スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
丸山 奏子(まるやま かなこ、1993年8月17日 - )は… 丸山 奏子(まるやま かなこ、1993年8月17日 - )は、競技麻雀のプロ雀士。最高位戦日本プロ麻雀協会所属。元Mリーグ・赤坂ドリブンズ所属。北海道旭川市出身。愛称は「まるこ」。 北海道旭川市生まれ。保育園入園まで富良野市に住んでいたが、両親の仕事の関係で母親と旭川市に戻る。 北海道旭川東高等学校、青山学院女子短期大学子ども学科を卒業。短大進学のために上京後、雀荘でのアルバイトをきっかけに競技麻雀に興味を持つ。不動産会社に就職後の2018年、最高位戦日本プロ麻雀協会に入会。勤務先の理解があり、プロ入会後も勤務を続けた。 雀歴6年、プロ入り2年目の2019年7月、Mリーグドラフトで、男女混合義務化により女性獲得が必須であった赤坂ドリブンズから指名され、Mリーガーになった。
伊藤 晋平(いとう しんぺい、1988年6月9日 - )は、… 伊藤 晋平(いとう しんぺい、1988年6月9日 - )は、元東北放送のアナウンサー。 北海道名寄市出身。既婚。子供が一人。 北海道旭川東高等学校、慶應義塾大学卒業。学生時代は放送研究会に所属し、後輩の菅生翔平は1期下にあたる。 2011年に東北放送入社。同期入社は粟津ちひろ・菊地舞美(退社)。入社後は主にスポーツ中継を担当している。 趣味はスポーツ観戦、歌詞カードを読むこと。 2022年9月10日の『あつらじ』で東北放送を退社することを発表した。番組のエンディングでは「三歳の頃から憧れていた職業、やりきった」とも発言した。同年10月末退社。
丸田 恭介(まるた きょうすけ、1986年5月20日 - )… 丸田 恭介(まるた きょうすけ、1986年5月20日 - )は、日本中央競馬会 (JRA) ・美浦トレーニングセンターの宗像義忠厩舎に所属する騎手。騎手免許は平地競走、障害競走両方の免許を所持しているが、障害競走の騎乗経験はない。特技はサッカー。座右の銘は「誠心誠意」。愛称は「マルキョー」。
二木 健太(にき けんた、1984年8月11日 - )は、日… 二木 健太(にき けんた、1984年8月11日 - )は、日本の元男子バレーボール選手。 北海道上川郡美瑛町出身。北海道旭川東高等学校に入学し、中学で行っていたバドミントンを辞めバレーを始める。始めたきっかけは、彼の両親と高校の部活の顧問が仲良しであったためである。 高校3年生の時には、春高バレー北北海道大会ベスト4に進出。全日本ジュニアにも招集されている。身長200cmから繰り出されるブロックと高いクイックが持ち味である。2007年ユニバーシアードに出場した。 早稲田大学を経てVプレミアリーグのサントリーサンバーズに入団した。2013年に引退した。
朝妻 久実(あさづま くみ、1983年12月18日 - )は… 朝妻 久実(あさづま くみ、1983年12月18日 - )は、フリーアナウンサー。全日本応援協会AJO 代表理事、出勤途中のビジネスマンを勝手に応援する応援するチアリーダー「全日本女子チア部☆AJO」の代表を務める。旭川観光大使、港区観光大使。北海道名寄市生まれ、旭川市育ち。 北海道名寄市生まれ、旭川市育ち。中学生時生徒会主催イベントでインタビュアーを務めた際、担任から勧めをキッカケにアナウンサーを目指す。 旭川市立東明中学校、北海道旭川東高等学校を卒業後、2002年4月に大学入学を機に上京。大学時代からチアリーディング部に所属。2006年3月、卒業後、コミュニティラジオ局でDJやリポーターを務めながらのアルバイト生活を送り、同時に株式会社フリーアナウンサー・クラブのアナウンススクールへ通う。
山田 亮太(やまだ りょうた、1982年 - )は、日本の詩… 山田 亮太(やまだ りょうた、1982年 - )は、日本の詩人。 2006年よりヴァーバル・アート・ユニット「TOLTA」でも活動する。 北海道旭川市に生まれ、小学校4年より父の故郷である鷹栖町に育つ。鷹栖中学校、北海道旭川東高等学校から東京都立大学に進学。会社員のかたわら詩作を行う。詩集に『ジャイアントフィールド』『オバマ・グーグル』(ともに思潮社)。2017年、『オバマ・グーグル』で第50回小熊秀雄賞受賞。 TOLTAでの主な制作物・イベントに「トルタバトン ひらくと飛ぶ本をつくる」(2011年~2012年)、「トルタロボトーク」(2014年)、「まえばしポートレート」(2015年、アーツ前橋)、『現代詩100周年』(2015年)など。
木原 直哉(きはら なおや、1981年7月23日 - )は、… 木原 直哉(きはら なおや、1981年7月23日 - )は、日本のプロポーカープレイヤー。北海道名寄市出身。 北海道名寄市生まれ。北海道旭川東高等学校を卒業後、東京大学理科一類に入学。東京大学在学中には将棋部に所属しつつ、バックギャモンのプレーヤーとしても活動。大学には通算10年在学し、2011年3月に東京大学理学部地球惑星物理学科を卒業。その後プロのポーカー選手となり、同年の「世界ポーカー選手権大会」に初参戦。メインイベントで入賞し、賞金$19,359を獲得。 2012年の「第42回世界ポーカー選手権大会 (2012 World Series of Poker)」において、6月18日から20日にかけて行なわれたトーナメントナンバー34、「ポット・リミット・オマハ・シックス・ハンデッド」に参加し、日本人選手としては初めて世界選手権での優勝を果たした。
沢田石 和樹(さわだいし かずき、1976年5月31日 - … 沢田石 和樹(さわだいし かずき、1976年5月31日 - )は、NHKのチーフアナウンサー。 北海道旭川東高等学校を経て早稲田大学卒業後、2001年入局。 大相撲アナウンサーとしてのキャリアも積んでおり、2014年5月場所では初めて幕内実況を担当した。 2021年7月に沖縄放送局に異動となり、大相撲の実況は、2021年名古屋場所が最後となった。その後、細田史雄の後任として、2023年7月よりアナウンスグループ統括(副部長)を2年間務めた。 2025年12月13日、出張先の群馬県前橋市内の交差点で横断歩道を渡っていた際に、左折してきた乗用車にはねられ、右足を骨折するなどの重傷を負った。 この項目は、アナウンサーに関連した書きかけの項目です。
佐藤 友美(さとう ゆみ、1976年2月25日 - )は、北… 佐藤 友美(さとう ゆみ、1976年2月25日 - )は、北海道知床半島生まれの、フリーライター、書籍ライター、ヘアライター、ヘアアドバイザー、美容ライター、エッセイスト、コラムニスト、編集者。愛称は「さとゆみ」。テレビ制作会社勤務を経て2001年に文筆業に転向。インタビューライティングを得意とし、独自の切り口でエッセイやコラム連載を持つ。自著本では物書き本や1人の生涯を徹底取材した評伝本、ヘアスタイルに関する本などを出版している。2014年からは書籍ライターとして、ビジネス書、実用書、教育書等 年8冊程度(60冊以上)を執筆。Webメディア「CORECOLOR〜コレカラ」を主宰し、100名を超える自身のライティング講座出身者と共に運営している。
中家 菜津子(なかいえ なつこ、1975年- )は、日本の歌… 中家 菜津子(なかいえ なつこ、1975年- )は、日本の歌人、詩人。歌誌「未来」会員。 短歌と詩を組み合わせた作風、以前は短歌と詩とで筆名を分け、夏嶋真子を使っていた。加藤治郎が指導する「未来」の選歌欄「彗星集」に柳澤美晴、野口あや子、佐藤羽美、天道なお、杉森多佳子、小坂井大輔、戸田響子らと参加していた。2016年には、杉森多佳子らとニューアトランティスopera欄への投稿となっている。2013年に、佐藤真夏が企画している詩誌「あるところに」に寄稿している。2014年には亜久津歩、草間小鳥子、黒崎立体とともに「詩」+αのフリーペーパー『CMYK』を創刊した。野村喜和夫が主宰する「喜和堂」にも寄稿している。
中原 淳(なかはら じゅん、1975年 - )は、立教大学経… 中原 淳(なかはら じゅん、1975年 - )は、立教大学経営学部教授。 「大人の学びを科学する」をテーマに、企業における人材開発・組織開発について研究している。
相木 孝仁(あいき たかひと、1972年1月30日 - )は… 相木 孝仁(あいき たかひと、1972年1月30日 - )は、日本の実業家。 フュージョン・コミュニケーションズ社長、コボ最高経営責任者、楽天ヨーロッパ最高経営責任者、鎌倉新書社長、インクリメント・ピー社長等を経て、ベイシア社長。 北海道・旭川市出身。北海道旭川東高等学校を経て、1994年明治大学政治経済学部卒業(体育会硬式テニス部主将)、NTT入社。1999年コーネル大学ジョンソン経営大学院を卒業し、MBA(経営学修士)の学位を取得。同年ベイン・アンド・カンパニー・ジャパン・インコーポレイテッド入社。 2002年カルチュア・コンビニエンス・クラブに入社し、ツタヤオンラインを担当したのち、2004年ベイン・アンド・カンパニー・ジャパン・インコーポレイテッド入社。
藤本 壮介(ふじもと そうすけ、1971年〈昭和46年〉8月… 藤本 壮介(ふじもと そうすけ、1971年〈昭和46年〉8月4日 - )は、日本の建築家。藤本壮介建築設計事務所主宰。日本建築大賞、JIA新人賞など多数受賞。 北海道上川郡東神楽町に生まれる。子ども時代、実家にあったアントニ・ガウディの写真集を見て衝撃を受ける。 大学卒業後は一人で設計活動を行っていたが、2000年2月、青森県立美術館設計競技2位(優秀賞)を受賞し、建築家として認められた。 2007年2月、「情緒障害児短期治療施設」(2006年竣工。北海道伊達市)で2007年度日本建築大賞を受賞。 2021年、主導的に設計を手がけた白井屋ホテル(群馬県前橋市)が「National Geographic Traveller Hotel Awards 2021」に入選した。
加藤 剛士(かとう たけし、1970年11月18日 - )は… 加藤 剛士(かとう たけし、1970年11月18日 - )は、日本の政治家。北海道名寄市長(5期)。全国青年市長会会長。 北海道名寄市出身。父親は自由民主党所属の北海道議会議員の加藤唯勝。北海道旭川東高等学校卒業。小樽商科大学卒業後、千代田生命保険(現・ジブラルタ生命保険)に就職。5年間勤務した後、父親が社長を務めるホテル・飲食店経営の「KTパイオニアグループ」に入社。兄がミュージシャンとして活動中だったため家業をついで社長となった。名寄青年会議所の理事長を務めた。 2010年(平成22年)4月18日投開票の名寄市長選挙に自民党名寄支部の支持を受けて立候補。連合名寄の推薦を受けた元市議会議長の高見勉との一騎打ちを制し、初当選を果たした。
桜井 通開(さくらい みちはる、1969年3月 - )は、日… 桜井 通開(さくらい みちはる、1969年3月 - )は、日本のライター、エンジニア、元予備校講師。 北海道生まれ。1987年3月、北海道旭川東高等学校卒業。高校卒業後に上京。御茶ノ水の駿台に通う浪人生活を1年間過ごす。秋山仁・長岡亮介(数学)、伊藤和夫(英語)、坂間勇・山本義隆(物理)らの授業を受けた。1988年4月に東京大学に進学。大学在学中より、音楽・映画などのライター、ミニコミの編集などを始める。桜井が編集・発行人を務めたミニコミ『shortcut』が評判を呼んだ。 『FOOL'S MATE』の編集長であった羽積秀明の講演を聞いて感激し手紙を送ったことがきっかけとなり、1989年より同誌に原稿を執筆するようになる。
清水 博子(しみず ひろこ、1968年6月2日 - 2013… 清水 博子(しみず ひろこ、1968年6月2日 - 2013年10月10日)は、日本の小説家。
本間 哲郎(ほんま てつろう、1968年5月7日 - )は、… 本間 哲郎(ほんま てつろう、1968年5月7日 - )は、北海道出身の元プロ野球選手(投手)。 旭川東高から、1986年オフにドラフト外で横浜大洋ホエールズに入団。入団時、旭川出身ということで母校の先輩「スタルヒン2世」と期待されていた。 一軍公式戦への出場がないまま、1990年限りで現役を引退。 その後、地元の社会人野球・クラブチームの旭川グレートベアーズに在籍した。また旭川北稜リトルシニアで指導している。
渡部 康人(わたなべ やすと、1968年5月6日 - )は日… 渡部 康人(わたなべ やすと、1968年5月6日 - )は日本の財務官僚、国際機関職員。財務省国際局次長。 北海道出身。旭川東高校を経て、東京大学経済学部卒業。1992年 大蔵省に入省。国際金融局総務課に配属。1995年からイェール大学へ留学(国際開発経済学修士)。1996年7月 主計局総務課企画係長。主計局総務課の企画係長時代に官邸、与党との間の調整の現場を垣間見たという。 1998年7月 米州開発銀行(在ワシントン)審議役。2008年7月 アジア開発銀行理事代理。2011年7月 環境省地球環境局調査官。2013年7月 金融庁監督局監督企画官兼内閣官房TPP対策本部交渉官。2015年7月 金融庁総務企画局参事官(郵便貯金・保険監督担当)。
館田 晶子(たてだ あきこ、1968年- )は、日本の法学者… 館田 晶子(たてだ あきこ、1968年- )は、日本の法学者。憲法学者。北海学園大学法学部教授。博士(法学)(北海道大学)。専門は憲法学、フランス憲法。特に憲法学の視点から国籍について研究。北海道出身。
浮穴 みみ(うきあな みみ、1968年 -)は、日本の小説家… 浮穴 みみ(うきあな みみ、1968年 -)は、日本の小説家、時代小説作家、推理作家。日本文藝家協会会員。 北海道旭川市生まれ。北海道旭川東高等学校卒業。千葉大学文学部文学科仏文専攻卒業。東京での保険会社勤務を経て、札幌市在住。2008年、「寿限無 幼童手跡指南・吉井数馬」で第30回小説推理新人賞を受賞する。2009年、同作を含む連作短編集『姫の竹、月の草 吉井堂謎解き暦』で単行本デビューを果たす。2018年6月、『鳳凰の船』(双葉社)で第7回歴史時代作家クラブ賞の作品賞を受賞。 「」内が浮穴みみの作品
坂本 雄一(さかもと ゆういち、1967年9月1日 - 20… 坂本 雄一(さかもと ゆういち、1967年9月1日 - 2023年4月6日)は、日本の陸上自衛官。最終階級は陸将。出身職種は普通科。 2023年3月30日に第39代第8師団長に就任したが、就任直後の同年4月6日、航空偵察のためUH-60JA多用途ヘリコプターに搭乗して沖縄県宮古島周辺空域を飛行中に宮古島沖陸自ヘリ航空事故に遭難、殉職。 北海道旭川市出身。北海道旭川東高等学校を経て、1991年3月に防衛大学校(第35期)を卒業し、陸上自衛隊に入隊。高校の同級生に北海道上富良野町長の斉藤繁がいる。 入隊後、第9普通科連隊、第3普通科連隊、第28普通科連隊などの所属を経て、2013年12月には第3普通科連隊長に就任。
斉藤 繁(さいとう しげる、1967年〈昭和42年〉5月29… 斉藤 繁(さいとう しげる、1967年〈昭和42年〉5月29日 - )は、日本の政治家。北海道上富良野町長(2期)。 北海道空知郡上富良野町出身。上富良野町立上富良野西小学校、上富良野町立上富良野中学校、北海道旭川東高等学校を経て、北海学園大学を卒業。1991年(平成3年)、上富良野町役場に入庁し、町民生活課税務班主幹、総務課財政管理班主幹などを歴任。 2020年(令和2年)11月29日、向山富夫の任期満了に伴う上富良野町長選挙に無所属で出馬し、行政経験を基に子育てや高齢者支援などを掲げ、元上富良野町企画商工観光課長の辻剛、元上富良野町議会議員の一色美秀、建設会社社長の佐川泰正を破り、初当選。同年12月27日、第11代上富良野町長に就任。
山本 進(やまもと すすむ、1966年〈昭和41年〉10月1… 山本 進(やまもと すすむ、1966年〈昭和41年〉10月17日 - )は、日本の政治家。東神楽町長(3期)。 高校教師の父と看護師の母の長男として弟子屈町で生まれる。1985年(昭和60年)3月、北海道旭川東高等学校卒業。1989年(平成元年)3月、北海道大学法学部を卒業し、同年4月に東神楽町役場に入庁する。 入庁後、企画振興課都市計画係長、総務課情報管理係長、総務企画課主幹、まちづくり推進課主幹などを歴任する。 長らく東神楽町職員として総務・企画に携わり、町長を支える立場であったが、先代の川野恵子町長と議会が対立したことや副町長が辞任したことなどを受けて、行政に対する危機感を感じ、東神楽町長選挙への出馬を決意する。
三井 靖広(みつい やすひろ、1964年〈昭和39年〉10月… 三井 靖広(みつい やすひろ、1964年〈昭和39年〉10月3日 - )は、北海道出身の日本の外交官。 在ポルトガル大使館参事官などを経て、2023年11月から在クリチバ総領事を務める。
藤田 和日郎(ふじた かずひろ、男性、1964年〈昭和39年… 藤田 和日郎(ふじた かずひろ、男性、1964年〈昭和39年〉5月24日 - )は、日本の漫画家。北海道旭川市出身。本名:藤田 和宏(読み同じ)。 旭川市立東町小学校、北海道旭川東高等学校、日本大学法学部新聞学科卒業。現仕事場は東京都豊島区。 1988年(昭和63年)に『連絡船奇譚』が『週刊少年サンデー増刊号』に掲載されてデビューし、1990年(平成2年)より『週刊少年サンデー』本誌で開始した『うしおととら』で連載デビュー。代表作に『うしおととら』・『からくりサーカス』・『月光条例』・『双亡亭壊すべし』など。主に『週刊少年サンデー』で活躍。 子どもの頃から漫画や本を読むのが好きで、ロジャー・ゼラズニイの小説『地獄のハイウェイ』を自分の原点としている。
小野 敦生(おの あつお、1962年5月12日 - 1993… 小野 敦生(おの あつお、1962年5月12日 - 1993年5月22日)は、将棋棋士。棋士番号163。北海道旭川市出身。安恵照剛八段門下。 北海道旭川東高等学校将棋部に在籍し、1979年の第15回全国高等学校将棋選手権大会男子団体で優勝。また、第34回(1980年)全日本アマチュア名人戦に北海道代表として出場。その後間もなく奨励会へ入会。18歳と極めて遅い入会であったが、僅か3年(1983年12月1日付)で四段に昇段する。 1984年2月3日・第10期棋王戦において、永作芳也(のちに退会)に勝利し、プロとして初の公式戦を白星で飾った。 初参加の第43期順位戦では6勝4敗と次期につなげる成績を残した。
綿貫 泰之(わたぬき やすゆき、1962年1月8日 - )は… 綿貫 泰之(わたぬき やすゆき、1962年1月8日 - )は、日本の経営者。 北海道旭川市出身。北海道旭川東高等学校を経て、1985年に北海道大学経済学部を卒業し、同年に日本国有鉄道に入社した。九州旅客鉄道社長の古宮洋二、西日本旅客鉄道社長の倉坂昇治とは、国鉄での同期に当たる。 1987年、北海道旅客鉄道入社。鉄道事業本部営業推進本部営業部長、取締役総務部長、同函館支社長、常務取締役総合企画本部長、取締役副社長を歴任し、2022年6月から代表取締役社長に就任した。道内出身者が社長に就くのは中島尚俊以来11年ぶりとなる。
佐々木 倫子(ささき のりこ、1961年10月7日 - )は… 佐々木 倫子(ささき のりこ、1961年10月7日 - )は、日本の漫画家。北海道旭川市出身、札幌市在住。女性。血液型はAB型。 北海道旭川東高等学校、北海道教育大学教育学部旭川校卒業。1980年『花とゆめ夏の増刊号』(白泉社)掲載の「エプロン・コンプレックス」でデビューした。当初のペンネームは「佐々木規子」で、『ペパミント・スパイ』(花とゆめ1982年9月増刊号掲載)から現在の本名の表記に変更された。 主に白泉社の『花とゆめ』系列誌を中心に活動していたが、『動物のお医者さん』を最後に白泉社から小学館に活動の場を移し、『おたんこナース』以降は小学館の青年誌をメインに活動している。 (括弧内は雑誌掲載年)
明石 英一郎(あかし えいいちろう、1960年〈昭和35年〉… 明石 英一郎(あかし えいいちろう、1960年〈昭和35年〉9月30日 - )は、札幌映像プロダクション代表取締役社長。元札幌テレビ放送(STV)アナウンサー。身長173cm。札幌市清田区在住。
村田 真(むらた まこと、1960年 - )は、日本のソフト… 村田 真(むらた まこと、1960年 - )は、日本のソフトウェア技術者である。工学博士。東日本国際大学名誉教授。W3C (World Wide Web Consortium) の XMLワーキンググループで、他のグループメンバーとともにマークアップ言語 XML1.0 の仕様を設計した。また、ジェームズ・クラークとともに XML のスキーマ言語 RELAX NG の仕様を設計した。EPUB 3.0の制定にあたっては国際化担当サブグループリーダを務めた 北海道旭川市出身。1978年に北海道旭川東高等学校、1982年に京都大学理学部を卒業。1985年に富士ゼロックスに入社。1993年から1995年の間は、米国ゼロックス社の研究所に滞在し、構造化文書の研究をした。
久保 雅一(くぼ まさかず、1959年7月25日 - )は、… 久保 雅一(くぼ まさかず、1959年7月25日 - )は、日本のプロデューサー、漫画編集者。北海道出身。 株式会社area358 代表取締役社長/プロデューサー、一般社団法人日本知財学会副会長/理事、声の保護と多言語化協会(VIDA)代表理事、東京工業大学(現・東京科学大学)非常勤講師、電気通信大学客員研究員、北京電影学院 客座教授、NEXT FILM INSTITUTE 副院長。 元株式会社小学館取締役(国際メディア事業局担当)、元株式会社小学館集英社プロダクション常務取締役、前株式会社小学館ミュージック&デジタル エンタテイメント代表取締役社長、元よしもとデジタルエンタテインメント取締役。
原田 直彦(はらだ なおひこ、1959年1月 - )は、日本… 原田 直彦(はらだ なおひこ、1959年1月 - )は、日本の実業家。旭川信用金庫会長、元理事長、一般社団法人北海道信用金庫協会会長。 1959年1月、北海道上川郡当麻町生まれ。北海道旭川東高等学校を経て、立教大学法学部を卒業。 1981年4月、旭川信用金庫に入庫。 2006年6月、同庫理事、2013年6月、同庫理事長に就任。 2023年6月、同庫会長に就任。 2024年6月、一般社団法人北海道信用金庫協会会長に就任。
松月 弘恵(まつづき ひろえ、1959年 - )は、日本の栄… 松月 弘恵(まつづき ひろえ、1959年 - )は、日本の栄養学者。日本女子大学教授。 獨協医科大学博士(医学)、日本女子大学修士(家政学)、管理栄養士 給食経営管理論、高齢者栄養管理
永江 朗(ながえ あきら、1958年5月9日 - )は、日本… 永江 朗(ながえ あきら、1958年5月9日 - )は、日本の著作家。北海道旭川市出身。 北海道旭川東高等学校、法政大学文学部哲学科卒業。西武百貨店系洋書店であるアール・ヴィヴァンに約7年間勤務した後、雑誌『宝島』や『別冊宝島』などの編集・ライターを経て、1993年頃よりライター業を本職とする。各種新聞・雑誌に署名記事をものする。 取り上げる題材は広範にわたり、「哲学からアダルトビデオまで」を標榜する。読書術やインタビューに関する著作を多数刊行している。処女出版『菊地君の本屋』においてヴィレッジヴァンガードを取り上げて以来、個性的な書店を訪問して紹介する仕事も多く手掛け、出版文化産業の事情に明るい。
北郷 裕美(きたごう ひろみ、1958年2月21日 - 、男… 北郷 裕美(きたごう ひろみ、1958年2月21日 - 、男性)は、日本の社会学者、法政大学大学院政策創造研究科教授。専門領域は、メディア論、情報学、地域社会学、コミュニティ放送、観光社会学。学位は博士(国際広報メディア)(北海道大学・2008年)。 旭川市に生まれる。1976年に北海道旭川東高等学校を卒業し、小樽商科大学商学部に進み、在学中にSTVラジオでアシスタントディレクター職を経験する。 1983年に小樽商科大学を卒業して上京しリクルートをはじめ、広告・映像などメディア関係の職場を複数経験した。 2000年から2003年にかけて、札幌市西区のコミュニティ放送「三角山放送局」を経営するらむれすで、営業部長を務めた。
座光寺 公明(ざこうじ ひろあき、1958年1月20日 - … 座光寺 公明(ざこうじ ひろあき、1958年1月20日 - 1987年1月29日)は、日本の作曲家、ピアニスト。 東京生まれ、4歳より20歳まで北海道旭川市で育つ。ピアノを4歳から習い始める。小学校の学芸会では、ピアノ演奏や合唱の指揮をしていた。その頃見たテレビ番組『レナード・バーンスタインの世界』に感動し、心の中で指揮者に成ろうと思い始める。北海道旭川東高等学校1年生の春、指揮の勉強をする為に旭川から札幌まで通い、木村雅信に作曲を習い始める。そのうち作曲という創作の魅力に取り付かれて、作曲家に成ろうと決心する。 日本大学芸術学部音楽学科(作曲コース)卒業。同研究所修了。作曲を貴島清彦、小倉朗、ピアノを松谷翠、星野すみれに師事。
安念 潤司(あんねん じゅんじ、1955年8月12日 - )… 安念 潤司(あんねん じゅんじ、1955年8月12日 - )は、日本の法学者。中央大学名誉教授。弁護士(第一東京弁護士会、渡部晃法律事務所)。北海道雨竜郡納内村(現在の深川市)生まれ。
寺沢 武一(てらさわ ぶいち、男性、1955年〈昭和30年〉… 寺沢 武一(てらさわ ぶいち、男性、1955年〈昭和30年〉3月30日 - 2023年〈令和5年〉9月8日)は、日本の漫画家。北海道旭川市出身。代表作である『コブラ』は全世界での発行部数が5,000万部を超えるヒットを記録している。 1955年3月30日、北海道旭川市に出生。札幌育ち。本名は「武一(たけいち)」。 1974年、北海道旭川東高等学校卒業。浪人時代、他に仕事が無かったことから、漫画家を志す。本来は医学部志望だった。 1976年、手塚プロダクションのアシスタント募集のために投稿したマンガが手塚治虫の目に止まり、手塚治虫に師事。上京し、手塚プロダクション・漫画部スタッフとして働いた。 1977年、マンガ「大地よ、蒼くなれ」が第13回手塚賞佳作に入選。
吉崎 栄泰(よしざき はるやす、1955年2月23日 - )… 吉崎 栄泰(よしざき はるやす、1955年2月23日 - )は、日本の医師、プログラマ。内科の医師を務める傍ら、1990年代から2000年代まで日本で幅広く利用されたアーカイバの一種であるLHA(LZH)を開発した。 札幌医科大学・同大学院で内科学(第一内科)を専攻。帯広協会病院副院長などを経て、2007年から黒澤病院(現帯広中央病院)に勤務、同病院名誉院長。大学時代に出たばかりのインテル社のチップを手に入れるほどのコンピュータ好きで、パソコン通信にもはまり込んだ。 1988年に奥村晴彦が LZSS法をさらに算術符号化した LZARIという圧縮アルゴリズムをPC-VAN上に発表すると、吉崎は「算術符号化の部分をハフマン符号化すればもっと効率的なアルゴリズムになるはずだ」との考えから、それに基づいたLZHUF法を開発した。
谷口 義明(たにぐち よしあき、1954年12月23日 - … 谷口 義明(たにぐち よしあき、1954年12月23日 - 2026年1月9日)は、日本の天文学者。専門は、銀河天文学。愛媛大学名誉教授。放送大学特任教授。理学博士(1984年9月東北大学)。 北海道旭川市出身。北海道旭川東高等学校を卒業するまで故郷の旭川市で過ごした。中学時代に雑誌「天文ガイド」を見るまでは昆虫少年だった。 東北大学理学部天文・地球物理学科卒業、同大大学院理学研究科天文学専攻博士課程修了。 1987年東京大学東京天文台助手、翌年東大理学部天文学教育研究センター助手となる。1991年東北大学理学部天文学教室の助教授。2006年4月1日に愛媛大学大学院理工学研究科数理物質科学専攻教授。
的場 光昭(まとば みつあき、1954年(昭和29年)6月1… 的場 光昭(まとば みつあき、1954年(昭和29年)6月19日[要出典] - )は、日本の医師。医療法人健光会理事長。 西部邁事務所『発言者』・月刊誌『正論』などに主として保守的立場から原稿を寄せている。 2008年(平成20年)6月、衆参両院で「アイヌ民族を先住民族とすることを求める決議」が採択されると、歴史を全く無視した暴挙であるとしてこれに反発し月刊誌『正論』に投稿を寄せている。 また北海道各地に自治体を巻き込んで建設が予定された〝朝鮮人強制連行碑〟について、その推進母体が朝鮮総聯・韓国政府・アイヌ団体・共産党・革マルなどの過激派集団であることを暴き次々に建設中止や撤去に追い込んだと主張している[要出典]。
真弓 明彦(まゆみ あきひこ、1954年5月7日 - )は、… 真弓 明彦(まゆみ あきひこ、1954年5月7日 - )は、日本の実業家、技術者。北海道電力代表取締役社長、同社代表取締役会長を経て、同社名誉顧問、北海道経済連合会名誉会長、北海道大学総長顧問。 北海道旭川市出身。北海道旭川東高等学校を経て、1979年北海道大学工学部電気工学科卒業、北海道電力入社。工務畑を長く歩み、再生可能エネルギーの受け入れなども担当した。2008年理事工務部長。2012年常務取締役流通本部長。2014年取締役副社長流通本部長。 2014年北海道電力代表取締役社長に昇格。2015年から原子力推進本部長を兼務。電力自由化への対応を行い、2018年からは大口向けのガス小売りを開始。
山崎 摩耶(やまざき まや、1947年1月9日 - )は、日… 山崎 摩耶(やまざき まや、1947年1月9日 - )は、日本の政治家。衆議院議員(2期)、国民民主党北海道連代表、日本看護協会理事などを務めた。 日本看護協会は旧来より、傘下の政治団体である日本看護連盟を通して自由民主党を支持する団体であり、協会の幹部を日本看護連盟の推薦候補・自民党の公認候補として国政に輩出している(参議院議員の清水嘉与子・南野知惠子、衆議院議員の阿部俊子・能勢和子など)。山崎は、これらの議員と異なり、日本看護連盟の推薦を受けておらず、個人としての立候補である。
中村 文昭(なかむら ふみあき、1944年〈昭和19年〉12… 中村 文昭(なかむら ふみあき、1944年〈昭和19年〉12月18日 - )は、日本の詩人、文芸批評家、舞踊批評家。北海道旭川市出身。日本大学芸術学部映画学科卒業。元日本大学芸術学部文芸学科教授。えこし会(江古田詩人会)主宰。 北海道旭川市に生まれる。旭川東高等学校卒業後、日本大学芸術学部映画学科に進学。 日芸在学中に吉本隆明の『試行』を知り、吉本隆明に私淑。1967年日芸映画学科卒業。卒論は「フェデリコ・フェリーニ」。その後約半年かけ評論「アルチュール・ランボォ」800枚を書き上げる。「アルチュール・ランボォ」は第17回までが『試行』に掲載されている。 1968年『あぽりあ』の同人となる。『あぽりあ』5号から中村と詩人坂井信夫と共同編集、20号からは中村単独編集。
納谷 廣美(なや ひろみ、1939年8月15日 - )は、日… 納谷 廣美(なや ひろみ、1939年8月15日 - )は、日本の法学者。専門は民事訴訟法。明治大学名誉教授。元明治大学学長。学内外に於いて各種委員、理事を歴任。[要出典]弁護士。北海道出身。 有名私大の東京郊外へのキャンパス移転が相次ぐ中、「都市型大学宣言」を出し、また、一般入試受験者数で日本一の人気大学に押し上げるなど、明大中興の祖と言われる[要出典]。
近藤 典彦(こんどう のりひこ、1938年〈昭和13年〉12… 近藤 典彦(こんどう のりひこ、1938年〈昭和13年〉12月18日 - )は、日本近代文学研究者。専門は主に石川啄木。元群馬大学教授。北海道旭川市出身。
奥山 コーシン(おくやま コーシン、本名:戸波 侊伸(となみ… 奥山 コーシン(おくやま コーシン、本名:戸波 侊伸(となみ てるのぶ)、1938年〈昭和13年〉11月18日 - 2023年(令和5年)5月24日)は、日本のラジオパーソナリティ、放送作家、作詞家。社団法人日本放送作家協会理事。放送作家としての名は奥山侊伸(おくやま てるのぶ)。通称は『おくちゃん』。北海道旭川市出身。北海道旭川東高等学校卒業。門下の一人に秋元康がいる。
原 一平(はら いっぺい、本名:日下部 護〈くさかべ まもる… 原 一平(はら いっぺい、本名:日下部 護〈くさかべ まもる〉、1938年〈昭和13年〉3月22日 - 2014年〈平成26年〉12月4日)は、日本のものまねタレント。北海道上川郡当麻町出身。北海道旭川東高等学校、最終学歴は専修大学経済学部卒業。
高橋 一雄(たかはし かずお、1936年2月5日 - )は、… 高橋 一雄(たかはし かずお、1936年2月5日 - )は、北海道出身の元プロ野球選手。 旭川東高校から1954年に高橋ユニオンズへ入団。 1955年に退団し、翌1956年から1963年まで社会人野球の旭川協会でプレーした。
品川 徹(しながわ とおる、1935年12月14日 - )は… 品川 徹(しながわ とおる、1935年12月14日 - )は、日本の男性俳優、声優。北海道旭川市出身。ノックアウト所属。 幼少期は勉強が嫌いな子供で、学校から家に帰っても遊んでばかりだった。内気でシャイであったが、家の中では威張っていたことから内弁慶だった。 勉強が嫌いで高校に進学せず、家具屋に入り修業をしていた。1年間、カンナのかけ方や刃の研ぎ方やノコの使い方を教えてもらい、職業補導所で簡単なものを作らせてもらえた。その後、兄弟子が5人いる町の工場で2年半くらい働いていた。下駄箱を作ったり、北海道独特の木目模様を出す技法を使ったタンスを作ったりもしていたが、飽きて嫌になり辞めた。その後は「もう少し勉強しよう」と思い、定時制高校に進学して4年間通う。