大島 孝雄(おおしま たかお、1959年 - )は、日本の小… 大島 孝雄(おおしま たかお、1959年 - )は、日本の小説家、大学講師。沖縄県石垣市出身、東京都在住。東京芸術大学美術学部を卒業。 2008年、『ガジュマルの家』で第19回朝日新人文学賞受賞。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
西平 守孝(にしひら もりたか、1939年9月 - ) は、… 西平 守孝(にしひら もりたか、1939年9月 - ) は、日本の生態学者。東北大学名誉教授。沖縄美ら島財団参与。元日本サンゴ礁学会会長。元沖縄県サンゴ礁保全推進協議会会長。元沖縄生物学会会長。日本学士院エジンバラ公賞受賞。 沖縄県石垣市生まれ。1962年琉球大学理工学部生物学科卒業。1967年東北大学大学院理学研究科博士課程修了、理学博士。1971年東北大学理学部助教授。同年琉球大学理工学部助教授。1978年京都大学理学部助教授。1982年琉球大学理学部教授。1991年東北大学理学部教授。1993年日本生態学会幹事長。2001年東北大学大学院生命科学研究科教授。2002年日本生態学会第49回大会長。
宮良 高弘(みやら たかひろ、1935年12月7日 - 20… 宮良 高弘(みやら たかひろ、1935年12月7日 - 2018年2月17日)は、日本の民俗学者、札幌大学名誉教授。 沖縄県石垣市生まれ。1960年明治大学法学部卒、1966年東洋大学社会学部卒、1965年明大法学部助手、1967年札幌大学教養部講師、1970年助教授、1976年教授、1979年教養部長、文化学部教授、2006年定年退任、名誉教授。 1973年『波照間島民俗誌』で渋沢賞受賞。1974年「八重山の社会構造に関する研究」で東洋大学社会学博士。弟子には森雅人(札幌大谷大学教授)がいる。
玻座間 里芳(はざま りほう、1909年 - 1970年)は… 玻座間 里芳(はざま りほう、1909年 - 1970年)は、昭和時代日本の医学者、作詞家。沖縄県出身。 1909年(明治42年)、沖縄県八重山郡八重山村(現在の石垣市)に生まれる。1931年(昭和6年)に台北医学専門学校を卒業し、台北帝国大学附属医学専門部に講師として在職中の1938年(昭和13年)11月に博士号を授与された。 終戦後は台湾から郷里の石垣島へ引き揚げて市内で産婦人科医を営む傍ら作詞家として活動し、1967年(昭和43年)に「石垣市歌」の懸賞募集で入選した。 1970年(昭和45年)、脳血管障害のため死去。享年62。 この項目は、医療関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:医学と医療、PJ:医学、PJ:歯学)。
宮城 文(みやぎ ふみ、1891年〈明治24年〉11月28日… 宮城 文(みやぎ ふみ、1891年〈明治24年〉11月28日 - 1990年〈平成2年〉2月4日)は、日本の教育者、民俗研究家、郷土史家。南西諸島西部の八重山列島の文化を集大成した書籍『八重山生活誌』の著者として知られる。 沖縄県の石垣島登野城で誕生した。沖縄県立第一高等女学校を卒業後、教員として登野城尋常小学校を始めとし、20年間にわたって初等教育に従事した。女子青年団長や婦人会長も務めた。 終戦後の1948年(昭和23年)、八重山で初めて女性に参政権が与えられ、第1回石垣市議で、婦人議員として初当選した。長年の教員生活や婦人会長などの経験で、市民の生活に通じていたことから、税査定の訂正のために貢献した。
喜舎場 永珣(きしゃば えいじゅん、1885年7月15日 -… 喜舎場 永珣(きしゃば えいじゅん、1885年7月15日 - 1972年4月2日)は、沖縄県出身の日本の郷土史家(沖縄学者)、民俗学者。「八重山研究の父」と呼ばれる。石垣市名誉市民。 1885年7月15日、沖縄県石垣島(現在の石垣市)に生まれる。沖縄県師範学校を卒業して教師となる。 1907年に八重山列島を訪問した伊波普猷の影響で郷土史研究に着手。1921年に八重山列島を訪れた柳田国男を案内したことが縁で、1924年に『八重山島民謡誌』が柳田による炉辺叢書の1巻として出版された。 1932年には校長の職を辞し、以後は八重山研究に専念。1954年に『八重山歴史』、1968年に『八重山民謡誌』を出版。