小寺 寿臣(こでら としおみ 1980年7月- )スペシャル… 小寺 寿臣(こでら としおみ 1980年7月- )スペシャルオリンピックス日本・北海道(略称:SON北海道)の事務局長。北海道京極町出身。道都大学に入学後、様々なボランティア活動に参加。2000年、友人に誘われ知的発達に障害のある人たちに社会参加と自立を目指し、スポーツのトレーニング活動を行うスペシャルオリンピックスの活動にボランティアとして参加。2008年より、北海道におけるスペシャルオリンピックスの活動普及を担う、スペシャルオリンピックス日本・北海道の事務局長の役職を務める。本職は、教員。
肘井 学(ひじい がく - 1980年2月14日 - )は、… 肘井 学(ひじい がく - 1980年2月14日 - )は、日本の予備校講師。北海道出身。北海道札幌旭丘高等学校 (現:市立札幌旭丘高等学校)卒。代々木ゼミナール札幌校で一浪後、慶應義塾大学文学部に合格し入学。慶應義塾大学文学部英米文学専攻卒。関東・東海地方の複数の予備校(秀英予備校等)を経て、スタディサプリ英語講師。週刊英和新聞「朝日ウィークリー(Asahi Weekly)」にてコラムを連載している。TOEIC Listening & Reading Test985点、実用英語技能検定1級。
小野 真澄(おの ますみ、1975年12月5日 - )は、日… 小野 真澄(おの ますみ、1975年12月5日 - )は、日本の陸上競技元選手で、指導者・中学校教員。専門は棒高跳。 元棒高跳び日本記録保持者。1998年アジア競技大会銀メダリスト、2002年アジア競技大会銀メダリスト、2003年世界陸上選手権日本代表。 北海道北斗市(旧亀田郡大野町)出身 。北海道札幌手稲高等学校を経て北海道教育大学に進み、教育学部(札幌校)卒業、同大学院修士課程修了。CFAを経てミキハウスに所属した。 1998年、棒高跳びで3m92の日本新記録を樹立。日本選手権では3m90の大会新記録を樹立して初優勝。バンコクアジア大会代表に選出された。その後の競技会で日本記録を3m95まで伸ばして臨んだアジア大会では、日本人として初めて4mの壁を突破し、銀メダルを獲得した。
布施 美樹(ふせ よしき、1974年5月8日 - )は、北海… 布施 美樹(ふせ よしき、1974年5月8日 - )は、北海道出身の高校教諭、右前腕が大きく欠損しているアマチュア相撲選手。 北海道檜山郡上ノ国町出身。生まれは青森県つがる市(旧木造町)。8歳の時に農作業用カッターに右腕を巻き込まれ、肘から下を切断。怪我のあと、母親の勧めで書道と珠算を、父の勧めで柔道を習い始め、中学を卒業するまでに珠算二級、柔道初段、書道弐段を取得。高校・大学では相撲部に所属。相撲は五段。北海道大野農業高等学校、拓殖大学政経学部政治学科を卒業。大学時代に当時の柔道部監督を務めていた岩釣兼生の勧めで柔道は二段を取得している。 高校時代は北海道大会で2年連続個人優勝、3年次にインターハイにてベスト8入りを果たす。
柏倉 早智子(かしくら さちこ、1971年 - )は、日本の… 柏倉 早智子(かしくら さちこ、1971年 - )は、日本の高等学校教員、チアリーディング指導者、元チアリーダー。 北海道帯広市出身、上川郡剣淵町在住。大妻女子大学卒業。弟はTBSアナウンサーの安住紳一郎。女優の原千晶は従妹、元フリーアナウンサー、タレントの西島まどかは義妹にあたる。既婚。 1989年に北海道帯広柏葉高等学校を卒業後、大妻女子大学家政学部に入学し、チアリーディング部で活動。大学卒業後は帰郷し、地方公務員として北海道の公立学校の高等学校教員となり、1995年に北海道興部高等学校、1999年に北海道剣淵高等学校へ赴任し現在に至る。同校のチアリーディング部顧問も務める。小学校教員と結婚している。
志田 晶(しだ あきら、1970年1月22日 - )は、日本… 志田 晶(しだ あきら、1970年1月22日 - )は、日本の予備校講師、数学者。東進ハイスクール・東進衛星予備校数学科講師。北海道釧路市出身。名古屋大学理学部数学科(現・数理学科)卒業、名古屋大学院理学研究科(現・多元数理科学研究科)数学専攻博士後期課程満了。専攻は可換環論。
桜井 通開(さくらい みちはる、1969年3月 - )は、日… 桜井 通開(さくらい みちはる、1969年3月 - )は、日本のライター、エンジニア、元予備校講師。 北海道生まれ。1987年3月、北海道旭川東高等学校卒業。高校卒業後に上京。御茶ノ水の駿台に通う浪人生活を1年間過ごす。秋山仁・長岡亮介(数学)、伊藤和夫(英語)、坂間勇・山本義隆(物理)らの授業を受けた。1988年4月に東京大学に進学。大学在学中より、音楽・映画などのライター、ミニコミの編集などを始める。桜井が編集・発行人を務めたミニコミ『shortcut』が評判を呼んだ。 『FOOL'S MATE』の編集長であった羽積秀明の講演を聞いて感激し手紙を送ったことがきっかけとなり、1989年より同誌に原稿を執筆するようになる。
武隈 徳三郎(たけくま とくさぶろう、1896年〈明治29年… 武隈 徳三郎(たけくま とくさぶろう、1896年〈明治29年〉8月3日 - 1951年〈昭和26年〉11月28日)はアイヌ出身の教員、鉄道員。後に縁戚の養子縁組を繰り返し、中村 徳三郎、宮島 徳三郎となる。『アイヌ物語』の著者として知られる。 1896年8月3日、武隈熊次郎・カツの子供として十勝国河西郡伏古村(現・帯広市)に生まれる。1910年に北海道庁立第二伏古尋常小学校を卒業後、校長の三野経太郎に嘱望されたことにより教員を志し、帯広准教員講習所で準教員、尋常小学校本科正教員養成常設講習会で尋常小学校本科正教員の資格を得る。 1913年に高島尋常小学校の准訓導、1914年に音更尋常小学校の訓導兼校長、1916年に井目戸旧土人学校(後の井目戸尋常小学校)の訓導兼校長となる。