阿曽 秀昭(あそ ひであき 1953年10月27日 - )は… 阿曽 秀昭(あそ ひであき 1953年10月27日 - )は、日本の財務官僚。財務省理財局管理課長、四国経済連合会参与、四国財務局長等を務めた。2023年11月に瑞宝中綬章を受章した。
職業が官僚:5,089人
阿曽 秀昭(あそ ひであき 1953年10月27日 - )は… 阿曽 秀昭(あそ ひであき 1953年10月27日 - )は、日本の財務官僚。財務省理財局管理課長、四国経済連合会参与、四国財務局長等を務めた。2023年11月に瑞宝中綬章を受章した。
河戸 光彦(かわと てるひこ、1953年10月23日 - )… 河戸 光彦(かわと てるひこ、1953年10月23日 - )は、日本の官僚。会計検査院事務総長や、会計検査院長を務めた。退官後、会計検査院顧問、凸版印刷監査役、インテック顧問。 山口県生まれ。1976年東京大学法学部卒業、会計検査院事務総局入局。2007年会計検査院事務総長官房総括審議官。2008年会計検査院事務総局第三局長。2009年会計検査院事務総局次長。2010年会計検査院事務総長。2013年検査官。同年会計検査院長。森友学園問題では、財務省による改竄を見逃していたことが発覚し、「大いに反省している」と謝罪を行った。2018年定年退官、会計検査院顧問。2019年株式会社インテック顧問。2022年凸版印刷監査役。
大平 純彦(おおひら すみひこ、1953年10月 - )は、… 大平 純彦(おおひら すみひこ、1953年10月 - )は、日本の経企官僚・経済学者。専門は、経済統計学・計量経済学。 経済企画庁調査局内国調査第一課課長補佐、静岡県立大学経営情報学部助教授、静岡県立大学経営情報学部准教授などを歴任した。 1953年生まれ。1972年、東京都立日比谷高等学校を卒業し、東京大学に入学した。同大学では経済学部経済学科にて経済学を修め、1976年に卒業した。 大学卒業後は国家公務員として経済企画庁に採用される。1985年には、経済企画庁の調査局内国調査第一課にて課長補佐に就任した。また、経済企画庁に在籍時には、同じく経企官僚であった河出英治 や新保生二 らと連名で論文を発表している。
岡本 佳郎(おかもと よしろう、1953年9月27日 - )… 岡本 佳郎(おかもと よしろう、1953年9月27日 - )は日本の大蔵・財務官僚。日本酒造組合中央会副会長。大阪国税局長、国税庁次長などを歴任。 山口県出身。神奈川県立湘南高等学校、東京大学法学部第1類(私法コース)卒業。1976年 大蔵省入省(大臣官房調査企画課)。1981年7月 米沢税務署長。1982年7月 国税庁調査査察部査察課長補佐。その後は関税局企画課長補佐、主計局総務課長補佐(歳入・国債係主査)、主計局主計官補佐(労働第一、二係主査)などを務める。2001年1月6日 国税庁課税部課税総括課長。2002年7月 国税庁長官官房総務課長。2003年7月8日 広島国税局長。2004年7月2日 国税庁長官官房審議官(酒税等担当)。
有吉 章(ありよし あきら、1953年9月6日 - )は日本… 有吉 章(ありよし あきら、1953年9月6日 - )は日本の財務官僚。 1976年東京大学工学部卒業、大蔵省入省(主計局調査課)。オックスフォード大学大学院経済学研究科留学を経て、1981年から財政金融研究室研究官。財務総合政策研究所次長、国際通貨基金アジア太平洋地域事務所長、一橋大学大学院経済学研究科教授、国際大学大学院国際関係学研究科特任教授、だいこう証券ビジネス取締役を歴任した。2023年、瑞宝中綬章受章。
樋口 修資(ひぐち のぶもと、1953年(昭和28年)9月5… 樋口 修資(ひぐち のぶもと、1953年(昭和28年)9月5日 - )は、日本の教育学者・官僚。 公益財団法人日本レクリエーション協会代表理事理事長。明星大学名誉教授。元文部・文部科学官僚。学校法人藤村学園(東京女子体育大学・東京女子体育短期大学などを運営)理事長。学位は、修士(学術)(放送大学)。 文部科学省初等中等教育局担当審議官、政策評価審議官、スポーツ・青少年局長などを歴任した。 2010年(平成22年)4月から2023年(令和5年)3月まで、明星大学教育学部教授。2018年(平成30年)4月から2020年(令和2年)3月まで、同学部長。2023年(令和5年)5月29日より、学校法人藤村学園理事長。
青柳 親房(あおやぎ ちかふさ、1953年9月2日 - )は… 青柳 親房(あおやぎ ちかふさ、1953年9月2日 - )は、日本の厚生官僚。元社会保険庁運営部長。 東京教育大学附属高校、東京大学経済学部経済学科卒業後、1976年に厚生省入省。各課の課長補佐で制度改正にかかわる。1996年介護制度を担当する老人福祉計画課長。 2004年に社会保険庁運営部長となるが、2007年に年金問題の対応を巡り事実上の更迭で九州厚生局長となり、2009年に辞職。その後福祉医療機構理事となるが、民主党政権下で更迭となる。社会福祉法人こうほうえん理事を経て、新潟医療福祉大学社会福祉学部教授。
池川 博士(いけがわ ひろし、1953年8月11日 - )は… 池川 博士(いけがわ ひろし、1953年8月11日 - )は、日本の総務官僚。総務省九州管区行政評価局長や、独立行政法人情報通信研究機構理事長代行、総務省政策統括官を務めた。退官後、NTT都市開発監査役、NTT西日本監査役、公益財団法人情報通信学会監事。 大阪府出身。大阪府立天王寺高等学校を経て、1978年京都大学法学部卒業、郵政省入省。郵政省電気通信局データ通信課主査、同課長補佐、郵政大臣官房人事部人事課課長補佐等を経て、1992年郵政省近畿郵政局人事部長。1994年郵政省郵務局総務課財務計画室長。1995年内閣法制局第二部参事官。1998年内閣法制局第三部参事官。2000年郵政大臣官房総務課総括専門官(特命担当)。
中田 睦(なかた むつみ、1953年8月11日 - )は、日… 中田 睦(なかた むつみ、1953年8月11日 - )は、日本の総務官僚。総務省大臣官房審議官や、総務省政策統括官、一般財団法人電気通信端末機器審査協会理事長、一般財団法人放送セキュリティセンター理事長等を歴任した。 京都府出身。洛星高等学校、東京大学法学部第1類(私法コース)卒業。1977年郵政省入省。1995年郵政省通信政策局情報企画課長。1996年郵政省電気通信局電波部基幹通信課長。1998年郵政省放送行政局衛星放送課長。1999年郵政省放送行政局放送政策課長。2001年総務省情報通信政策局放送政策課長。同年総務省情報通信政策局総合政策課長。2002年総務省情報通信政策局総務課長。2003年総務省大臣官房企画課長。
小野 次郎(おの じろう、1953年8月7日 - )は、日本… 小野 次郎(おの じろう、1953年8月7日 - )は、日本の政治家、警察官僚、外交官。
小野 次郎(おの じろう、1953年8月7日 - )は、日本… 小野 次郎(おの じろう、1953年8月7日 - )は、日本の政治家、元警察官僚、外交官。 内閣総理大臣秘書官(小泉内閣)、衆議院議員(1期)、参議院議員(1期)、結いの党幹事長、維新の党総務会長、同政務調査会長、民進党副代表等を歴任した。 1953年、東京都板橋区に生まれる。本籍は山梨県北杜市明野町。親の転勤とともに宮城県仙台市に転居、仙台市立国見小学校入学、仙台市立木町通小学校卒業。宮城教育大学附属中学校に在籍。 1968年、再び東京に転居。1969年、保谷市立青嵐中学校卒業。1972年、東京教育大学附属駒場高等学校卒業。 1976年、東京大学法学部卒業・警察庁入庁。入庁後、1979年、人事院長期在外研究員としてフランス・アンジェ大学留学、1981年、法学修士号授与。
谷川 浩道(たにがわ ひろみち, 1953年7月17日 - … 谷川 浩道(たにがわ ひろみち, 1953年7月17日 - )は、日本の官僚、銀行家。西日本シティ銀行代表取締役頭取。
岡田 克也(おかだかつや、1953年〈昭和28年〉7月14日… 岡田 克也(おかだかつや、1953年〈昭和28年〉7月14日 - )は、日本の政治家、通産官僚。 衆議院議員(12期)、外務大臣(第137代・第138代)、副総理・内閣府特命担当大臣(行政刷新)(野田改造内閣)、民主党代表(第4代・第11代)、同幹事長(第4代・第8代・第11代)、同代表代行、同政策調査会長(第4代)、民進党代表(初代)、同常任顧問、立憲民主党幹事長(第3代)、立憲民主党常任顧問、立憲民主党外交・安全保障総合調査会長を歴任した。 ジャスコ創業者の岡田卓也は父。イオン取締役兼代表執行役会長の岡田元也は実兄。東京新聞政治部部長や中日新聞社編集局長を務めた高田昌也は実弟。 三重県四日市市の岡田屋呉服店を前身とする四日市岡田家(本籍は四日市市中部地区の諏訪栄町商店街で結婚後は近鉄名古屋線の西側の四日市市堀木に自宅を購入した)の7代目当主でスーパー「岡田屋(後のイオン)」を経営していた岡田卓也の次男(2歳上の兄と4歳下の弟がいる)として生まれる。
中江 公人(なかえ きみと、1953年〈昭和28年〉6月30… 中江 公人(なかえ きみと、1953年〈昭和28年〉6月30日 - )は、日本の大蔵・金融・防衛官僚。勲章は瑞宝重光章。金融庁総務企画局総括審議官、防衛省経理装備局長、防衛省大臣官房長、防衛事務次官などを歴任した。防衛省退官後、労働金庫連合会理事長、一般社団法人全国労働金庫協会理事長、公益財団法人東京財団政策研究所監事、イノテック株式会社社外取締役。大阪府出身。
厚木 進(あつき すすむ、1953年6月29日 - )は、日… 厚木 進(あつき すすむ、1953年6月29日 - )は、日本の財務官僚。財務省関東財務局長、経済産業省貿易経済協力局長を経て、日本郵政代表執行役副社長。 徳島県鳴門市撫養町出身。徳島県立城南高等学校を経て、一橋大学経済学部経済学科卒業。1977年4月 大蔵省入省(主計局総務課)。 パリでOECD政府代表部参事官を務めていた際に、韓国のOECD加盟に尽力。1997年から財務省国際局で課長を務めアジア通貨危機に対応した。2000年からは金融庁、証券取引等監視委員会で課長、担当審議官として検査に携わる。 2010年、日本国憲法下で初めて経済産業省と財務省との間(通産省、大蔵省時代含む)で局長交流人事が行われ、経済産業省貿易経済協力局長に就任。
和泉 洋人(いずみ ひろと、1953年5月18日 - )は、… 和泉 洋人(いずみ ひろと、1953年5月18日 - )は、日本の建設官僚。学位は、博士(工学)(東京大学、2001年)。東京大学大学院工学系研究科建築学専攻教授。 内閣官房都市再生本部事務局次長、国土交通省大臣官房審議官(住宅局担当)、国土交通省住宅局長、内閣官房地域活性化統合事務局長、内閣官房参与(国家戦略担当)、内閣総理大臣補佐官(国土強靭化及び復興等の社会資本整備並びに地域活性化担当)、内閣総理大臣補佐官(国土強靭化及び復興等の社会資本整備、地域活性化並びに健康・医療に関する成長戦略担当)、内閣総理大臣補佐官(国土強靱化及び復興等の社会資本整備、地方創生並びに健康・医療に関する成長戦略担当)などを歴任した。
伊沢 正(伊澤 正、いざわ ただし、1953年(昭和28年)… 伊沢 正(伊澤 正、いざわ ただし、1953年(昭和28年)5月15日 - )は、日本の通産官僚、経産官僚。勲等は瑞宝中綬章。日中経済協会理事長などを歴任。 この項目は、外交官に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ政治)。
廿日岩信次(はつかいわ しんじ、1953年5月12日 - )… 廿日岩信次(はつかいわ しんじ、1953年5月12日 - )は、日本の財務官僚、司法書士。関東信越国税不服審判所長、社団法人金融先物取引業協会事務局長などを歴任。 京都府京都市出身。京都市立塔南高等学校卒業。京都大学法学部を受験するも失敗。2年間、右京社会保険事務所に勤めた後、滋賀大学経済学部経済学科に入学する。滋賀大学経済学部経済学科卒業。1978年 大蔵省入省(証券局総務課)。1980年1月 証券局業務課。1983年7月 中津川税務署長。1995年6月 沖縄開発庁振興局振興総務課長。2000年7月 近畿財務局総務部長。2003年8月 関東財務局総務部長。2004年6月 関東財務局金融安定監理官。
本田 勝(ほんだ まさる、1953年4月27日 - )は、日… 本田 勝(ほんだ まさる、1953年4月27日 - )は、日本の経営者、運輸官僚。東京地下鉄顧問。国土交通事務次官、東京地下鉄代表取締役会長等を歴任。岐阜県出身。 2022年12月13日、各地の空港でビルの運営などを手がける「空港施設株式会社」の社長、会長と面会し、国土交通省OBの同社副社長を社長に昇格させるよう要求。自身の立場を「有力なOBの名代」と説明し、社長に就任させれば「国交省としてあらゆる形でサポートする」とも語った。 2023年3月30日に報道でこれが発覚。本田は取材に対し、「関係のある方々に懸念、不快感を招いたとすれば、私の軽率な行動の不徳のいたす限り。反省しなければならない」と述べる一方で人事への介入については否定した。
土屋 定之(つちや さだゆき、1953年4月27日 - )は… 土屋 定之(つちや さだゆき、1953年4月27日 - )は、日本の官僚。広島県出身。
石井 忠雄(いしい ただお、1953年4月22日 - )は、… 石井 忠雄(いしい ただお、1953年4月22日 - )は、日本の裁判官、法務官僚。法務省人権擁護局長や、知的財産高等裁判所部総括判事、東京高等裁判所部総括判事を歴任した。 埼玉県生まれ。1976年明治大学法学部卒業。法務省訟務局行政訟務第一課長、法務省大臣官房民事訟務課長、法務省大臣官房参事官(訟務担当)、東京地方裁判所部総括判事を経て、2009年法務省人権擁護局長。2012年長野地方裁判所長。2014年知的財産高等裁判所部総括判事。2015年東京高等裁判所部総括判事。退官後、第二東京弁護士会弁護士登録。法務省難民審査参与員等も歴任した。2020年川崎市差別防止対策等審査会委員。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。
山本 和史(やまもと たかし、1953年4月13日 - )は… 山本 和史(やまもと たかし、1953年4月13日 - )は日本の公正取引委員会官僚。公正取引委員会事務総局審査局審査管理官、審査局長、経済取引局長、公正取引委員会事務総長を経て公正取引委員会委員。 1978年 東京大学法学部第3類(政治コース)を卒業。公正取引委員会事務局入局。外務省欧州共同体日本政府代表部参事官、公正取引委員会事務局審査部管理企画課情報管理室長、1996年6月事務総局経済取引局取引部消費者取引課長、1998年経済取引局企業結合課長、2001年経済取引局取引部取引企画課長、2003年経済取引局総務課長、2005年審査管理官を経て、2008年 審査局長、2009年 経済取引局長、2011年 公正取引委員会事務総長にそれぞれ就任。
樋口 建史(ひぐち たてし、1953年(昭和28年)4月11… 樋口 建史(ひぐち たてし、1953年(昭和28年)4月11日 - )は、日本の警察官僚。第89代警視総監を経て、駐ミャンマー特命全権大使を務めた。
寺坂 信昭(てらさか のぶあき、1953年4月9日 - )は… 寺坂 信昭(てらさか のぶあき、1953年4月9日 - )は、日本の通産官僚・経産官僚。 資源エネルギー庁電力・ガス事業部長、経済産業省大臣官房審議官(経済産業政策局担当)、原子力安全・保安院次長、経済産業省商務流通審議官、原子力安全・保安院院長(第5代)などを歴任。 1953年に生まれた。愛媛県立宇和島東高校を卒業し、東京大学に進学。経済学部にて経済学を学ぶ。1976年、東京大学を卒業。 1976年、通商産業省に入省した。同期には岡田克也、岡田秀一(経済産業審議官)がいる。大阪通商産業局総務部総務課長や、近畿通商産業局総務企画部総務課長を務めるなど、通商産業省の地方支分部局にて課長職を務めた。
大石 利雄(おおいし としお、1953年4月8日 - )は、… 大石 利雄(おおいし としお、1953年4月8日 - )は、日本の総務官僚。総務事務次官を経て、一般財団法人地方財務協会理事長、学校法人自治医科大学理事長。 千葉県出身。千葉県立千葉高等学校を経て、東京大学法学部第2類(公法コース)卒業。1976年 自治省入省。同年7月 静岡県財政課長。1978年4月 消防庁消防課。1979年5月 自治省財政局調整室。 2005年9月15日 消防庁次長。 2008年8月1日 自治大学校長。2009年7月14日 大臣官房長。2010年1月15日 大臣官房総括審議官(広報、政策企画担当)。2012年9月11日 総務審議官(自治行政担当)。2013年6月 消防庁長官。
渡邉 芳樹(わたなべ よしき、1953年〈昭和28年〉4月1… 渡邉 芳樹(わたなべ よしき、1953年〈昭和28年〉4月1日 - )は、日本の厚生・厚生労働官僚。 北海道岩見沢市出身。北海道岩見沢東高等学校を経て、1971年、東京大学に入学。 1975年(昭和50年)3月、東京大学法学部を卒業。同年4月、厚生省に入省。老人保健医療対策本部事務局を経て、1984年(昭和59年)、外務省に出向。在スウェーデン日本国大使館書記官を務めた。厚生省復帰後は、厚生省大臣官房総務課課長補佐、同政策課課長補佐、保険局医療課保険医療企画調査室長、厚生省大臣官房広報室長、保険局保険課長、高齢者介護対策本部事務局次長、内閣官房内閣審議官、児童家庭局家庭福祉課長、保険局国民健康保険課長、保険局総務課長などを歴任。
佐々木 豊成(ささき とよなり、1953年〈昭和28年〉4月… 佐々木 豊成(ささき とよなり、1953年〈昭和28年〉4月1日 - )は、日本の元大蔵・財務官僚。国税庁次長、財務省理財局長、内閣官房副長官補(内政担当)、内閣官房内閣審議官(内閣官房副長官補付)兼内閣官房TPP政府対策本部国内調整総括官などを歴任した。財務省退官後、一般社団法人生命保険協会代表理事副会長、ウシオ電機株式会社取締役。佐賀県出身。 佐賀県出身。ラ・サール高等学校卒業。父親の「医者になるよりも、国のために何か大きな仕事に就いたほうがいい」という言葉の影響で弁護士及び国家公務員を目指し、東京大学法学部に進学。大学在学中、司法試験及び国家公務員採用上級甲種試験の両方に合格。
鈴木 久泰(すずき ひさやす、1953年3月31日 - )は… 鈴木 久泰(すずき ひさやす、1953年3月31日 - )は、日本の国土交通官僚(運輸)。元海上保安庁長官。日本空港ビルデング株式会社取締役副社長。 福島県いわき市旧好間村出身。好間第一小学校、好間中学校、福島県立磐城高等学校を経て、東京大学法学部第2類(公法コース)卒業後、1975年に運輸省に入省。船舶局監理課に配属。入省後は大野明運輸大臣事務秘書官、旅客課長、関西国際空港課長、大臣官房総括審議官等を経て、国土交通省航空局長を務める。航空局長時代には富士山静岡空港、茨城空港の開港に携わった。 2008年7月に海上保安庁次長に異動。2009年7月24日、海上保安庁長官に就任。2012年9月11日退官。
大野 重國(おおの しげくに、1953年3月28日 - )は… 大野 重國(おおの しげくに、1953年3月28日 - )は、日本の検察官、法務官僚、公証人、弁護士。法務省訟務局参事官、静岡地方検察庁検事正、千葉地方検察庁検事正、日本公証人連合会会長などを歴任した。 九州大学法学部を卒業後、司法修習(第34期)を経て、1982年(昭和57年)4月、東京地方検察庁検事に任官し、熊本地方検察庁検事、横浜地方検察庁検事などを歴任した。 1995年(平成7年)からは、法務省訟務局付の訟務検事として勤務し、同局参事官、同局租税訟務課長などを務めた。その後、最高検察庁検事を経て、2010年(平成22年)6月に金沢地方検察庁検事正に就任した。 2011年(平成23年)に静岡地方検察庁検事正に転任し、2012年(平成24年)に千葉地方検察庁検事正に就任した。
南木通(なんき とおる、1953年3月14日 - )は日本の… 南木通(なんき とおる、1953年3月14日 - )は日本の財務官僚。 愛知県立旭丘高等学校、東京大学法学部第2類(公法コース)卒業。東大法学部在学中の1974年9月に司法試験に合格。1975年4月 大蔵省入省(銀行局金融制度調査官付)。1980年7月 諫早税務署長。1995年6月 主計局主計官(運輸、郵政担当)。1997年7月 北海道大学法学部教授。2001年7月 財務省大臣官房会計課長。2003年7月 東海財務局長。2004年2月 日本道路公団理事。2005年9月 東京税関長。2009年4月1日より独立行政法人国立印刷局理事長。2011年7月27日に退官。2012年12月 弁護士登録。徳倉建設(株)社外監査役。
御園 慎一郎(みその しんいちろう、1953年3月12日 -… 御園 慎一郎(みその しんいちろう、1953年3月12日 - )は、日本の自治官僚、愛知東邦大学人間学部人間健康学科教授。 内閣官房内閣審議官(地域再生担当)、総務省大臣官房審議官(財政制度・財務担当)、地方公営企業等金融機構理事などを歴任した。 1953年、長野県諏訪郡富士見町に生まれる。1977年、東京大学法学部第1類(私法コース)を卒業し、自治省(現総務省)に入省した。同省にて地方財政や地方自治に関する職務に多く携わった。 1988年、愛知県庁に出向し地方課長、財政課長を務める。1992年、自治省に戻る。茨城県総務部長、自治省大臣官房情報政策室長などを歴任。 1998年4月、再び愛知県庁に出向し企画部長に就任。
片平 和夫 (かたひら かずお、1953年2月27日 - )… 片平 和夫 (かたひら かずお、1953年2月27日 - )は、国土交通省の官僚。元国土交通省大阪航空局長。名古屋大学大学院工学研究科修了。静岡県沼津市出身。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
加藤 文彦(かとう ふみひこ、1953年(昭和28年)2月1… 加藤 文彦(かとう ふみひこ、1953年(昭和28年)2月14日 - )は、日本の通産・経産官僚。元ウズベキスタン駐箚特命全権大使。 東京都出身。1976年(昭和51年)、東京大学経済学部を卒業して、通商産業省(現在の経済産業省)に入省する(立地公害局総務課)。1991年(平成3年)5月に日本貿易振興機構パリセンター所長、1995年(平成7年)6月に資源エネルギー庁石油部流通課長、1997年(平成9年)7月に通商産業省貿易局貿易保険課長へ就任。2002年(平成14年)7月に経済産業省大臣官房付となった後、2004年(平成16年)7月に内閣府大臣官房審議官、2006年(平成18年)7月に日本貿易保険参事へ就任。
池田 克彦(いけだ かつひこ、1953年(昭和28年)2月1… 池田 克彦(いけだ かつひこ、1953年(昭和28年)2月12日 - )は、日本の警察官僚。初代原子力規制庁長官。第88代警視総監。 1953年、兵庫県神戸市出身。甲陽学院中学校・高等学校を経て、1976年京都大学法学部卒業。 大学在学中に大学紛争を目の当たりにし、「正義の味方になりたい」と思い、1976年に警察庁に入庁。警視庁総務部広報課長、警備第一課長時代には、読売新聞記者であった作家堂場瞬一から取材を受けていた。 警察官僚としては主に交通警察、警備警察の分野を中心に歩む。大阪府警察本部警備部長時代の1995年1月に阪神・淡路大震災に遭遇し、兵庫県警察本部と連携して事後処理にあたった。また警察庁警備局長在任中には、2008年7月の第34回主要国首脳会議(北海道・洞爺湖サミット)警備の指揮を執っている。
薦田 康久(こもだ やすひさ、1953年(昭和28年)2月1… 薦田 康久(こもだ やすひさ、1953年(昭和28年)2月12日 - )は、日本の通産・経産官僚。元電気安全環境研究所理事長。元原子力安全・保安院長。東京大学工学部電気科卒業。
篠原 尚之(しのはら なおゆき、1953年(昭和28年)2月… 篠原 尚之(しのはら なおゆき、1953年(昭和28年)2月8日 - )は、日本の元財務官僚。元国際通貨基金副専務理事。 山梨県出身。甲府第一高校、東京大学経済学部卒業。小宮隆太郎のゼミで国際金融などを学ぶ。 1975年に大蔵省入省。2007年から2年間、財務官を務め、G7財務大臣中央銀行総裁会議の議長国(2008年)として、またリーマン・ショック(2008年9月)への対応などに当たった。2009年2月14日、中川昭一財務大臣兼金融担当大臣(肩書きは当時、以下同)のローマで行われたG7の財務大臣・中央銀行総裁会議後の朦朧記者会見時に同席していた。 財務省退官の後、2010年から5年間、IMF(国際通貨基金)副専務理事として欧州債務危機等に対応した。
幕田 英雄(まくた ひでお、1953年2月6日 - )は、日… 幕田 英雄(まくた ひでお、1953年2月6日 - )は、日本の検察官、法務官僚。 この項目は、法曹に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝)。
藤田 昌央(ふじた まさお、1953年1月26日 - )は、… 藤田 昌央(ふじた まさお、1953年1月26日 - )は、日本の経済産業官僚。経済産業省大臣官房審議官や愛知万博協会事務次長、小松製作所常務を経て、サハリン石油ガス開発代表取締役社長。 愛知県出身。1971年に愛知県豊橋市の愛知県立時習館高等学校から東京大学に入学。1975年に同大学法学部卒業後、同年4月に通商産業省(当時)に入省。同期に石田徹(日本商工会議所専務理事)、太田房江(参議院議員)、八幡和郎、三本松進など。 1996年8月、資源エネルギー庁公益事業部開発課長として、新潟県巻町に東北電力が計画していた原子力発電所計画を住民投票が否決したことを受け上京した笹口町長に国の電源開発基本計画からの削除を拒否して批判を浴びた。
大村雅基(おおむら まさき、1953年1月21日 - )は日… 大村雅基(おおむら まさき、1953年1月21日 - )は日本の財務官僚。近畿財務局長、アジア開発銀行日本代表理事などを務めてきた。血液型はO型。 福井県出身。福井県立藤島高等学校、東京大学法学部第2類(公法コース)卒業。1975年 大蔵省入省(関税局企画課)。1980年7月10日 行橋税務署長。1981年7月10日 国税庁長官官房付(ハーバード大学国際租税講座へ留学)。 1989年6月 神戸税関総務部長。1991年6月 日本輸出入銀行海外投資研究所主任研究員。1994年7月 国税庁課税部所得税課審理室長。 1995年2月24日 国税庁課税部法人税課長。1996年7月12日 国際金融局開発機関課長。
松井 一實(まつい かずみ、1953年〈昭和28年〉1月8日… 松井 一實(まつい かずみ、1953年〈昭和28年〉1月8日 - )は、日本の政治家、厚生労働官僚。広島県広島市長(4期)、全国市長会会長(第31代)。 広島県広島市東区牛田出身。広島市立牛田小学校、広島市立牛田中学校、広島市立基町高等学校、京都大学法学部卒業。1976年、労働省入省。同期に金子順一元厚生労働事務次官、井原勝介元岩国市長など。本省勤務の他、在英国日本国大使館で一等書記官を務めた。同期の金子官房長の部下として官房総括審議官を務めたのち、2008年、中央労働委員会事務局長を最後に退官した。 広島市議会には元々自由民主党系会派が複数(「自由民主党・保守クラブ」「市政改革・地域デザイン・無党派クラブ」「爽志会」)存在し、広島市長選挙への対応をめぐっては各会派の対応が分かれ、保守票が分裂した結果、革新系の秋葉忠利市長に三連敗していた。
高石 和夫(たかいし かずお、1953年1月4日 - 200… 高石 和夫(たかいし かずお、1953年1月4日 - 2008年12月17日)は、日本の警察官僚。元警視庁副総監。 東京都出身。東京大学法学部卒業。1977年警察庁入庁。警察庁のエースとして、入庁後は一貫して公安畑を歩む。1994年から始まったオウム真理教関連捜査では、局長・杉田和博とともに高石が率いた公安第一課が全国の公安警察に教団捜査の徹底などを指導、特別手配容疑者の追跡捜査でも一定の成果を挙げた。チヨダの裏理事官の経験者。入庁同期に植松信一元内閣情報官など。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
松山 健士(まつやま けんじ 1953年 - )は、日本の経… 松山 健士(まつやま けんじ 1953年 - )は、日本の経済企画官僚。元内閣府事務次官。 和歌山県出身。大阪教育大学附属高等学校天王寺校舎を経て、東京大学経済学部を卒業し、1978年に経済企画庁に入る。 1997年に経済企画庁長官官房参事官、2003年に内閣府大臣官房人事課長、2007年に内閣府大臣官房総括審議官、2008年2月から2009年9月に内閣審議官を兼務し消費者行政一元化準備室長として消費者庁創設を担当、2012年1月に内閣府審議官を経て、2013年6月に内閣府大臣官房長となる。 2014年1月に内閣府事務次官に就任し、2016年6月まで務めた。 退官後、日本総合研究所の顧問となる。
大久保 和正(おおくぼ かずまさ、1953年(昭和28年) … 大久保 和正(おおくぼ かずまさ、1953年(昭和28年) - )は日本の経済学者、官僚。専門は財政学、銀行論、国際金融論。武蔵野大学政治経済学部政治経済学科教授。博士(経済学)(京都大学、2009年)。東京都出身。
大谷 泰夫(おおたに やすお、1953年 - )は、日本の厚… 大谷 泰夫(おおたに やすお、1953年 - )は、日本の厚労官僚。 灘高等学校、東京大学法学部卒業。内閣参事官、厚生労働省雇用均等・児童家庭局長、厚生労働省大臣官房長、厚生労働省医政局長、厚生労働審議官、内閣官房参与を歴任。現在は、神奈川県立保健福祉大学理事長。
島田 泰助(しまだ たいすけ、1953年 - )は、日本の農… 島田 泰助(しまだ たいすけ、1953年 - )は、日本の農水官僚。元林野庁長官。神奈川県出身。 1976年、農林省に林学職で入省。主に林野庁で勤務し、1999年国有林野部業務課長。2006年森林整備部長、2008年林野庁次長、2009年林野庁長官。2010年に退任し、農水産業協同組合貯金保険機構理事長。2013年農林水産省に復帰し、分析官。2013年12月辞職する。2025年、瑞宝重光章受章。
金森 俊樹(かなもり としき、1953年 - )は、日本の財… 金森 俊樹(かなもり としき、1953年 - )は、日本の財務官僚。財務総合政策研究所次長や、財務省大臣官房政策評価審議官、大和総研常務理事などを務めた。 兵庫県神戸市生まれ。1972年灘高等学校卒業。1976年一橋大学経済学部卒業。大学には首席で入学し、首席で卒業した。在学時に経済倫理学、経済哲学を専門とする元一橋大学長の塩野谷祐一と経済数学を専門とする二階堂副包に師事。1976年大蔵省入省。外務省研修所で中澤英彦(東京外国語大学名誉教授)よりロシア語を学んだ後、在ソ連日本大使館2等書記官勤務。中澤からは、半年足らずの学習で、少なくとも外大のロシア語専攻の大学院生レベルには達したと言われた。在ロスアンジェルス日本領事館領事を経て、1990年アジア開発銀行理事代理。
寺田 達志(てらだ たつし、1953年 - )は、日本の官僚… 寺田 達志(てらだ たつし、1953年 - )は、日本の官僚。環境省地球環境局長、地球環境審議官、環境省参与を経て、2013年から2016年まで駐ケニア特命全権大使。
玉木 林太郎(たまき りんたろう、1953年(昭和28年) … 玉木 林太郎(たまき りんたろう、1953年(昭和28年) - )は、日本の財務官僚。財務省国際局長、財務官を経て、経済協力開発機構事務次長。東京都出身。父は元防衛施設庁長官の玉木清司。中川昭一は麻布高校の同期。
小松 正之(こまつ まさゆき、1953年 - )は、日本の元… 小松 正之(こまつ まさゆき、1953年 - )は、日本の元官僚。岩手県陸前高田市生まれ。 岩手県立盛岡第一高等学校、東北大学農学部水産学科卒業、イェール大学経営大学院修了(MBA取得)。2004年、博士(農学)(東京大学)取得。在イタリア大使館一等書記官を経て、水産庁漁業交渉官として捕鯨を担当。2000年から資源管理部参事官、2002年8月1日から2005年まで漁場資源課長。元国際捕鯨委員会(IWC)日本代表代理、元国連食糧農業機関(FAO)水産委員会議長、元インド洋マグロ漁業委員会日本代表。2005年4月から水産総合研究センターに理事(開発調査担当)として出向。2007年12月3日水産庁増殖推進部付。
細野 哲弘(ほその てつひろ、1952年12月14日 - )… 細野 哲弘(ほその てつひろ、1952年12月14日 - )は、日本の通産官僚、経営者。株式会社JECC代表取締役社長、中東調査会常任理事。岐阜県出身。過去に、資源エネルギー庁長官、特許庁長官を歴任。