スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
片島 蘭(かたしま らん、1988年 - )は日本の染色家。… 片島 蘭(かたしま らん、1988年 - )は日本の染色家。彼女の染色のワークショップは小中学校の体験学習にもされている。広島市立基町高等学校普通科創造表現コース非常勤講師。広島県出身。 広島市立基町高等学校、広島市立大学大学院芸術学科染織造形研究専攻卒業。 三篠にかつて藍畑があったことを伝える資料館にて展示されていた映像を見た。それをきっかけに昔を知る住民に話を聞いたり、史料を読んだりなどして藍と街の歴史について調べるようになった。2018年からは、「三篠の特色にできないか」という気持ちで自宅アパートの屋上で藍を育てた。そしてその藍の種をくばる活動をはじめた。 2021年からは三篠公民館と住民有志と共に、小中学校等で郷土史を教え、実際に藍を育てて藍染めまで体験を提供する「三篠の藍復活プロジェクト」を始めた。
永田 晃司(ながた こうじ、1981年7月31日 - )は、… 永田 晃司(ながた こうじ、1981年7月31日 - )は、日本の男子プロバスケットボール選手、指導者。ポジションはガード。 広島県出身。広島市立基町高等学校、拓殖大学を経て、2004年に実業団の葵企業に入社。2011年にチーム初の全日本実業団バスケットボール選手権大会ベスト8を経験。 2012年9月、JBLのレバンガ北海道と契約。2シーズン所属した後、2014年6月、bjリーグの埼玉ブロンコスに移籍。チームの中心選手の一人となり、2014-15シーズンbjリーグオールスターゲームに出場。 2015-16シーズンは岩手ビッグブルズに移籍。在籍5シーズン目の2019-20シーズンは選手兼任でヘッドコーチに就任した。
大井 赤亥(おおい あかい、1980年(昭和55年)11月2… 大井 赤亥(おおい あかい、1980年(昭和55年)11月27日 - )は、日本の政治学者。学位は博士(学術)。 1980年、東京都生まれ。母は美術家のいさじ章子。広島市にて育ち、広島市立白島小学校、仁保中学校、基町高等校を卒業。慶応大学を経て、2008年、東京大学法学部第3類(政治学コース)卒。2014年、東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学専攻博士課程単位取得退学。2017年「ハロルド・ラスキの思想世界: 20世紀における政治学と公共的知識人」で東京大学より博士(学術)を取得。 東京大学、法政大学、昭和女子大学などで講師を務める。2020年3月、(旧)立憲民主党の広島2区支部長に就任。2021年10月31日、第49回衆議院議員総選挙で(新)立憲民主党で出馬するも比例復活もならず落選。
2代目桂 鯛蔵(かつら たいぞう、1979年2月10日 - … 2代目桂 鯛蔵(かつら たいぞう、1979年2月10日 - )は、日本の落語家。本名∶丸岡 忠佐。広島県広島市出身。広島市立戸坂中学校、広島市立基町高等学校(第48期生)を経て、専修大学法学部法律学科卒業。 2003年に大学を卒業し、同年6月1日に桂都丸(現:4代目桂塩鯛)に入門。所属事務所は米朝事務所。上方落語協会会員。 2010年8月に師匠都丸の4代目桂塩鯛襲名に伴い、自身も2代目として「桂鯛蔵」と改名。 落語家・講談師のユニット「セブンエイト」のメンバー。 同ユニット主催のイベント「7時だヨ!8人集合」に出演している。 2010年12月、繁昌亭大賞輝き賞を受賞。
寒竹 泉美(かんちく いずみ、1979年 - )は、日本の小… 寒竹 泉美(かんちく いずみ、1979年 - )は、日本の小説家。学位は、博士(医学)(京都大学)。京都造形芸術大学非常勤講師。夫は小説家の村司侑。 広島市立基町高等学校、九州大学理学部化学科卒業。京都大学大学院医学研究科博士課程修了。2009年11月、『月野さんのギター』で作家デビュー。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
岡崎 真(おかざき まこと、1976年5月8日 - )は、広… 岡崎 真(おかざき まこと、1976年5月8日 - )は、広島県出身の男性フィギュアスケート選手で現在はコーチ。兄は岡崎央。広島市立基町高等学校、福岡大学卒。ISUテクニカル・スペシャリスト(国際スケート連盟認定の技術審判員)。
荒木 健太(あらき けんた、1976年1月27日 - )は、… 荒木 健太(あらき けんた、1976年1月27日 - )は、日本の音楽家。山口県長門市出身。 11歳で広島県広島市に転居。MSXユーザーとなり、ゲームプログラマーを将来目指すが、中学生の時にバンドブームで米米CLUBやUNICORN、アンジー等の日本のロックに夢中になる。 1990年、14歳の時、ケラリーノ・サンドロヴィッチ率いる有頂天のニュー・ウェイヴ・サウンドに衝撃を受け、シンセサイザー・テクノミュージックを好むようになり所有しているMSXが発する電子音を演奏するプログラミングを始める。1997年、21歳の時に上京。 2000年春に新宿のレコード店ロス・アプソンでCDR作品を発売。 2003年、高円寺の円盤で初ライブ。
中谷 隆宏(なかたに たかひろ、1974年5月27日 - )… 中谷 隆宏(なかたに たかひろ、1974年5月27日 - )は、日本のフリーアナウンサー、防災士。広島県広島市出身。身長179cm。 広島県広島市出身。広島市立基町高等学校、立命館大学産業社会学部を卒業後、1997年、山口放送にアナウンサーとして入社(同期に福谷貞夫)。 入社以来、夕方の顔としてニュースキャスターを担当し、2011年3月、担当14年目をもって降板(後任は高橋良)。 2000年から、防災番組「阪神淡路大震災 17日は節目の日」を担当 。西日本各地の災害現場リポート、上空からのヘリリポート、阪神・淡路大震災の被災地を巡るリポート等を行う。 2011年3月11日発生の東日本大震災では、宮城県仙台市を中心とした被災地へ。
桑原 しおり(くわばら しおり、1972年1月26日 - )… 桑原 しおり(くわばら しおり、1972年1月26日 - )は、フリーアナウンサー。元中国放送(RCC)アナウンサー。広島県広島市出身。 星座はみずがめ座。血液型B型。身長167cm。広島市立牛田中学校、広島市立基町高等学校を経て広島女学院大学文学部日本文学科を卒業後、1994年に中国放送に入社。夕方の情報番組やバラエティ番組、音楽番組など幅広く出演。 2006年頃にビオラ奏者の平野真敏と結婚。2007年3月末で13年間勤務した中国放送を退職後、住まいを東京に移すも、2008年離婚。『桑原しおりの基町こまち』の中で自ら説明した。2009年4月フリーアナウンサーとして広島で活動再開。
栗栖 健一(くりす けんいち、1972年 - )は、日本の吹… 栗栖 健一(くりす けんいち、1972年 - )は、日本の吹奏楽作曲家・トランペット奏者。航空自衛隊音楽隊員の自衛官。広島県広島市南区宇品出身。 広島市立宇品中学校~広島市立基町高等学校~国立音楽大学卒業後、航空自衛隊の職種の一つである「音楽員」として同隊に入隊する。主にトランペット奏者として活動を続けるが、2006年に初めての作曲作品であるコンサートマーチ『光と風の通り道』が2007年度全日本吹奏楽コンクール課題曲に採用された。作曲家の八木澤教司氏が書いた「トランペット協奏曲」は彼のために書かれた作品である。2022年に幹部自衛官に任官し指揮者に転向した。
松浦 大悟(まつうら だいご、1969年10月3日 - )は… 松浦 大悟(まつうら だいご、1969年10月3日 - )は、日本の政治家、元秋田放送アナウンサー。参議院議員(1期)、民主党・民進党秋田県連代表を務めた。 広島県広島市出身。広島市立基町高等学校、神戸学院大学法学部卒業。大学卒業後の1992年秋田放送にアナウンサーとして入社。2006年12月、同社退社。 2007年7月、第21回参議院議員通常選挙に無所属(民主・社民推薦)で秋田県選挙区から出馬し、初当選。選挙前は当選後の国会における所属について、民主党・社民党・連合・鈴木陽悦参議院議員の意向を聞いた上で所属政党・会派を決定する考えを表明していたが、当選後の8月4日には一転、将来的な民主党入党を見据えた民主党・新緑風会への入会を希望。
飯田 知彦 (いいだ ともひこ、1967年 - )は、日本の… 飯田 知彦 (いいだ ともひこ、1967年 - )は、日本の鳥類学者、生態学者、博士(農学)。一般社団法人日本希少鳥類研究所 所長。
松本 美緒 (まつもと みお、1965年10月12日 - )… 松本 美緒 (まつもと みお、1965年10月12日 - )は、日本の漫画家。広島県広島市出身。 広島市立基町高等学校在学中の1982年、『別冊少女フレンド』(講談社)に掲載の「惜春ストリート」でデビュー。同誌などで活躍の後、『Kiss』(講談社)、『デジール』(秋田書店)などの女性誌で活躍。2002年から2年半、夫の海外赴任先のマレーシア・クアラルンプールに住みながら執筆活動を続けた。「彼女の彼」「Two Hearts」など、センシティブな作風は多くのファンの心をつかんでいる。その他の作品に「ラヴァーズ」「優雅で野蛮な女たち」など。広島女学院大学英文科卒。
楠 雄治(くすのき ゆうじ、1962年11月21日 - )は… 楠 雄治(くすのき ゆうじ、1962年11月21日 - )は、日本の実業家。楽天証券代表取締役社長。一般社団法人日本STO協会副会長。 広島県広島市出身。父は叔父が経営するマツダの下請けの会社の工場でずっと働いていた。母も同じところで働いていた。 広島市立基町高等学校、広島大学文学部卒業後、1986年に日本ディジタルイクイップメントに入社。日本ディジタルイクイップメントではシステムエンジニアとして銀行や生命保険会社、損害保険会社を担当し、主にディーリングシステムの構築を担った。 その後、日本ディジタルイクイップメントを退社し、1994年にシカゴ大学ビジネススクールへ留学。1996年にMBAを取得する。
戸田裕介(とだ ゆうすけ、1962年11月19日 - )は、… 戸田裕介(とだ ゆうすけ、1962年11月19日 - )は、日本の彫刻家、武蔵野美術大学教授。物質性が直接的に現れる作品の多くに、因果律や無常観と、偶発を積極的に表現に取り入れる思想が見られる。 広島県広島市出身。広島市立基町高等学校卒業。武蔵野美術大学彫刻学科卒業。同大学院彫刻専攻修了。日航財団空の日芸術賞受賞。ロイヤル・カレッジ・オブ・アート彫刻専攻PEP修了。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。
三宅 正治(みやけ まさはる、1962年(昭和37年)11月… 三宅 正治(みやけ まさはる、1962年(昭和37年)11月15日 - )は、フジテレビのエグゼクティブアナウンサー。 広島県広島市出身。広島市立二葉中学校、広島市立基町高等学校、早稲田大学商学部卒業。1985年、フジテレビにアナウンサーとして入社。 同期入社は軽部真一、長野智子、松田朋恵、永麻理、小田多恵子。日本テレビの船越雅史は大学の1年後輩にあたる。また福井謙二、山中秀樹、西山喜久恵とは同郷である。 フジテレビを志望した理由は「日本ダービーの実況がしたいから」であった。入社12年目にして達成し(1996年、優勝馬フサイチコンコルド)、以降2004年までは2002年を除いて毎年ダービーの実況を担当した。
久繁 哲之介(ひさしげ てつのすけ、1962年〈昭和37年〉… 久繁 哲之介(ひさしげ てつのすけ、1962年〈昭和37年〉 - )は、日本の地域再生プランナー。日本におけるスローシティの提唱者。 実家は広島駅前で飲食店経営。広島市立基町高等学校を経て1983年早稲田大学教育学部を卒業、日本IBMでマーケティングを担当後、1994年より民間都市開発推進機構に勤務。商工会議所や商店街が主催する商業系の講演を行う。 久繁の妻の実家は広島駅前にあった「甘党たむら」(1948年開業、再開発のため2008年12月31日閉店)。売れ筋は一つ70円の二重焼きで、これを2つ注文すれば店内で日本茶付きで店内で飲食できるシステムであった。久繁は駅前の一等地なのだから、安定的に商売を続けるなら価格は3倍にすべきと義母に提案したが、140円セットのもてなしに感激した客は、知人を連れて来店し別な商品を飲食し長期的な顧客になってくれるのとそれが口コミになって新規顧客につながっているからと、義母は提案は拒否した。
三部 敏宏(みべ としひろ、1961年〈昭和36年〉7月1日… 三部 敏宏(みべ としひろ、1961年〈昭和36年〉7月1日 - )は、日本の技術者・実業家。本田技研工業株式会社取締役代表執行役社長兼CEO、日本自動車工業会副会長。大阪府豊中市出身。 大阪府豊中市出身。親の転勤に伴い、中学時代から広島市で過ごす。1980年広島市立基町高等学校を卒業後、広島大学工学部第一類(機械系)に入学。同大学院工学研究科(内燃機関学研究室)に進み、移動現象工学を専攻。1987年本田技研工業株式会社に就職。自動車エンジンを軸とした多様な研究開発に携わる。入社18年目頃から、エンジン関連部門のマネージメントにシフト。2019年4月に本田技術研究所社長に就任。本田技研工業株式会社専務取締役を経て、2021年4月より同社代表取締役社長を務める。
小田 直樹(おだ なおき、1961年〈昭和36年〉 - )は… 小田 直樹(おだ なおき、1961年〈昭和36年〉 - )は、日本の法学者。追手門学院大学法学部教授。京都大学法学修士。専攻は刑法。 1961年、広島県広島市に生まれた。1980年、広島市立基町高等学校卒業。1984年、京都大学法学部卒業。1987年、京都大学大学院法学研究科博士後期課程民刑事法専攻中退。 1987年から1989年、広島大学法学部助手。1989年から2001年、広島大学法学部助教授。2001年4月から2004年3月、広島大学大学院社会科学研究科教授。2004年4月から2009年3月、広島大学大学院法務研究科教授。 2009年4月から2023年3月、神戸大学大学院法学研究科教授。2023年4月、追手門学院大学法学部教授。
浜田 博文(はまだ ひろふみ、1961年 - )は、日本の教… 浜田 博文(はまだ ひろふみ、1961年 - )は、日本の教育学者。博士(教育学)筑波大学。専門研究領域は学校経営学。 山口県下関市生まれ。広島市立牛田小学校、牛田中学校、広島基町高等学校卒業。1984年、筑波大学第二学群人間学類卒業。1989年、同大学院博士課程教育学研究科単位取得退学。日本学術振興会特別研究員、鳴門教育大学、東京学芸大学講師・助教授を経て1998年筑波大学講師。2002年助教授。 1996年3月~1996年9月、アメリカ合衆国バリー大学客員研究員。2005年3月~2006年3月、アメリカ合衆国南カリフォルニア大学客員研究員。2007年2月、博士(教育学)取得。2008年7月筑波大学大学院人間総合科学研究科教育基礎学専攻教授。
朽木 祥(くつき しょう、英: Shaw Kuzki, 19… 朽木 祥(くつき しょう、英: Shaw Kuzki, 1957年 - )は、日本の児童文学作家。 広島県広島市生まれ。鎌倉市在住。被爆2世。広島市立基町高等学校卒業、上智大学大学院博士前期課程修了。 デビュー作『かはたれ』(福音館書店)で4つの賞を受賞したのを初めとして数々の賞を受ける。作品はファンタジー、リアリズム、ヒロシマ関連など多岐にわたる上、幼年からヤングアダルト、成年向けと作品の対象年齢も広い。豊かな教養に裏打ちされた文章の品格の高さとユーモア、ストーリーテラーとしての巧みさもさることながら、「共感共苦」をテーマにした文学性の深さには定評がある。神宮輝夫は『風の靴』収録の解説「『風の靴』の楽しさ」で、作品の的確なディテールと物語の推進力に言及し、「子どもの文学の新しい流れを予感させます」と述べている。
仙田 信吾(せんだ しんご、1955年3月17日 - )は、… 仙田 信吾(せんだ しんご、1955年3月17日 - )は、日本のジャーナリスト、実業家。 広島県府中市上下町出身。広島市立基町高等学校を経て、1978年に中央大学法学部卒業後、中国放送に入社。報道に携わった後、営業部門に転じ財界とのつながりを持つようになる。2003年東京支社長。2005年執行役員東京支社長。2006年執行役員テレビ局長。2007年取締役テレビ局長。2009年取締役テレビ営業局長。2011年常務取締役。2017年常勤顧問、RCCフロンティア代表取締役社長。2019年RCCフロンティア取締役会長。 2020年1月1日からサンフレッチェ広島代表取締役社長を務める。新型コロナウイルス蔓延期に新規売上1億円増を達成し、2024年にはエディオンピースウイング広島完成にこぎつけた。
松井 一實(まつい かずみ、1953年〈昭和28年〉1月8日… 松井 一實(まつい かずみ、1953年〈昭和28年〉1月8日 - )は、日本の政治家、厚生労働官僚。広島県広島市長(4期)、全国市長会会長(第31代)。 広島県広島市東区牛田出身。広島市立牛田小学校、広島市立牛田中学校、広島市立基町高等学校、京都大学法学部卒業。1976年、労働省入省。同期に金子順一元厚生労働事務次官、井原勝介元岩国市長など。本省勤務の他、在英国日本国大使館で一等書記官を務めた。同期の金子官房長の部下として官房総括審議官を務めたのち、2008年、中央労働委員会事務局長を最後に退官した。 広島市議会には元々自由民主党系会派が複数(「自由民主党・保守クラブ」「市政改革・地域デザイン・無党派クラブ」「爽志会」)存在し、広島市長選挙への対応をめぐっては各会派の対応が分かれ、保守票が分裂した結果、革新系の秋葉忠利市長に三連敗していた。
大田 晋(おおた しん、1947年 - )は、日本の元厚生官… 大田 晋(おおた しん、1947年 - )は、日本の元厚生官僚、広島市元助役、川崎医療福祉大学元教授である。広島県出身。 広島県広島基町高等学校(現・広島市立基町高等学校)を経て、1971年に東京大学法学部を卒業し、厚生省に入省。1973年から2年間、フランスのリヨン大学大学院に留学した。 1980年から3年間、広島市に出向した。1994年9月、環境庁大気保全局企画課長。1996年に広島市助役に就任した。 1999年、自由民主党推薦で広島市長選に出馬したが、落選。2003年にも自民党推薦で出馬したが、秋葉忠利に破れ落選。 1999年10月に川崎医療福祉大学教授に就任。2015年3月末で同大を退職。
坂本 敏夫(さかもと としお、1947年 - )は、日本のノ… 坂本 敏夫(さかもと としお、1947年 - )は、日本のノンフィクション作家、元刑務官(最終階級:矯正副長)。 熊本県生まれ。広島県広島基町高等学校(現・広島市立基町高等学校)卒業。法政大学法学部中退。坂本の父と祖父も刑務官で、刑務所や拘置所の近くにある官舎で育ち、自らも19歳で刑務官になった。元々は教師志望だったが、父の死去により家計を支えるために大学を中退して刑務官となった。 1967年1月、大阪刑務所の看守を最初に神戸刑務所・大阪刑務所係長を務めた。その後、法務本省事務官、東京矯正管区専門官、長野刑務所・東京拘置所・甲府刑務所・黒羽刑務所で課長を務める。1994年3月、広島拘置所総務部長を最後に退職した。
勢古 浩爾(せこ こうじ、1947年 - )は、日本の評論家… 勢古 浩爾(せこ こうじ、1947年 - )は、日本の評論家、エッセイスト。 1947年大分県生まれ。明治大学政治経済学部卒、明治大学大学院政治学修士課程修了。橋川文三に師事。大学院修了後、洋書輸入会社に勤務。「石原吉郎論」で開高健賞候補。その後文筆活動に入り、『まれに見るバカ』がベストセラーとなる。1988年、第7回毎日21世紀賞受賞。2006年退社し文筆に専念。新書による人生論が多かったが、2009年本格評論『大和よ武蔵よ』を刊行。
泉 政伸(いずみ まさのぶ、1944年4月8日 - )は、広… 泉 政伸(いずみ まさのぶ、1944年4月8日 - )は、広島県出身の元サッカー選手、サッカー指導者。 ボールコントロールに優れ、技術、戦術眼に優れたゲームメーカー。トヨタ自動車工業の中心選手として1972年の日本サッカーリーグ2部、初代アシスト王となり2部優勝、翌1973年の1部昇格に貢献した。明治大学時代の1965年に日本代表入りし、同年3月25日のシンガポール代表戦で代表デビューを飾り、国際Aマッチ1試合に出場した。しかし日本リーグに加盟していなかったトヨタに進んだため、その後は代表には定着できなかった。 引退後は指導者の道へ進み、1987年に古巣のトヨタ自動車の監督を務めた。 日本サッカーリーグ1部成績
那須 正幹(なす まさもと、1942年〈昭和17年〉6月6日… 那須 正幹(なす まさもと、1942年〈昭和17年〉6月6日 - 2021年〈令和3年〉7月22日)は、日本の児童文学作家、小説家。代表作は「ズッコケ三人組」シリーズ(1978年 - 2004年)。 広島県広島市己斐(現・西区己斐本町)出身。1978年から晩年まで、山口県防府市に在住していた。 1945年8月6日、広島市庚午北町(現・西区)の自宅で母親の背中におぶさって被爆。4歳の頃、近所に住んでいた画家・新延輝雄の家に遊びに行き、「インテリぼうや」という渾名を貰ったことがある。 1949年、広島市立己斐小学校入学。クラスの3分の1は被爆して親のない子もいた。中学2年生の時に、一年で同じクラスだった女生徒が原爆被爆による白血病を発症し、死亡した。
平野 博昭(ひらの ひろあき、1942年(昭和17年)1月3… 平野 博昭(ひらの ひろあき、1942年(昭和17年)1月30日 - )は、日本の政治家(第70代広島市議会議長、自由民主党新政クラブ)。 広島県広島市西区南観音で生まれる。平野家は観音の地を干拓しながら農業を営んでいた。南観音小学校、観音中学校、基町高校を経て1965年、立教大学法学部卒業。 衆議院議員砂原格の秘書となる。また衆議院議員萩原幸雄の秘書となる。1983年、広島市議会議員に初当選。1999年、第70代広島市議会議長に就任、4年間務めた。2014年、電子書籍『地方自治体・為政者の功罪 〜広島市の過去・現在・未来』を出版。2015年に引退。8期32年間広島市議会議員をつとめた。 2020年4月、自民党の河井案里参院議員の陣営による公選法違反事件で広島地検が、平野の自宅や事務所も家宅捜索した。
佐伯 博司(さえき ひろし、1936年5月26日 - 201… 佐伯 博司(さえき ひろし、1936年5月26日 - 2010年)は広島県出身の元サッカー選手。フォワード(FW) 広島基町高等学校、八幡製鉄などに所属。1964年、1965年アジアユース代表。日本代表として1962年ワールドカップチリ大会予選の初戦、対韓国戦で杉山隆一とツートップを組んだ他、国際Aマッチ4試合に出場した。
渡辺 正(わたなべ まさし、1936年1月11日 - 199… 渡辺 正(わたなべ まさし、1936年1月11日 - 1995年12月7日)は、広島県広島市大手町(現・中区)出身の元サッカー選手(FW)・コーチ・監督。サッカー日本代表選手として出場したメキシコオリンピックでは、この大会から初めて怪我などの理由を伴わない選手交代が認められた為、スーパーサブ役を担い、銅メダル獲得に貢献。 実家は爆心地にあった日蓮宗本経寺で、原爆で寺に残った父を失うが、自身は集団疎開で難を逃れた。終戦後は原爆で焼け野原になった町で、壊れた墓石運びの手伝いをさせられ、これが足腰の鍛錬になった。広島市立千田小学校・広島市立国泰寺中学校を経て、崇徳高校へ進学したが、同校にサッカー部が無かったため、1年の2学期に編入試験を受けて基町高校へ転入学。
川本 徳三(かわもと とくぞう、1934年10月24日 - … 川本 徳三(かわもと とくぞう、1934年10月24日 - )は、広島県広島市出身の元プロ野球選手(投手)。 基町高校では1951年、2年生エースとして広島県大会でチーム初のベスト4まで進出した。この年に広島カープ後援会が川本に目を付け、左投手不足のチーム事情もあって、広島に入団させるため勧誘した。高校2年生と言うこともあって何度も入団を拒否していたが、3年次の1952年には自宅近くで電器店を営む後援会役員に石本秀一監督の所へ連れて行かれた。尾道西高グラウンドの紅白戦に呼ばれ、前年の県大会で投げ合い、すでに広島へ入団していた大田垣喜夫の投げている姿を見た。石本から「入ってやってみんか」と言われ、開幕6日前の1952年3月15日、ついに入団を決意した。
松坂 修二(まつさか しゅうじ)は、日本の化学工学者。京都大… 松坂 修二(まつさか しゅうじ)は、日本の化学工学者。京都大学大学院工学研究科化学工学専攻化学システム工学講座教授。 広島市立基町高等学校を経て、1981年広島大学工学部第三類生物化学工学課程卒業。1983年広島大学大学院工学研究科博士課程(前期)移動現象工学専攻修了、工学修士、東レエンジニアリング入社。1987年動力炉・核燃料開発事業団派遣。1989年京都大学工学部助手。1993年京都大学博士(工学)。1996年京都大学大学院工学研究科講師。1997年京都大学大学院工学研究科助教授。1999年サリー大学客員教授。2004年広島大学客員助教授。2007年京都大学大学院工学研究科准教授。2008年華南理工大学客員教授。
河合 みのる は、日本の男性声優。広島県出身。フリー。
丸田 智子(まるた ともこ)は、日本の映像バイヤー。国際メデ… 丸田 智子(まるた ともこ)は、日本の映像バイヤー。国際メディア・コーポレーション(MICO)映像事業部専任副部長。『冬のソナタ』を買い付けた韓流ブームの仕掛け人。広島県広島市出身。 広島大学教育学部を卒業。英国の放送局、通信社などでのアルバイトをするうち映像関連、また世界を飛び回れる仕事が出来たら、との意を強くした。現在の会社に自ら手紙を書いて売り込み帰国後1991年、国際メディアコーポレーション(MICO)に入社。 1994年からNHKの番組を海外に販売する部門に配属され『おしん』などをアジア各地で売った。2002年4月、それまでとは一転、アジア各国の番組を買い付けする現在の映像事業部に異動。
高山 博子 は、洋画家。女性。2024年現在、広島日印協会副… 高山 博子 は、洋画家。女性。2024年現在、広島日印協会副会長、日本美術家連盟会員、インド・タゴール国際大学の客員教授。広島キワニスクラブ会員、光風会会員、日展会友。