山形 理沙子(やまがた りさこ、1995年7月4日 - )は… 山形 理沙子(やまがた りさこ、1995年7月4日 - )は、日本の元女子バレーボール選手。 宮崎県東臼杵郡門川町出身。小学1年生のとき、母と姉の影響でバレーボールを始めた。 延岡学園高等学校在籍時は、1年生の頃からスターティングメンバーとして出場し、3年生時にはキャプテンを務めていた。 2017年11月20日、トヨタ車体クインシーズ公式サイトにて、山形の入団内定が発表された。同期入団は杉郁香、藪田美穂子ら。 2021年7月26日、トヨタ車体クインシーズの副キャプテンに就任。同時に背番号が「20」から「6」へ変更された。2021/22シーズンは途中よりリベロとして試合出場し勝利に貢献した。 2023年、2022-23シーズン終了をもって現役を引退した。
水永 翔馬(みずなが しょうま、1985年5月22日 - )… 水永 翔馬(みずなが しょうま、1985年5月22日 - )は、宮崎県東臼杵郡門川町出身の元サッカー選手。現サッカー指導者。現役時代のポジションはフォワード。 弟は、お笑いコンビ「九州男子”」の水永優成。 宮崎日大高校卒業後の2004年、地元・宮崎県を本拠地にするJFL・ホンダロックSCに入団。下位に沈むチームの中で、2年連続(2005,2006)2桁得点を挙げ、チームがJFLに復帰した2009年も10得点と、JFL通算3シーズン連続で2桁得点を挙げている。背番号も2005年シーズンの25から、2006年シーズンから10に変更、チームの大黒柱として活躍した。 2011年より完全移籍でV・ファーレン長崎に加入。
倉石 圭二(くらいし けいじ、1982年6月26日 - )は… 倉石 圭二(くらいし けいじ、1982年6月26日 - )は、宮崎県東臼杵郡門川町出身の元サッカー選手、サッカー指導者。現役時代のポジションは、ディフェンダー(DF)。 6歳からサッカーを始めて、国見中学校には親元から離れて通った。国見高校では3年時にレギュラーとなり、選手権大会などで優勝した。専修大学を経て、2005年から2009年まで5年間ホンダロックSCでプレーした。また、2009年に宮崎日本大学高校のコーチとなり、指導者のキャリアをスタートさせた。 2017年4月、テゲバジャーロ宮崎のヘッドコーチに就任。2018年6月、石﨑信弘の監督退任に伴い、JFLファーストステージ第14節の東京武蔵野シティFC戦は監督を代行して指揮を執った。
梶原 康司(かじわら こうじ、1978年4月20日 - )は… 梶原 康司(かじわら こうじ、1978年4月20日 - )は、宮崎県東臼杵郡門川町出身の元プロ野球選手(内野手)。
坂本 大記(さかもと だいき、1976年3月12日 -)は、… 坂本 大記(さかもと だいき、1976年3月12日 -)は、宮崎県東臼杵郡門川町出身の日本の柔道家。95kg級の選手。身長170cm。得意技は小内刈。 柔道は小学校1年の時に兄の影響で始めた。門川中学から宮崎日大高校を経て、1994年には國學院大學へ進学すると、3年の時に正力杯95kg級の準決勝で繁昌久哲に体落で敗れるも3位となった。講道館杯では3回戦でアトランタオリンピック7位である旭化成の中村佳央をパワーで押し捲り、中村の右肘を脱臼させて棄権負けに追いやった。準決勝では世界選手権3位である新日鉄広畑の岡泉茂を小内刈の技ありで破ると、決勝でも正力杯で敗れた繁昌に小内巻込で一本勝ちするなどの活躍で優勝を飾った。
柳田 和洋(やなぎた かずひろ、1973年1月11日 - )… 柳田 和洋(やなぎた かずひろ、1973年1月11日 - )は日本の実業家で、元サッカー選手。「テゲバジャーロ宮崎」の創始者。宮崎県門川町出身。JFAスポーツマネージャーズカレッジCrade3修了。一般社団法人宮崎県サッカー協会専務理事、WEリーグ入りを目指す「ヴィアマテラス宮崎」の理事兼ゼネラルマネージャーを務める。 宮崎県門川町に生まれる。母親の勧めでサッカー少年団に入り、サッカーを始める。宮崎県立日向高等学校在学当時はサッカー部で主将を務めたもののサッカー選手志望ではなかったが、監督から大学の世話をするから続けるようアドバイスされた。高校の同窓生に元読売ジャイアンツの織田淳哉がいる。 高校卒業後、名古屋商科大学に進む。
山本 聡美(やまもと さとみ、1970年 - )は、日本の美… 山本 聡美(やまもと さとみ、1970年 - )は、日本の美術史学者、早稲田大学教授。専攻は日本中世絵画史。 宮崎県門川町生まれ。早稲田大学大学院文学研究科博士後期課程単位取得満期退学。博士(文学)(早稲田大学)。大分県立芸術文化短期大学専任講師、金城学院大学准教授、共立女子大学准教授、同大学教授を経て、2019年早稲田大学文学部教授。 2016年、著書『九相図をよむ 朽ちてゆく死体の美術史』で、第66回芸術選奨文部科学大臣新人賞(「評論等部門」)、および第14回角川財団学芸賞受賞。同年、「「九相図」をめぐって 仏教観想から無常観へ」で、第36回上野五月記念日本文化研究奨励賞受賞。
江藤 拓(えとう たく、1960年〈昭和35年〉7月1日 -… 江藤 拓(えとう たく、1960年〈昭和35年〉7月1日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の衆議院議員(9期)、同TPP・日EU・日米TAG等経済協定対策本部長。 農林水産大臣(第63・71代)、内閣総理大臣補佐官(第4次安倍第1次改造内閣)、農林水産副大臣(第2次安倍内閣)、農林水産大臣政務官(福田康夫改造内閣・麻生内閣)、衆議院災害対策特別委員長、同北朝鮮による拉致問題等に関する特別委員長、同農林水産委員長、自由民主党成長産業化委員会委員長、同鳥インフルエンザ対策本部本部長、同農林部会長、同宮崎県支部連合会会長を歴任した。 宮崎県門川町出身(現住所は日向市亀崎東)。父は、建設大臣、運輸大臣、総務庁長官を歴任した元衆議院議員の江藤隆美。