山口 寿男(やまぐち ひさお、 (1946-11-18) 1… 山口 寿男(やまぐち ひさお、 (1946-11-18) 1946年11月18日(79歳) - )は、日本の外交官。元ノルウェー特命全権大使。元イラク特命全権大使。
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山口 寿男(やまぐち ひさお、 (1946-11-18) 1… 山口 寿男(やまぐち ひさお、 (1946-11-18) 1946年11月18日(79歳) - )は、日本の外交官。元ノルウェー特命全権大使。元イラク特命全権大使。
北村 隆則(きたむら たかのり、1946年11月15日 - … 北村 隆則(きたむら たかのり、1946年11月15日 - )は、日本の外交官。香港総領事や、駐ギリシャ特命全権大使、香港中文大学教授を務めた。 佐賀県出身。1970年長崎大学経済学部卒業。1972年慶應義塾大学大学院経済学研究科修了、外務省入省。1976年ハーバード大学大学院修了、M.A.(地域研究)。1986年在香港日本国総領事館領事。 1989年外務省経済協力局調査計画課長。1990年外務大臣官房儀典官。1992年在フィリピン日本国大使館参事官。1995年在ギリシャ日本国大使館参事官。1998年在中国日本国大使館公使。2000年国際協力事業団企画・評価部長。2002年日本国際問題研究所主任研究員。
飯村 豊(いいむら ゆたか、1946年10月16日 - )は… 飯村 豊(いいむら ゆたか、1946年10月16日 - )は、日本の外交官。元駐フランス大使兼駐アンドラ大使兼駐モナコ大使。
古屋 昭彦(ふるや あきひこ、1946年10月5日 - 20… 古屋 昭彦(ふるや あきひこ、1946年10月5日 - 2022年4月23日)は、日本の外交官。位階は従三位。 OECD政府代表部公使などを経て、駐南アフリカ特命全権大使などを務めた。 1965年開成高等学校卒業。1970年東京大学法学部を卒業し、外務省入省。同期に高橋利弘(駐ニュージーランド大使)、下荒地修二(駐ベネズエラ大使)など。 1990年在フランス日本国大使館広報担当参事官、1994年在ベトナム日本国大使館公使、1995年外務大臣官房外務参事官兼総合外交政策局国際社会協力部、1996年外務大臣官房審議官兼総合外交政策局国際社会協力部、1997年経済協力開発機構日本政府代表部公使、2000年駐セネガル特命全権大使兼駐カーボ・ヴェルデ特命全権大使兼駐ガンビア特命全権大使兼駐ギニア・ビサオ特命全権大使兼駐マリ特命全権大使兼駐モーリタニア特命全権大使。
北島 信一(きたじま しんいち、1946年(昭和21年)9月… 北島 信一(きたじま しんいち、1946年(昭和21年)9月17日 - 2023年12月15日)は、日本の外交官。在ジュネーブ国際機関日本政府代表部特命全権大使などを経て、2015年(平成27年)5月27日から2020年 (令和2年) 5月26日まで国家公安委員。 慶應義塾大学経済学部を卒業後、1971年(昭和46年)に外務省に入省。 経済局国際機関第一課、欧亜局西欧第二課、在シンガポール日本国大使館在勤などを経て、経済局長、外務省大臣官房長、経済協力開発機構日本政府代表部特命全権大使(OECD代表部大使)、在ジュネーブ国際機関日本政府代表部特命全権大使を歴任し、退官。 外務省大臣官房長在職中、瀋陽総領事館北朝鮮人亡命者駆け込み事件で、川口順子外務大臣より訓戒処分を受けた。
島内 憲(しまのうち けん、1946年〈昭和21年〉9月17… 島内 憲(しまのうち けん、1946年〈昭和21年〉9月17日 - )は、日本の外交官。外務省中南米局長、スペイン駐箚特命全権大使、ブラジル駐箚特命全権大使を経て、外務省参与兼日・カリブ交流年担当大使。 東京都出身。1970年外務公務員採用上級試験合格。1971年に東京大学文学部卒業、同年4月に外務省に入省する。 1989年外務省大臣官房領事移住部領事移住政策課長、1991年外務省中南米局中南米第一課長、1995年外務省大臣官房外務参事官(報道・広報担当)、1997年外務省大臣官房審議官兼中南米局、1998年マイアミ総領事、2000年3月在英国日本国大使館特命全権公使、2002年外務省中南米局長、2004年スペイン駐箚特命全権大使。
白石 興二郎(しらいし こうじろう、1946年(昭和21年)… 白石 興二郎(しらいし こうじろう、1946年(昭和21年)9月8日 - )は、日本の新聞記者、実業家、外交官。読売新聞グループ本社代表取締役会長および読売新聞東京本社代表取締役会長・編集主幹、プロ野球読売巨人軍取締役オーナー、駐スイス兼リヒテンシュタイン大使を歴任した。富山県出身。
高須 幸雄(たかす ゆきお、1946年(昭和21年)8月29… 高須 幸雄(たかす ゆきお、1946年(昭和21年)8月29日 - )は、日本の外交官、国際公務員。2012年から2017年まで国際連合事務次長(管理局長)。 2007年から2010年まで国連大使。 東京大学法学部第二類中退、1969年外務省に入省する。オックスフォード大学留学。 1981年国際連合日本代表部参事官としてニューヨークに赴任する。1988年本省に戻り欧亜局西欧第二課長。1989年国際連合局国連政策課長。1992年インドネシア公使。1993年国連事務次長補・行政管理局財務官。1997年国連日本代表部大使。2000年総合外交政策局国際社会協力部長。2001年在ウィーン国際機関日本政府代表部特命全権大使。
田中 信明(たなか のぶあき、1946年8月26日 - )は… 田中 信明(たなか のぶあき、1946年8月26日 - )は、日本の外交官。千葉県出身。
宮本 雄二(みやもと ゆうじ、1946年(昭和21年)7月3… 宮本 雄二(みやもと ゆうじ、1946年(昭和21年)7月3日 - )は日本の外交官。外務大臣秘書官、外務省軍備管理・科学審議官等を経て、在中華人民共和国特命全権大使などを歴任。現在は宮本アジア研究所代表、外務省顧問、日本日中関係学会会長、一般社団法人外国語通訳検定協会(FLICA)理事、財団法人日本漢字能力検定協会理事、日本凸版印刷株式会社顧問、公益財団法人日中友好会館副会長。
榎 泰邦(えのき やすくに、1946年5月11日 - )は日… 榎 泰邦(えのき やすくに、1946年5月11日 - )は日本の外交官。外務省中東アフリカ局長や、駐インド特命全権大使を経て、退官後は創価大学客員教授、日本ブータン友好協会会長、日印協会顧問等を歴任。
近藤 誠一(こんどう せいいち、1946年3月24日 - )… 近藤 誠一(こんどう せいいち、1946年3月24日 - )は、日本の外交官。第20代文化庁長官。国際連合教育科学文化機関(ユネスコ)大使、デンマーク駐箚特命全権大使を歴任。退官後は、近藤文化・外交研究所を設立し、JXホールディングス取締役、カゴメ取締役、パソナグループ取締役、長野県文化振興事業団理事長、東京都交響楽団理事長、東京大学政策ビジョン研究センター特任教授、東京芸術大学客員教授、公益財団法人京都市芸術文化協会理事長などに就任。神奈川県生まれ。夫人との間に一女がいる。
小町 恭士(こまち きょうじ、1946年〈昭和21年〉2月2… 小町 恭士(こまち きょうじ、1946年〈昭和21年〉2月25日 - )は、元外交官。宮内庁東宮職の東宮大夫、オランダ駐箚特命全権大使、タイ駐箚特命全権大使などを歴任した。 岐阜県養老郡養老町出身。
馬渕 睦夫(まぶち むつお、1946年〈昭和21年〉1月21… 馬渕 睦夫(まぶち むつお、1946年〈昭和21年〉1月21日 - )は、日本のノンフィクション作家、元外交官。 在イスラエル日本大使館公使、在タイ日本大使館特命全権公使、特命全権大使キューバ国駐箚、駐ウクライナ兼モルドバ大使、防衛大学校教授を歴任。日本文化チャンネル桜コメンテーター。 京都府船井郡八木町日置出身。八木町立富本小学校、福知山市立大江中学校、京都府立園部高等学校第16回を経て、京都大学法学部3年次在学中に外務公務員採用上級試験に合格し中退、1968年(昭和43年)に外務省入省。 研修先であったイギリスのケンブリッジ大学経済学部に入学し、1971年(昭和46年)に卒業。 外務本省では、国際連合局社会協力課長(1984年-1986年)、大臣官房文化交流部文化第一課長、東京都外務長(1995年-1997年)などを歴任。
本田 均(ほんだ ひとし、1946年 - )は、日本の外交官… 本田 均(ほんだ ひとし、1946年 - )は、日本の外交官。ヒューストン総領事や、駐ウクライナ特命全権大使、駐フィンランド特命全権大使等を歴任した。 新潟県出身。新潟県立長岡高等学校を経て、1968年東京外国語大学外国語学部英米語学科卒業、外務省入省。1970年フレッチャー法律外交大学院卒業、修士。 1984年外務大臣官房総務課査察室長。1985年外務大臣官房総務課主任企画官。同年外務大臣官房領事移住部領事第二課長。1988年在フランス日本国大使館参事官。 在ハンガリー日本国大使館公使を経て、1994年外務省研修所副所長。1996年在ヒューストン日本国総領事館総領事。1999年外務大臣官房兼総合外交政策局国際社会協力部大使、国際連合人口開発特別総会日本政府代表。
旭 英昭(あさひ ひであき 1946年 - )は日本の元外交… 旭 英昭(あさひ ひであき 1946年 - )は日本の元外交官。初代駐東ティモール大使。東京大学大学院教授。日本国際問題研究所客員研究員。 1946年、静岡県生まれ。1965年、静岡県立静岡高等学校卒業。1970年、東京大学法学部卒業。1971年、外務省入省、2004年~05年、駐東ティモール大使。2006年退官。2007~13年、東京大学教授(国際関係論、国際政治)。東京大学大学院総合文化研究科教授(安全保障)。日本国際問題研究所客員研究員。
堀江 正彦(ほりえ まさひこ、1946年〈昭和21年〉 - … 堀江 正彦(ほりえ まさひこ、1946年〈昭和21年〉 - )は、日本の外交官。カタール駐箚特命全権大使、マレーシア駐箚特命全権大使、地球環境問題担当特命全権大使を歴任した。2012年以降、国際連合「万人のための持続可能なエネルギー」諮問理事やマレーシア工科大学・日馬国際工科院担当特別教授を務めるとともに、現在は国際自然保護連合の理事(外務省参与・大使)、明治大学学長特任補佐、京都大学特任教授、筑波大学客員教授を勤めている。 岡山県津山市出身。1969年(昭和44年)大阪大学経済学部を卒業後、渡米し、1971年(昭和46年)チューレイン大学大学院経済学修士課程を修了する。1973年(昭和48年)大阪大学法学部を卒業し、外務省に入省した。
石田 仁宏(いしだ ひとひろ、1946年(昭和21年) - … 石田 仁宏(いしだ ひとひろ、1946年(昭和21年) - )は、日本の外交官。ペルー駐箚特命全権大使やアルゼンチン駐箚特命全権大使などを歴任した。 東京都出身。横浜市立大学商学部経済学科を卒業後に外務省語学研修員採用試験に合格し、1972年(昭和47年)外務省に入省する。翌1973年(昭和48年)外務省公務員採用上級試験を合格し、1974年(昭和49年)に外務省に再入省した。1986年(昭和61年)国際連合日本政府代表部一等書記官、駐メキシコ大使館一等書記官、1993年(平成5年)外務省大臣官房領事移住部邦人保護課長、外務省経済協力局国際機構課長、ポーランド公使、1999年(平成11年)在スペイン日本国大使館公使、外務省大臣官房参事官兼中南米局などを経て、2003年(平成15年)サンパウロ総領事。
國枝 昌樹(くにえだ まさき、1946年 - )は、日本の外… 國枝 昌樹(くにえだ まさき、1946年 - )は、日本の外交官。ジュネーブ軍縮会議日本政府代表部公使などを経て、駐カメルーン特命全権大使、駐シリア特命全権大使を務めた。 神奈川県出身。栄光学園中学校・高等学校を経て、1970年に一橋大学経済学部を卒業し、外務省入省。フランス語研修のためフランスに留学。妻は留学中にパリで知り合ったスイス人。後年、かつて妻の実家の近くに祖父母夫婦が居住しており、神学者カール・バルトを通じて交友関係にあったことが、祖父から指導を受けたことがある神学者滝沢克己からの手紙で判明した。なお妻の祖父はバルトとの約束で、2人で娘に同じ名前を付け、さらに妻にも同じ名前を付けたという。
明石 美代子(あかし みよこ、1946年 <昭和21年> -… 明石 美代子(あかし みよこ、1946年 <昭和21年> - 2017年 <平成29年> 12月16日)は、日本の外交官。2008年(平成20年)6月から2012年(平成24年)1月17日までリトアニア駐箚特命全権大使(初代)を務めた。外務省女性専門職(いわゆるノンキャリア)として初の大使就任でもあった。位階は従四位。瑞宝中綬章。 在任中は、日本の芸術家をリトアニアへ派遣させ、リトアニアでの日本の芸術分野における知名度を向上させたとされる。 山口県出身。慶應義塾大学卒業後、1971年(昭和46年)外務省に入省する。 この項目は、外交官に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ政治)。
小林 秀明(こばやし ひであき、1945年(昭和20年)12… 小林 秀明(こばやし ひであき、1945年(昭和20年)12月 - )は、日本の外交官。東宮侍従長、タイ駐箚特命全権大使、赤坂迎賓館館長などを歴任した。現在は帝京大学冲永総合研究所教授。長野県出身。 長野県長野高等学校、1968年(昭和43年)東京大学法学部を卒業し、外務省に入省した。
岡本 行夫(おかもと ゆきお、1945年〈昭和20年〉11月… 岡本 行夫(おかもと ゆきお、1945年〈昭和20年〉11月23日 - 2020年〈令和2年〉4月24日)は、日本の外交評論家、実業家、外交官。産経新聞「正論」メンバー。 内閣総理大臣補佐官(イラク担当・沖縄担当)、内閣官房参与、内閣総理大臣外交顧問等を経て、マサチューセッツ工科大学国際研究センターシニアフェロー、立命館大学客員教授、青山学院大学特別招聘教授。位階は正五位。 神奈川県生まれ。鎌倉市及び藤沢市で育つ。父親は農林省職員で、父親の仕事の関係で、中学時代2年間マレーシアの首都クアラルンプールに滞在した。 神奈川県立湘南高等学校を経て、1968年(昭和43年)に一橋大学経済学部を卒業し、外務省入省。
広瀬 晴子(ひろせ はるこ、1945年9月23日 ‐ )は、… 広瀬 晴子(ひろせ はるこ、1945年9月23日 ‐ )は、日本の国家公務員、国際公務員、外交官。 国家公務員として人事院、経済企画庁に、国際公務員としてUNESCO、UNIDOに勤務した後、モロッコ駐箚特命全権大使に就任した。 幼い頃から「世界を見たい」という夢を抱いていたが、それを叶えたのは意外に遅い。すでに結婚もしていた33歳で米スタンフォード大に2年半留学した。この時「気持ち次第でやりたいことが実現できると感じた」ことが転機に。46歳でUNESCOの管理職ポストに応募し合格。夫や2人の息子とヨーロッパに渡った。以来、同機関や途上国の工業開発を支援するUNIDOで15年以上キャリアを積んだ。
高橋 利弘(たかはし としひろ、1945年9月20日 - )… 高橋 利弘(たかはし としひろ、1945年9月20日 - )は、日本の外交官。国連公使などを経て、パラグアイ駐箚特命全権大使、ニュージーランド駐箚特命全権大使を務めた。 1964年東京都立小石川高等学校卒業、1969年東京大学工学部都市工学科卒業、1970年外務省入省。同期に下荒地修二(駐ベネズエラ大使)、古屋昭彦(ウィーン代表部大使)など。アメリカ合衆国で研修を受けたのち在ビルマ日本国大使館二等書記官に就任。 OECD代表部一等書記官、在バングラデシュ大使館参事官を経て、外務省経済局国際エネルギー課長、大臣官房文書課長、同通信課長、外務研修所総括指導官、国際協力事業団企画評価部長、大臣官房審議官、国連代表部公使、EU代表部公使、リオデジャネイロ総領事、査察担当大使、駐パラグアイ特命全権大使などを歴任。
阿部 信泰(あべ のぶやす、1945年〈昭和20年〉9月9日… 阿部 信泰(あべ のぶやす、1945年〈昭和20年〉9月9日 - )は、日本の外交官。2014年4月から2017年12月まで内閣府原子力委員会委員長代理(常勤)。 財団法人日本国際問題研究所軍縮・不拡散促進センター所長、外務省参与、核不拡散・核軍縮に関する国際委員会諮問委員、ウィーン国際機関日本国政府代表部大使、在サウジアラビア日本国大使、国際連合事務次長、在スイス日本国大使、在リヒテンシュタイン日本国大使などを歴任した。 秋田県大館市出身。秋田県立秋田高等学校を経て、東京大学法学部第2類(公法コース)にて学ぶ。東京大学在学中に外交官試験に合格。1967年外務省入省。英語研修としてアメリカ合衆国アマースト大学教養学部で政治学を専攻しを卒業。
赤澤 正人(あかざわ まさと、1945年8月25日 - )は… 赤澤 正人(あかざわ まさと、1945年8月25日 - )は、日本の元外交官。元ドミニカ共和国特命全権大使。神田外語大学学長、嘉悦大学学長を歴任した。
野坂 康夫(のざか やすお、1945年〈昭和20年〉6月22… 野坂 康夫(のざか やすお、1945年〈昭和20年〉6月22日 - )は、日本の政治家、元外交官。元鳥取県米子市長(通算4期)。 鳥取県米子市出身。東京大学経済学部中退。1969年外務省入省。在英国大使館公使、在バンクーバー総領事などを歴任。2003年旧米子市長選で初当選。2005年の新市長選で当選。2013年4月、3選を果たした。祖父は洋食のレストランおよびレコード、楽器店を営んでいた野坂康久(“十字屋”経営主)。祖母のいとこには戦後、米子市長をつとめた野坂寛治がいる。 父・野坂陞三、母・千年の間に生まれた。1人っ子である。祖父野坂康久は、米子市東倉吉町で「十字屋」を経営、父や母、おばがこれを手伝っていたが、野坂が幼いころは、市会議員もしていた。
重家 俊範(しげいえ としのり、1945年6月3日 - )は… 重家 俊範(しげいえ としのり、1945年6月3日 - )は、日本の外交官。中東アフリカ局長や、在大韓民国特命全権大使等を歴任した。
東郷 和彦(とうごう かずひこ、1945年〈昭和20年〉1月… 東郷 和彦(とうごう かずひこ、1945年〈昭和20年〉1月10日 - )は、日本の外交官、評論家、政治学者(国際関係論)。Ph.D.(ライデン大学、2009年)。 外務省条約局局長、外務省欧亜局局長、オランダ駐箚特命全権大使、ライデン大学附属国際アジア研究所教授、プリンストン大学東アジア研究学部講師、京都産業大学法学部教授、京都産業大学世界問題研究所所長などを歴任した。 疎開先の長野県軽井沢町生まれ、東京都で育つ。東京大学教養学部を経て、1968年に外務省に入省した。欧亜局の審議官や大臣官房の総括審議官を経て、条約局や欧亜局の局長を歴任した。オランダ特命全権大使としてデン・ハーグに赴任するも、鈴木宗男事件をきっかけに2002年に罷免された。
服部 則夫(はっとり のりお、1945年(昭和20年) - … 服部 則夫(はっとり のりお、1945年(昭和20年) - )は、日本の外交官。ベトナム駐箚特命全権大使などを歴任した。 福井県福井市出身。1968年(昭和43年)東京大学法学部を卒業し、外務省入省。1969年(昭和44年)から1970年(昭和45年)までフランス共和国に留学し、フランス語研修を受ける。1975年在フィリピン日本国大使館一等書記官、1977年在ジュネーブ日本政府代表部一等書記官、1980年外務省経済協力局政策課企画官、1983年外務省外務大臣官房国内広報課長、1985年外務省欧亜局西欧第一課長、1986年在中華人民共和国日本国大使館参事官、1989年在フランス日本国大使館公使、1990年外務省経済協力局審議官、1996年在インドネシア日本国大使館公使、1997年在インドネシア日本国大使館特命全権公使、1999年外務省軍備管理・科学審議官(大使)、2001年(平成13年)外務報道官、2002年(平成14年)から2008年(平成20年)まで、ベトナム駐箚特命全権大使を務めた。
竹元 正美(たけもと まさみ、1945年‐)は、日本の外交官… 竹元 正美(たけもと まさみ、1945年‐)は、日本の外交官。ホンジュラス、ウルグアイの両国で特命全権大使を歴任した。元東宮侍従。 長野県長野市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、1970年に外務省入省。米国ドゥルー大学大学院修士号取得(国際関係論)。 外務省アメリカ局、中近東アフリカ局、経済局、韓国大使館、オーストラリア大使館、欧亜局、中近東アフリカ局勤務後、1986年に宮内庁東宮侍従。皇太子・同妃の訪米と、礼宮のブラジル訪問に随行した。 1988年、外務省経済局海洋課長。大臣官房儀典官。 1990年、儀典官として即位の礼に参列する外国人賓客の受け入れ準備に当たる。 海外勤務では、韓国大使館一等書記官、豪州大使館一等書記官、タイ大使館公使、スペイン大使館公使。
城所 卓雄(きどころ たくお、1945年 - )は日本の外交… 城所 卓雄(きどころ たくお、1945年 - )は日本の外交官。2009年3月から2011年11月までモンゴル駐箚特命全権大使。 神奈川県平塚市に生まれ、すぐに伊勢原市池端に移る。伊勢原市立伊勢原小学校、伊勢原市立伊勢原中学校、神奈川県立平塚高等学校、神奈川県立厚木高等学校を経て、1969年東京外国語大学外国語学部モンゴル語学科を卒業後、外務省に入省。文学士。名誉経済学博士、名誉外交学博士。 1971年からリーズ大学留学。1973年から新設の在モンゴル日本国大使館で三等書記官に就任。大使1名、参事官1名、三等書記官1名、専門調査員2名の5人体制であった。1976年まで在モンゴル日本国大使館同二等書記官。
田中 謙次(たなか けんじ、1944年12月16日 - 20… 田中 謙次(たなか けんじ、1944年12月16日 - 2001年4月30日)は、日本の外交官。2000年(平成12年)から2001年(平成13年)までカザフスタン兼キルギス兼タジキスタン駐箚特命全権大使を務めた。 岐阜県出身。岐阜県立岐阜高等学校を経て、1968年一橋大学法学部卒業、外務省入省。ロシアが専門で、フランク・エルベと親交を結んだ。軍縮会議日本政府代表部一等書記官、外務省経済局海洋課長、防衛庁長官官房法規課長、外務省情報調査局分析課長等を経て、1991在ソビエト連邦日本国大使館公使。1992年在ウィーン日本政府代表部公使。1995年日本原子力研究所国際協力室次長。1998年デュッセルドルフ総領事。
安藤 裕康(あんどう ひろやす、1944年(昭和19年)11… 安藤 裕康(あんどう ひろやす、1944年(昭和19年)11月22日 - )は、日本の外交官。 外務省中東アフリカ局局長、イタリア駐箚特命全権大使、独立行政法人国際交流基金理事長などを歴任した。 1944年生まれ。神奈川県箱根町出身、県立小田原高校を卒業。大学時代にサンケイスカラシップで米国に一年間留学 1969年(昭和44年)8月に外務公務員上級試験に合格し、1970年(昭和45年)東京大学文学部卒業、外務省に入省した。 外務省本省にてアジア局南東アジア第二課長、大臣官房在外公館課長、大臣官房外務参事官、大臣官房審議官などを歴任した。2002年には、中東アフリカ局長に就任した。 在外公館では、在フィリピン大使館、在連合王国大使館参事官、在アメリカ合衆国大使館公使、在アメリカ合衆国大使館特命全権公使などを務めた。
上田 秀明(うえだ ひであき、1944年11月1日 - )は… 上田 秀明(うえだ ひであき、1944年11月1日 - )は、日本の元外交官。京都産業大学客員教授。在ポーランド特命全権大使・在オーストラリア特命全権大使・人権人道担当大使などを歴任した。 1944年(昭和19年)新潟県生まれ。1967年(昭和42年)に東京大学を卒業し、外務省に入省。外務省内ではロシア語研修閥の「ロシアン・スクール」に属しており、在ソ連大使館一等書記官・同参事官、欧亜局東欧課長などを歴任した。 1995年(平成7年)には日本初開催となるAPEC大阪会議の準備事務局長に任命される。だが後に事務局次長ら数人が会場費を約4300万円分水増しして請求し、ホテルの宿泊費や上田も出席した打ち上げの費用などに流用していたことが発覚。
中村 雄二(なかむら ゆうじ、1944年9月5日 - )は、… 中村 雄二(なかむら ゆうじ、1944年9月5日 - )は、日本の外交官。シドニー総領事や、駐スイス特命全権大使、駐イタリア特命全権大使等を歴任した。 1966年に外務公務員採用上級試験に合格し、東京大学法学部を中退して、外務省に入省。テュービンゲン大学留学、在オーストリア日本国大使館一等書記官、在インド日本国大使館一等書記官等を経て、1981年内閣法制局第三部参事官。1983年外務省欧亜局東欧課長。1985年在ドイツ連邦共和国日本国大使館参事官。1992年フランクフルト総領事。1994年外務大臣官房審議官兼内閣情報調査室次長。1996年シドニー総領事。2000年参議院参事、参議院事務局国際部長。
松谷 浩尚(まつたに ひろなお、1944年〈昭和19年〉4月… 松谷 浩尚(まつたに ひろなお、1944年〈昭和19年〉4月13日 - 2020年〈令和2年〉11月22日、享年76歳)は、日本の外交官、トルコ研究者(専攻:トルコ近現代史)。 1944年三重県に生まれる。慶應義塾大学法学部卒業、同大学院修士課程(政治学)修了、イスタンブール大学 Ph.D.(政治学博士号)取得。 1969年外務省入省。外務省経済協力局技術協力課課長補佐、東京大学非常勤講師、イスタンブール領事、東京大学非常勤講師、在ジェッダ日本国総領事館首席領事、などを歴任。2006年から2008年までイスタンブール総領事を務める。 現代トルコやトルコ語、トルコ系言語、トルコ社会論に関する著書を刊行している。
谷内 正太郎(やち しょうたろう、1944年〈昭和19年〉1… 谷内 正太郎(やち しょうたろう、1944年〈昭和19年〉1月6日 - )は、日本の外交官。 外務事務次官、政府代表、内閣官房参与、国家安全保障局長(初代)、内閣特別顧問を歴任。 石川県生まれ、富山県育ち。貧しい環境で苦労して育つ。大学時代は若泉敬主宰の研究会に参加し、研鑽を積む。学者を目指して大学院に進学するものの、指導教官の急死などで断念し、外交官となる。 外務事務次官としては異例の3年(在任 2005年(平成17年)1月4日 - 2008年(平成20年)1月17日)を務め、安倍内閣の外務大臣・麻生太郎の提唱した外交方針(価値観外交および戦略的互恵関係)の策定・実行に中心的役割を果たした。退官後は早稲田大学、慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス等で教鞭を執り、前記大学合同の授業は谷内塾と呼ばれた。
髙橋 恒一(たかはし こういち、1944年 - )は、日本の… 髙橋 恒一(たかはし こういち、1944年 - )は、日本の外交官。法務大臣官房審議官、外務省国際社会協力部長、駐チェコ共和国特命全権大使、外務省研修所長等を経て、日本チェコ友好協会会長。 東京都立北園高等学校を経て、昭和43年度外務公務員採用上級試験合格。1969年国際基督教大学教養学部卒業、外務省入省。 外務省経済協力局政策課企画官兼外務公務員採用第Ⅰ種試験委員(ドイツ語)等を経て、1985年外務省経済協力局国際機構課長。 1987年在カナダ日本国大使館参事官。1990年在タイ日本国大使館参事官。1992年在ドイツ日本国大使館参事官。1996年在ベルリン日本国総領事館総領事。 1997年東京都外務長。
阿部 孝哉(あべ たかや、1944年〈昭和19年〉 - )は… 阿部 孝哉(あべ たかや、1944年〈昭和19年〉 - )は、日本の外交官・フィナンシャルプランナー(FP)。東京都出身。2002年(平成14年)から、在釜山日本国総領事。2006年(平成18年)から、在瀋陽日本国総領事。日本FP協会会員。 東京都出身。1967年(昭和42年)上智大学法学部卒業後、外務省に入省。1971年(昭和46年)、韓国・延世大学校経営大学院研究課程修了。2002年(平成14年)から2006年(平成18年)まで、在釜山日本国総領事を務めた。2006年(平成18年)から2008年(平成20年)まで、在瀋陽日本国総領事を務めた。2008年から2014年まで、日韓文化交流基金業務執行理事・参与を務めた。
山崎 隆一郎(やまざき りゅういちろう、1944年 - )は… 山崎 隆一郎(やまざき りゅういちろう、1944年 - )は、日本の外交官。国連大使、外務報道官や在フィリピン日本国大使館特命全権大使、アジア生産性機構事務総長等を務めた。 父親が東京銀行でロンドン支店長に就任した事に伴い、小学校3年から中学2年までロンドンに在住した帰国子女。外務省の若手時代は福田赳夫、大平正芳、鈴木善幸各総理の英語通訳を務めた。 2000年外務報道官就任。2000年8月17日には「本記事では、日本が第二次大戦中の行為について、中国に対して一度も謝罪をしていないと書かれているが、実際には日本は戦争中の行為について繰り返し謝罪を表明してきている。とりわけ、1995年8月に、村山(当時総理)が公式談話を発表し、日本が「植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました」と述べ、「痛切な反省の意」と「心からのお詫びの気持ち」を表明し、1998年に小渕(当時総理)が、日本を公式訪問した江沢民に対して、村山談話を再確認している」と述べた。
黒川 祐次(くろかわ ゆうじ、1944年〈昭和19年〉 - … 黒川 祐次(くろかわ ゆうじ、1944年〈昭和19年〉 - )は、日本の外交官。ウクライナ駐箚特命全権大使、コートジボワール駐箚特命全権大使などを歴任した。 愛知県出身。愛知県立旭丘高等学校を経て、1967年に東京大学教養学部国際関係論分科卒業、外務省入省。1986年から1989年まで、在モントリオール総領事。1990年から1994年まで、国際交流基金総務部長。1996年から1999年まで、在ウクライナ特命全権大使。1999年から2001年まで衆議院外務調査室長、常任委員会専門員、外務委員会専門員。2002年から在コートジボワール特命全権大使。退官後、日本大学国際関係学部国際関係学科教授。2008年「コートジボワールの紛争と日本の対応」で日本大学博士(国際関係)。
久山 慎一(くやま しんいち、1944年 ー )は、日本の総… 久山 慎一(くやま しんいち、1944年 ー )は、日本の総務官僚、外交官。 総務省総務審議官、駐ウルグアイ特命全権大使を歴任した。 趣味はインラインスケート、スキューバーダイビング、小型船舶の操縦、アマチュア無線、そば打ちなど多彩。おかやま財界(2004年3月5日号)の『ふるさとメール』の中で、「趣味に打ち込んでいる最中、ふと仕事上の問題解決につながるヒントがひらめく。うまくいかない時の気分転換にもなる。自分の世界を持つことは大切。……子どものころの魚捕りや父と歩いた操山などの原体験が今につながっている」と語っている。
天江 喜七郎(あまえ きしちろう、1943年12月26日 -… 天江 喜七郎(あまえ きしちろう、1943年12月26日 - )は、日本の外交官。外務省中近東アフリカ局長、在ウクライナ特命全権大使、外務省参与、国立京都国際会館館長等を歴任。 宮城県仙台市出身。生家は日本酒の蔵元だった「天賞酒造」で、喜七郎は8代目天江勘兵衛の7男である。 宮城県仙台第二高等学校を経て、1967年に一橋大学法学部を卒業した。学生時代、仲小路彰に指導を受ける。卒業後に外務省に入省した。イギリス陸軍語学学校でロシア語研修を受けた後、モスクワに在勤となる。1979年イラン革命時に在イラン日本大使館一等書記官を務める。 1984年に外務省大臣官房国際報道課長となり、翌年外務省国際連合局国連政策課長に異動した。
齋賀 富美子(さいが ふみこ、1943年11月30日 - 2… 齋賀 富美子(さいが ふみこ、1943年11月30日 - 2009年4月24日)は、日本の外交官。特命全権大使(人権問題に関する各種協議、調整等担当=いわゆる人権担当大使)で国際刑事裁判所の初代日本人裁判官。女性初の国連大使も務めた。
齋藤 正樹(さいとう まさき、1943年10月13日 - 2… 齋藤 正樹(さいとう まさき、1943年10月13日 - 2013年11月2日)は、日本の外交官。駐カンボジア、ニュージーランド大使、財団法人交流協会台北事務所代表を務めた。 1943年に広島県で生まれる。広島大学附属福山高等学校、東京大学教養学部を卒業後1966年に外務省へ入省。入省同期には野上義二、浦部和好、孫崎享、大塚清一郎などがいる。外務省大臣官房領事移住部長、カンボジア特命全権大使、ニュージーランド兼サモア特命全権大使を経たのち、財団法人交流協会台北事務所代表を務めた。 しかし、2009年に台湾の国立中正大学での講演で「台湾の国際的地位は未定」と発言したことから、馬英九政権はこの発言に「中華民国の主権を否定するもの」と強く反発し、台湾外務省は齋藤代表を呼び出して厳重抗議した。
大島 正太郎(おおしま しょうたろう、1943年9月20日 … 大島 正太郎(おおしま しょうたろう、1943年9月20日 - )は、日本の外交官。東京大学客員教授。内閣官房内閣審議官およびTPP関係国との協議担当政府代表、世界貿易機関(WTO)上級委員。東京都出身。大島寛一の子。
竹内 行夫(たけうち ゆきお、1943年7月20日 - )は… 竹内 行夫(たけうち ゆきお、1943年7月20日 - )は、日本の外交官、裁判官。駐インドネシア日本国大使館大使、外務事務次官、最高裁判所裁判官などを歴任。奈良県出身。 小泉政権において、いわゆる田中眞紀子騒動で前任の野上義二が更迭されたことにより、駐インドネシア大使から事務次官に就任。外務省内の語学派閥では「アメリカンスクール」に属し、日米同盟を固守する立場をとった。次官在任中には、イラク戦争を支持したほか、小泉純一郎首相の訪朝が実現している。しかし、田中均外務審議官による北朝鮮との独自ルートによる秘密外交問題に対して、当初は秘密外交を追認していたが、世論の批判が高まり、最終的に田中を退官させた。
孫崎 享(まごさき うける、1943年〈昭和18年〉7月19… 孫崎 享(まごさき うける、1943年〈昭和18年〉7月19日-)は、日本の外交官、評論家。東アジア共同体研究所理事・所長。ハーバード大学の国際問題研究所(英語版)研究員、ウズベキスタン駐箚特命全権大使、外務省国際情報局局長、イラン駐箚特命全権大使、防衛大学校人文社会科学群学群長、筑波大学国際総合学類非常勤講師などを歴任した。 1943年(昭和18年)、満洲国の奉天省鞍山市にて生まれた。日本の特殊会社たる南満洲鉄道が設立した鞍山製鉄所(のちの昭和製鋼所)に父が勤務していたため、満洲国にて暮らす。第二次世界大戦終結にともない、父の故郷である石川県小松市に引き揚げた。小松市立松陽中学校を経て、金沢大学教育学部附属高等学校を卒業した。
小川 郷太郎(おがわ ごうたろう、1943年7月1日 - )… 小川 郷太郎(おがわ ごうたろう、1943年7月1日 - )は日本の元外交官。イラクやアフガニスタンの復興支援のために尽力した。現在、高校生の留学を支援する財団法人エイ・エフ・エス日本協会の理事長や三井住友海上火災保険の顧問、日本国際フォーラム政策委員を務めている。 静岡県静岡市出身。静岡県立静岡高校3年の時に休学し交換留学生としてアメリカニューメキシコ州でホームステイをしながら現地の高校に通った。1968年3月、東京大学法学部を卒業後、外務省に入省。 2006年9月にイラク復興支援等調整担当大使となり、同年10月9日にヌーリ・マリキ首相に訪日の招請を行った。2007年9月イラク復興支援等調整担当を最後に退官したが、その後もイラク復興支援等調整担当大使としてイラク戦争後の経済復興に官民で取り組むイラク経済ミッションの団長としてバグダッドを訪問している。