古川 禎久(ふるかわ よしひさ、1965年〈昭和40年〉8月… 古川 禎久(ふるかわ よしひさ、1965年〈昭和40年〉8月3日 ‐ )は、日本の政治家、建設官僚。自由民主党所属の衆議院議員(9期)、自由民主党幹事長代理。 法務大臣(第1次岸田内閣、第2次岸田内閣)、財務副大臣(第2次安倍内閣)、環境大臣政務官(福田康夫改造内閣・麻生内閣)、法務大臣政務官(第1次安倍改造内閣・福田康夫内閣)、衆議院北朝鮮による拉致問題等に関する特別委員会委員長、同東日本大震災復興特別委員会委員長、同財務金融委員会委員長、自由民主党選挙対策委員長代理、同広報戦略局長、同副幹事長、同青年局長などを歴任した。 1965年8月3日、宮崎県串間市に生まれる(現住所は都城市中原町)。一家は1926年(昭和元年)から焼酎造りを家族経営し、同時に酒類の小売販売を行っていた。
島田 俊光(しまだ としみつ、1946年〈昭和21年〉9月3… 島田 俊光(しまだ としみつ、1946年〈昭和21年〉9月3日 - )は、日本の政治家。元宮崎県串間市長(2期)、元宮崎県議会議員(1期)。 宮崎県串間市出身。宮崎県高等営農研修所卒業。南那珂森林組合長などを務めた。 2015年(平成27年)4月、宮崎県議会議員に無所属で出馬し無投票で初当選した。県議時代は自由民主党に所属した。 串間市長の野辺修光が体調不良を理由に辞職したのを受けて、2017年(平成29年)10月8日執行の市長選に出馬、自由民主党・公明党の推薦を受け、2候補を破り初当選を果たした。投票率は69.44%。2021年9月、無投票で再選。 2025年9月、串間市長選挙に3選を目指し出馬したが元宮崎県議員の武田浩一に敗れ落選。
田中 長茂(たなか ながしげ、1891年6月11日 - 19… 田中 長茂(たなか ながしげ、1891年6月11日 - 1969年9月14日)は、日本の農林官僚、政治家。宮崎県知事を1期務めた。 宮崎県南那珂郡福島町(現・串間市)出身。宮崎県立宮崎中学校、第五高等学校、東京帝国大学法学部・農学部卒。1921年(大正10年)農商務省に入省。戦前は革新官僚として、産業組合の創立や農地改革(当時は実現せず)などに携わり、水産局長、山林局長を経て退官。 1951年(昭和26年)4月1日、第2回宮崎県知事選挙に出馬。吉見房見共に法廷得票数に達せず、決選投票。同年5月18日、宮崎県知事選決選投票で当選、宮崎県知事となる。 1953年(昭和28年)に郵政省は宮崎県に新しい民放局の周波数を割り当てたがものの、当初地元では民放設立の動きが全くなく、鹿児島県の南日本放送がこの機会を利用し宮崎市に中継局をつくろうと運動を始めていた。
吉松 忠敬(よしまつ ちゅうけい、1865年11月13日(慶… 吉松 忠敬(よしまつ ちゅうけい、1865年11月13日(慶応元年9月25日) - 1937年(昭和12年)8月27日)は、日本の政治家。衆議院議員(1期)。 日向国那珂郡、のちの宮崎県南那珂郡福島町(現串間市)で生まれた。日清戦争に参加し、陸軍砲兵一等軍曹となる。帰国後は林業を営み、南那珂郡福島村長、宮崎県議、同議長を務める。 1924年の第15回衆議院議員総選挙において宮崎1区から政友本党公認で立候補して当選した。のち立憲政友会に移り、衆議院議員を1期務めた。1928年の第16回衆議院議員総選挙には立候補しなかった。1937年死去。子孫にはジャーナリストの田中耕がいる。
神戸 政次(かんべ まさじ、1849年(嘉永2年9月)- 1… 神戸 政次(かんべ まさじ、1849年(嘉永2年9月)- 1925年(大正14年)7月27日)は、明治から大正期の地主、林業家、政治家。貴族院多額納税者議員。 日向国那珂郡、のちの宮崎県南那珂郡福島村(福島町を経て現串間市福島)で、大地主で山林経営を行う神戸財閥の本家に生まれる。 1878年(明治11年)南那珂郡都井村大納戸村戸長に就任。同西方村連合村会議員、宮崎県会議員なども務めた。 1893年(明治26年)宮崎県多額納税者として補欠選挙で貴族院議員に互選され、同年10月10日から1897年(明治30年)9月28日まで1期在任した。