砂川 夏輝(すながわ なつき、1995年6月30日 - )は… 砂川 夏輝(すながわ なつき、1995年6月30日 - )は、日本の女子バスケットボール選手である。ポジションはシューティングガード。韓国・WKBLの釜山BNKサム所属。 沖縄県中頭郡中城村出身。 西原高校でウィンターカップに出場し、早稲田大学では1年時にインカレ優勝。 しかし、身長の低さを理由にWリーグのチームからは声がかからず、地元に戻り那覇空港で機体誘導をしながらクラブチームに所属した。 2020年、当時Wリーグを目指していたアランマーレ秋田に加入し、2021年にはWリーグ参戦を果たす。 2022年、アイシン ウィングスに移籍。 2024年、アイシンを退団し、韓国・WKBLに挑戦。牙山ウリィ銀行よりドラフト2巡目で指名され入団。
多和田 真三郎(たわた しんさぶろう、1993年4月13日 … 多和田 真三郎(たわた しんさぶろう、1993年4月13日 - )は、沖縄県中頭郡中城村出身の元プロ野球選手(投手、右投右打)。 津覇小学校1年生の時に津覇少年野球クラブで野球を始め、4年生から投手になった。中城中学校では軟式の野球部に所属した。 中部商業高校では1年生の秋にベンチ入りし、2年生の秋にはエースとなったが3年生の全国高等学校野球選手権沖縄大会の決勝戦で糸満高校に敗れ準優勝となったのが最高成績だった。 富士大学では、1年生の春季から登板。2012年11月11日、第43回明治神宮野球大会2回戦国際武道大学戦で、1年生では史上2人目、大会史上4人目のノーヒットノーランを達成した。3年時の2014年8月30日、北東北大学野球秋季リーグのノースアジア大学戦で、これまでのリーグ1試合奪三振記録17を上回る18奪三振を記録した。
仲村 直人(なかむら なおと、1976年7月14日 - )は… 仲村 直人(なかむら なおと、1976年7月14日 - )は日本のプロバスケットボール選手である。1999年に松下電器と選手契約を結び、プロ選手となる。2003年と2005年にはバスケットボール男子日本代表に選出された。島根スサノオマジックに所属していた2016年に引退し、指導者に転身した。沖縄県中頭郡中城村出身。選手生活最後のシーズンとなった2015-16シーズン開始時点での身長は192cm、体重88kgで、ポジションはシューティングガードだった。 11歳の時にバスケットボールを始める。中城中学校を卒業後、北中城高に進学し、インターハイ準優勝。高校入学時から190cm近くありセンター (バスケットボール)を務めていたが、2年生の時に長身大型センターが入学したためスモールフォワード兼任となり、その後シューティングガードにコンバートされた。
浜田 剛史(はまだ つよし、1960年11月29日 - )は… 浜田 剛史(はまだ つよし、1960年11月29日 - )は、日本の元プロボクサー。本名・旧リングネーム:浜田 剛(読み同じ)。沖縄県中頭郡中城村出身。元WBC世界スーパーライト級王者。沖縄県立沖縄水産高等学校卒業。帝拳ボクシングジム所属。現在はプロボクシング解説者、健康食品会社社長。帝拳プロモーション代表。入場曲は『ヒーロー HOLDING OUT FOR A HERO』。 浜田の育った家は総勢21人もの大所帯であった。浜田自身が7人兄弟の末っ子ということもあり、さすがに親の目が届きにくかったのか、幼いころは朝から晩まで自然の中で遊んで育った。 6歳上の実兄・雄二の影響で小学生の頃からプロボクサーを志す。
大城 立裕(おおしろ たつひろ、1925年〈大正14年〉9月… 大城 立裕(おおしろ たつひろ、1925年〈大正14年〉9月19日 - 2020年〈令和2年〉10月27日)は、日本の小説家。 沖縄県中城村出身。沖縄県立第二中学校(現・沖縄県立那覇高等学校)を経て、1943年上海の東亜同文書院大学に入学し、1946年、敗戦により中退。高校教師を経て琉球政府、引き続き沖縄県庁の職員となり、主に経済・歴史編集畑を歩む。1967年、『カクテル・パーティー』で芥川賞を受賞し、沖縄初の芥川賞作家となる。「沖縄」の矛盾と苦しみと誇りをみつめた小説、戯曲やエッセーなど多くの作品を発表した。県の文化行政にも積極的に関わり、1983年から1986年まで沖縄県立博物館長を務めた。