上沢 沙織(かみさわ さおり、2001年12月18日 - )… 上沢 沙織(かみさわ さおり、2001年12月18日 - )は、日本の女子バレーボール選手。 青森県八戸市出身。小学4年生のとき、TVを見たことをきっかけにバレーボールを始めた。宮城県大崎市古川(旧・古川市)にあるバレーボールの強豪古川学園高等学校に進学。 2019/20シーズン、日立リヴァーレ(現・Astemoリヴァーレ茨城)への入団が内定した。2020年、高校卒業後に、日立リヴァーレに入団した。 入団1シーズン目となる2020/21シーズン、V1女子の試合に出場し、V.LEAGUEデビューを果たした。 2021年、背番号が「20」から「4」に変更された。 2022年11月5日、2022-23 V.LEAGUE DIVISION1 WOMENが開幕したばかりであったが、日立Astemoリヴァーレを退部すると発表された。
野呂 加南子(のろ かなこ、2000年7月8日 - )は、日… 野呂 加南子(のろ かなこ、2000年7月8日 - )は、日本の元女子バレーボール選手。 青森県つがる市出身。小学2年生のときにバレーボールを始めた。 下北沢成徳高等学校時代は石川真佑や大﨑琴未と共にチームの主力として、3年生の時は2019年1月の春高バレーこそ準決勝で敗れたものの、平成30年度全国高等学校総合体育大会(サオリーナ)および第73回国民体育大会(三国体育館)との二冠を達成した。 2019年1月には石川、大﨑、そして水杉玲奈と共に東レアローズへの入団(内定)が決まる。2019/20シーズンの開幕戦となるPFUブルーキャッツ戦(2019年10月19日)にてVリーグデビューを果たすなど、同シーズンは24試合に出場する。
吉野 優理(よしの ゆうり、1999年12月16日 - )は… 吉野 優理(よしの ゆうり、1999年12月16日 - )は、日本の元女子バレーボール選手。 青森県弘前市出身。小4の頃、親友に誘われたのをきっかけにバレーボールを始める。 由利高等学校を経て、2018年埼玉上尾メディックスに入団。 ルーキーイヤーとなる2018-19シーズン、V1リーグ開幕戦から出場を果たし、以降もレギュラーに定着した。 1シーズン目終了後の2019年、日本代表登録メンバーに初選出され、2020年も選出された。 2シーズン目となる2019-20シーズンより背番号が29から8になった。 2021年度も日本代表に選出されたが、2021年2月21日、2020-21V.LEAGUE最終戦の岡山シーガルズ戦で負傷し、後日に左膝前十字靭帯断裂と診断され、日本代表合宿を辞退して治療・リハビリに専念することとなった。
境 紗里奈(さかい さりな、1997年9月11日 - )は、… 境 紗里奈(さかい さりな、1997年9月11日 - )は、日本の女子バレーボール選手である。 青森県つがる市出身。2人兄妹の長女。小学4年生のとき、親戚がバレーボールをしていたことをきっかけにバレーボールを始めた。 弘前学院聖愛高等学校、東北福祉大学を経て、2019/20シーズン、V.LEAGUE DIVISION1 WOMEN(V1女子)に所属する日立リヴァーレの内定選手となった。2020年に正式入団。 2021年7月1日、背番号変更が発表となり、「18」から「10」に変更された。 V.LEAGUEの個人成績は下記の通り。
佐藤 謙次(さとう けんじ、1997年1月16日 - )は、… 佐藤 謙次(さとう けんじ、1997年1月16日 - )は、日本の男子バレーボール選手である。 青森県三戸郡田子町出身。バレーボールを始めたのは中学1年生の時に、先輩に勧められたのがきっかけだという。 青森県立弘前工業高等学校を経て、2015年、東海大学に進学。 2018年10月、サントリーサンバーズに内定し、2019年、サントリーに入団。
尾﨑 侯(おざき こう、1971年8月4日 - )は、日本の… 尾﨑 侯(おざき こう、1971年8月4日 - )は、日本の元男子インドアバレーボール・ビーチバレーボール選手、現指導者。 青森県弘前市出身。弘前工業高等学校を卒業し、日本体育大学に進学。3年時にインカレ優勝を果たした。 その後、本格的にビーチバレーへ転向。1996年から1998年までは山本知寿とのペアで、1999年と2000年は森川太地とのペアで、ビーチバレージャパンを5連覇した。 2000年からは指導者として活動。 2017年からはトヨタ自動車ビーチバレーボール部コーチを務めた。 2025年1月、アランマーレ山形のコーチに就任。
三橋 栄三郎(みつはし えいざぶろう、1960年1月5日 -… 三橋 栄三郎(みつはし えいざぶろう、1960年1月5日 - )は日本の元バレーボール選手。元バレーボール全日本。 青森県出身。弘前工業高校、日本体育大学卒業。 1982年に富士フイルムに入社、日本リーグでは優勝5回、最高殊勲選手賞3回、スパイク賞2回と活躍。全日本では1984年ロサンゼルス五輪、1988年ソウル五輪に出場し超高速Bクイックを武器に全日本の中心選手として活躍した。 1987年の第1回ビーチバレージャパンでは、岩島章博と組んで出場。決勝で川合・熊田ペアと対戦し準優勝となった(ちなみに4人とも富士フイルムの選手だった)。 1992年3月29日、大阪城ホールで行われた日本リーグ最終順位決定リーグ・新日鉄戦の第四セットのプレー中、右足アキレス腱を部分断裂した。
大野 果奈 は、日本の元女子バレーボール選手。
大野 果歩 は、日本の元女子バレーボール選手。
山田 美花 は、日本の元女子バレーボール選手。