戸柱 恭孝(とばしら やすたか、1990年4月11日 - )… 戸柱 恭孝(とばしら やすたか、1990年4月11日 - )は、鹿児島県肝属郡内之浦町(現:肝付町)出身のプロ野球選手(捕手)。右投左打。横浜DeNAベイスターズ所属。 鹿屋中央高時代までは内野手で、主に三塁を守っていた。駒澤大学1年時から捕手へ転向したが、学生時代には全国大会と無縁であった。プロでもチームメイトとなる白崎浩之は大学の同期生、今永昇太は3学年後輩に当たる。リーグ通算45試合に出場、154打数35安打、打率.227、0本塁打、11打点を記録。 大学卒業後にNTT西日本へ入社。入社当初は正捕手・北﨑寛明の控えに甘んじていた。入社2年目の第85回都市対抗野球大会では、チームは予選で敗退したが、大阪ガスの補強選手として出場。
天海 ツナミ(てんかい - 、本名:有馬 真波(ありま まな… 天海 ツナミ(てんかい - 、本名:有馬 真波(ありま まなみ)、1984年8月13日 - )は、日本のプロボクサー。沖縄県具志川市(現うるま市)生まれ、鹿児島県肝属郡肝付町育ち。神村学園高等部卒業。山木ボクシングジム所属。クリスタルウェーブとマネジメント契約を結んでいた。元WBA女子世界スーパーフライ級王者。元WBO女子世界ライトフライ級王者。世界2階級制覇王者。 2男5女の次女(上から2番目)として生まれる。親の離婚・再婚を機に4歳から鹿児島県肝付町で過ごす。 小3から高校まではサッカーに熱中。中学では年代別県選抜にも選ばれ、推薦で神村学園に入学して全国大会も経験した。サッカー部の1年先輩には福元美穂がおり、寮で同室だった。
鶴岡 慎也(つるおか しんや、1981年4月11日 - )は… 鶴岡 慎也(つるおか しんや、1981年4月11日 - )は、鹿児島県肝属郡高山町(現:肝付町)出身の元プロ野球選手(捕手、右投右打)、野球解説者・野球評論家。 肝付町立高山小学校時代は、高山ソフトボールスポーツ少年団に所属し投手だった。 高山中学ではボーイズリーグ・鹿屋ベイスターズで硬式野球を始め、投手を希望していたが監督により捕手へと転向させられた(断って投手を続けていたらプロにはなれなかったと振り返っている)。捕手として全国大会で準優勝を経験。 樟南高校では捕手として甲子園に2度出場。同級生に上野弘文、1年下に青野毅がいる。2年の時、1998年は第70回選抜高等学校野球大会に出場したが1回戦でPL学園に敗れた。
早乙女 愛(さおとめ あい、1958年12月29日 - 20… 早乙女 愛(さおとめ あい、1958年12月29日 - 2010年7月20日)は、日本の女優である。身長166cm。B86cm。 鹿児島県肝属郡高山町(現:肝付町)生まれ。鹿児島県立高山高等学校卒業。アルファエージェンシーに所属していた。 7人兄弟の長女(最年長)で、5人が弟で一番下に15歳離れた妹(江原道ブランドディレクターの瀬戸口めぐみ)がいる。実家は印刷屋を経営していた。中学時代は陸上部で鳴らす。中学3年のとき、地元のカメラマンに『愛と誠』のオーディションの話を聞く。 1974年(昭和49年)、漫画雑誌『週刊少年マガジン』に連載されていた、梶原一騎原作の漫画 『愛と誠』が映画化されるにあたり、主人公・太賀誠を演じる西城秀樹の相手役が公募された。
太佐 順(たさ じゅん、1937年(昭和12年)4月12日 … 太佐 順(たさ じゅん、1937年(昭和12年)4月12日 - )は、日本の作家。 鹿児島県肝属郡内之浦町(肝付町)出身。本名・順一。週刊誌記者、PR誌編集、出版社等に勤務。『新潮』『すばる』他の文芸誌に作品を発表。1974年(昭和49年)『季刊藝術』に掲載した「『父』の年輪」で芥川賞候補になる。1989年(平成元年)の第15回参議院議員通常選挙・鹿児島選挙区に進歩党公認で出馬、落選した。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
二階堂 進(にかいどう すすむ、1909年〈明治42年〉10… 二階堂 進(にかいどう すすむ、1909年〈明治42年〉10月16日 - 2000年〈平成12年〉2月3日)は、日本の政治家。 内閣官房長官(第36・37代)、北海道開発庁長官(第27・28代)、科学技術庁長官(第18・19代)、原子力委員会委員長(第18・19代)、労働政務次官(第1次岸改造内閣)、衆議院商工委員長、同建設委員長、衆議院議員(16期)、自由民主党副総裁(第11代)、自由民主党幹事長(第16・23・24代)、自由民主党総務会長(第24代)などを歴任。 鹿児島県肝属郡高山村(現・肝付町)生まれ、出身。鹿児島県高山村長を務めた二階堂篤志の四男二女の次男として生まれる。鎌倉時代以来の名家・二階堂氏の出身であり、生家(二階堂屋敷)は国の重要文化財(1975年6月指定)で最後の居住者であった。