平澤 光秀(ひらさわ みつひで、1982年3月27日 - )… 平澤 光秀(ひらさわ みつひで、1982年3月27日 - )は、日本の元男性プロレスラー、元アマチュアレスリング選手。北海道札幌市出身。血液型A型。 プロレスラーとしては複数のギミックを演じており、名乗ったリングネームは若手時代の本名に始まり、狂人風ギミックのヒデオ・サイトー、ヒーロー風ギミックのキャプテン・ニュージャパン、英雄から悪堕ちしたBONE SOLDIER(ボーンソルジャー)のギミックで活動した。現在は札幌レスリングクラブで後進の指導を行なっている。 全国少年レスリング連盟育成委員長を務める平澤光志を父親に持ちその父親が営むクラブで3歳からレスリングを始めたとされる。高校は霞ヶ浦高等学校、大学は専修大学とレスリングの名門校を渡り歩いており、専修大学時代には馳浩の指導も受けていた。
田南部 力(たなべ ちから、1975年4月20日 - )は、… 田南部 力(たなべ ちから、1975年4月20日 - )は、日本のアマチュアレスリング選手(フリースタイル)。北海道岩内郡岩内町出身。北海道岩見沢農業高等学校、日本体育大学体育学部卒業。警視庁警部補。賞歴にアテネオリンピックフリースタイル55キロ級銅メダル。警察功労章受章。娘もレスリング選手の田南部夢叶。
加藤 喜代美(かとう きよみ、男性、1948年3月8日 - … 加藤 喜代美(かとう きよみ、男性、1948年3月8日 - )は、アマチュアレスリング選手。1972年ミュンヘンオリンピックレスリングフリースタイル・52キロ級(旧フライ級)金メダリスト。北海道旭川市出身。最終学歴は専修大学卒業。4年次に専修大学レスリング部主将。3学年下の1年次に長州力がいた。身長150cm代と小柄だったため、飛び上がってまで長州らを引っぱたいて折檻することもあった(長州談)という。そこから長州ら専修大学レスリング部は4年連続大学日本一になっている。これまでに10人の五輪オリンピアンを輩出。 北海道旭川商業高等学校から専修大学を経て、三信電気に入社。全日本選手権で1968~71年と4連覇を達成したが、1971年の世界選手権では6位。
中田 茂男(なかた しげお、1945年10月16日 - )は… 中田 茂男(なかた しげお、1945年10月16日 - )は、日本のアマチュアレスリング選手、元陸上自衛官。 メキシコオリンピックレスリングフリースタイル・フライ級金メダリスト。
吉田 義勝(よしだ よしかつ、1941年10月30日 - )… 吉田 義勝(よしだ よしかつ、1941年10月30日 - )は、日本の元アマチュアレスリング選手。実業家。1964年東京オリンピックレスリングフリースタイル・フライ級金メダリスト。 北海道旭川市出身。北海道旭川商業高等学校定時制課程でアマチュアレスリングを始め、日本大学に進学。1964年、大学4年の時に全日本選手権で優勝したことで八田一朗(当時の日本レスリング協会会長)の指名で東京オリンピック代表に選出される。代表選出後は当時世界最強と言われ、日本選手が勝てなかった強敵のアリ・アリエフ(ロシア語版)(ソ連)打倒のために、当時のフライ級第一人者だった今泉雄策と徹底的にスパーリングを行ったという。 本番のオリンピックではアリエフ(ソ連)と5回戦で戦い、素早い動きでアリエフを封じ、アリエフが対戦相手を引き寄せる際に踵に体重が乗る癖を見抜いて終了間際にアリエフのバックを取ってポイントを奪い、1-0で勝利。
渡辺 長武(わたなべ おさむ、1940年10月21日 - 2… 渡辺 長武(わたなべ おさむ、1940年10月21日 - 2022年10月1日)は、日本のレスリング選手。1964年東京オリンピックレスリングフリースタイルフェザー級金メダリスト。北海道上川郡和寒町出身。「アニマル」の異名を持つ。 日本レスリング史上最強と言われる選手のひとり。 石材商の家に生まれ育ち、幼少時には石の積み卸しの手伝いをしたという。父は草相撲の力士も務め、渡辺の名前を「武運長久」から命名したが、渡辺の幼少時に過労からリウマチを発症して病床に伏した。その後は母が豆腐店を始め、豆を石臼で挽くことが渡辺の日課となった。これで腕力が鍛えられたという。 力士に憧れがあったが体格が小さかったため、体重制のレスリングに着目して北海道士別高等学校時代に取り組み始める。
池田 三男(いけだ みつお、1935年(昭和10年)10月1… 池田 三男(いけだ みつお、1935年(昭和10年)10月14日 - 2002年(平成14年)9月12日)は、日本の北海道留萌支庁増毛郡増毛町出身のレスリング選手。メルボルンオリンピック金メダリスト。 北海道増毛高等学校-中央大学を通じてプロ野球に進んだ桂本和夫とともに全国優勝を経験、増毛高-中大のラインは松江喜久弥の時代から始まり、中大黄金時代の屋台骨となった。 2002年9月12日、67歳で死去した。 中央大学4年の時にメルボルンオリンピックで優勝、エースの桂本は5位入賞となった。中大卒業後の世界選手権でも入賞、桂本は銅メダルを取った。二人は幼なじみで良きライバルとして互いに強く意識していた。
桂本 和夫(かつらもと かずお、 1934年(昭和9年)9月… 桂本 和夫(かつらもと かずお、 1934年(昭和9年)9月5日 - 没年不明)は、北海道増毛町出身のアマチュアレスリング選手およびプロ野球選手。メルボルンオリンピック5位入賞。 北海道留萌支庁増毛郡増毛町に生まれる。 北海道増毛高等学校ではレスリングで活躍しながら、野球部でもエースを務める二足の草鞋を履いた。中央大学へ進学するとレスリング専念し、選手として力を付けた。増毛高-中央大のラインは松江喜久弥の時代から始まり、中大レスリング部黄金時代の屋台骨となり、メルボルンオリンピック金メダリストの池田三男やメルボルン・ローマ両オリンピック4位入賞の浅井正、そして佐藤義らとともに高校時代に全国優勝を経験した。