して初当選。
福田 虎亀(ふくだ とらかめ / とらき、1884年(明治1… 福田 虎亀(ふくだ とらかめ / とらき、1884年(明治17年)7月27日 - 1970年(昭和45年)2月15日)は、日本の内務官僚、政治家。熊本市長、官選山梨県知事、衆議院議員。俳句を嗜み「石馬」と号した。 熊本県玉名郡伊倉村(現在・玉名市)出身。福田恭敬の長男として生まれる。熊本県立熊本中学校、官立第五高等学校を経て、1912年7月に東京帝国大学法科大学法律学科(独法)を卒業。1913年11月、文官高等試験行政科試験に合格。1914年(大正3年)内務省に入省し同年4月に熊本県属となる。 以後、熊本県警部、同葦北・阿蘇・飽託の各郡長、愛知県理事官、福島県警察部長、岡山県警察部長、警察講習所教授兼内務事務官、富山県書記官・内務部長、福岡県若松市長、京都府内務部長などを歴任。
一瀬 一二(いちのせ いちじ、1881年(明治14年)11月… 一瀬 一二(いちのせ いちじ、1881年(明治14年)11月25日 – 1935年(昭和10年)8月5日)は、衆議院議員(立憲政友会)、ジャーナリスト。 熊本県玉名郡小田村(現在の玉名市)に一瀬彦四郎の長男として生まれる。明治大学に学ぶ。国民新聞社社長徳富蘇峰の門下にあり、後に独立して大日本新聞社を経営した。 1930年(昭和5年)、第17回衆議院議員総選挙に出馬し、当選。第18回衆議院議員総選挙でも再選された。 その他、財団法人青山会館常任理事を務めた。
田代 保之(たしろ やすゆき、1866年(慶応2年2月) -… 田代 保之(たしろ やすゆき、1866年(慶応2年2月) - 1941年(昭和16年)7月12日)は、明治から昭和時代戦前の政治家。貴族院多額納税者議員。 肥後国玉名郡横島村(熊本県玉名郡横島村、横島町を経て現玉名市)出身。田代岩彦の長男として生まれ、1886年(明治19年)家督を相続する。 農業を営み、1896年(明治29年)以降、玉名郡会議員、熊本県会議員、同参事会員を歴任した。ほか玉名銀行、肥後米券社重役を務めた。 1904年(明治37年)熊本県多額納税者として貴族院議員に互選され、同年9月29日から1907年(明治40年)9月13日まで務めた。
松尾 又雄(まつお またお、1852年(嘉永5年11月)- … 松尾 又雄(まつお またお、1852年(嘉永5年11月)- 1901年(明治34年)8月9日)は、明治期の銀行家、政治家。衆議院議員。 肥後国玉名郡、のちの熊本県玉名郡伊倉村(伊倉町を経て現玉名市)で、豪族、熊本藩士の家に生まれた。 熊本県警部となる。熊本県会議員に選出された。1895年(明治28年)玉名銀行が設立され頭取に就任。また、肥後農工銀行取締役も務めた。 1898年(明治31年)8月、第6回衆議院議員総選挙(熊本県第2区、無所属)で当選し、衆議院議員に1期在任した。議員在任中の1901年8月に死去した。
池松 豊記(豐記、いけまつ とよき、1846年7月23日(弘… 池松 豊記(豐記、いけまつ とよき、1846年7月23日(弘化3年6月1日)- 1921年(大正10年)9月13日)は、明治期のジャーナリスト、農業経営者、政治家。衆議院議員、熊本県球磨郡上村長。 肥後国玉名郡上小田村(熊本県玉名郡上小田村、小田村を経て現玉名市上小田)で、医師・池松玄操の二男として生まれた。 明治の初めころに東京に出て自由民権運動に加わる。1875年(明治8年)評論新聞が創刊され、記者となる。西南戦争後に帰郷し、民権活動家に呼びかけ1878年(明治11年)5月、民権結社・相愛社を組織し社長に就任。1881年(明治14年)7月、その機関紙「東肥新報」発刊して民権思想を広めた。1882年(明治15年)2月、相愛社は実学党と公議政党を形成し、その後、九州改進党となった。
前田 案山子(まえだ かがし、文政11年2月23日(1828… 前田 案山子(まえだ かがし、文政11年2月23日(1828年4月7日) - 明治37年(1904年)7月20日)は、日本の政治家。自由民権運動家。衆議院議員(1期)。 夏目漱石の『草枕』に登場する「志保田の隠居」のモデルである。 肥後国玉名郡小天村(現熊本県玉名市)の豪族・前田惟鑑の第三子として生まれる。 幼名を一角、長じて覚之助を名乗る。武術に優れ、槍の名手と言われ、25歳で肥後藩士となり、細川家の槍術指南を務める。 1877年(明治10年)富岡敬明県令から熊本県第七大区(玉名郡南半分)区長に任命。小天村の男子を集めて人民保護隊と名付け、西南戦争に際しては、中立党を設けた。1878年(明治11年)に小天の山麓に温泉を発見し、別荘を建設、犬養木堂、植木枝盛、中江兆民、頭山満など、多くの活動家が訪れた(のちに夏目漱石が投宿し、ここを舞台に小説『草枕』を執筆した)。