千葉 開(ちば かい、1993年3月3日 - )は、日本の元… 千葉 開(ちば かい、1993年3月3日 - )は、日本の元プロボクサー。現在横浜光ボクシングジムのマネージャー兼トレーナー。第52代OPBF東洋太平洋バンタム級王者。 岩手県大船渡市出身。その後に沖縄へ移住。那覇市立小禄中学校を経て沖縄県立那覇高等学校中退。 ボクシングは平仲明信が主宰する平仲ボクシングスクールにて始める。祖父はアマチュアの日本チャンピオンだった人物。実妹はプロゴルファーの千葉華(2022年プロテスト合格)。 2019年5月10日、後楽園ホールで中川抹茶とバンタム級8回戦を行い、8回3-0(77-75、78-75、77-76)判定勝ちした。 2020年12月26日、墨田区総合体育館で石川春樹と対戦し、8回3-0(80-72×2、79-73)で判定勝ちした。
斐也(よしなり、1987年5月24日 - )は、異色の経歴を… 斐也(よしなり、1987年5月24日 - )は、異色の経歴をもつキックボクサー。 岩手県盛岡市出身。前田憲作率いる「常勝軍団」チームドラゴンに所属している。
小原 佳太(おばら けいた、1986年11月12日 - )は… 小原 佳太(おばら けいた、1986年11月12日 - )は、日本の元プロボクサー。岩手県北上市出身。第37代日本スーパーライト級王者。第36代OPBF東洋太平洋スーパーライト級王者。元WBOアジア太平洋ウェルター級王者。第56代日本ウェルター級王者。三迫ボクシングジム所属。右の強打に定評がある。 岩手県立黒沢尻工業高等学校でボクシングを始め、2004年全国高校総体(インターハイ)でフェザー級3位。高校卒業後、東洋大学に進学。2006年のじぎく兵庫国体成年ウェルター級優勝、2008年チャレンジ!おおいた国体成年ウェルター級優勝。東洋大学ボクシング部の1年先輩にロンドンオリンピックミドル級金メダリストで元WBA世界ミドル級スーパー王者の村田諒太がいる。
佐藤 洋太(さとう ようた、1984年4月1日 - )は、日… 佐藤 洋太(さとう ようた、1984年4月1日 - )は、日本の元プロボクサー。第34代日本スーパーフライ級王者。第23代WBC世界スーパーフライ級王者。協栄ボクシングジム所属。岩手県盛岡市出身。担当トレーナーは新井史朗。岩手県立盛岡南高等学校卒業。東北学院大学中退。
八重樫 東(やえがし あきら、1983年2月25日 - )は… 八重樫 東(やえがし あきら、1983年2月25日 - )は、日本の元プロボクサー。岩手県北上市出身。大橋ボクシングジム所属。元WBA世界ミニマム級王者。元IBF世界ライトフライ級王者。元WBC世界フライ級王者。世界3階級制覇王者。 WBA、WBC、IBF各団体の最上位の世界王座だけで3階級制覇を達成した、初の日本人王者。 名前は「東」と書いて「あきら」と読む。大抵は「ひがし」あるいは「あずま」と読まれてしまうため、2011年10月の時点では、初対面の人に正しい読み方で名前を呼ばれたことがなかった。なぜこのような読みになったかは「よくわからない」とのことで、本人はスポーツ紙の取材に対し「世界王者になったら両親に由来を聞こうと思っているが、その代わり負けたら一生聞かない」と語っている。
大高 一郎(おおたか いちろう、1977年4月14日 - )… 大高 一郎(おおたか いちろう、1977年4月14日 - )は、日本の男性キックボクサー。岩手県盛岡市出身。元マーシャルアーツ日本キックボクシング連盟フェザー級王者。山梨学院大学出身。 山梨学院大学在学中にマイウェイジムに入門。 大学卒業に伴い上京、ジムを移籍し山木ジムから2000年10月6日にプロデビュー。 2004年11月21日、小林秀紀に判定勝ちし、MAフェザー級王座を獲得した。 2008年に鈴木秀明の主宰するストラッグルに移籍。 2008年8月3日、タイのラジャダムナン・スタジアムで初海外遠征試合を行い、KO勝ちを収めた。リングネームはイチロー・ストラッグルジムであった。 2009年7月24日、Krushライト級グランプリ2009 1回戦で"狂拳"竹内裕二と対戦し、右フックでKO負け。
大雅 アキラ(たいが アキラ、男性、1974年9月5日 - … 大雅 アキラ(たいが アキラ、男性、1974年9月5日 - 1997年10月19日)は、日本のプロボクサー。本名は佐藤 晃(さとう あきら)。岩手県北上市出身。協栄ボクシングジム所属。黒沢尻工業高等学校卒業。 1992年、第46回インターハイでバンタム級5位、べにばな国体少年の部にフライ級優勝などの成績を収め、第45回岩手日報体育賞を受賞した。 1993年5月24日、本名でプロデビュー戦を行い、初回KO勝利を収めた。同年8月16日、松倉義明(宮田)に4R判定負けを喫した。 1994年11月4日、東日本ジュニアバンタム級新人王トーナメント準決勝で大和心(帝拳)に4R判定勝利を収めた。同年12月17日、小林昭司(国際)に引き分け、勝者扱いで東日本ジュニアバンタム級新人王を獲得した。
瀬川 設男(せがわ せつお、1968年6月16日 - )は、… 瀬川 設男(せがわ せつお、1968年6月16日 - )は、日本の元プロボクサー。岩手県下閉伊郡山田町出身。1988年ソウルオリンピックフライ級日本代表。第55代日本バンタム級。第25代日本スーパーバンタム級王者。ヨネクラボクシングジム所属。岩手県立宮古水産高等学校、拓殖大学卒業。プロデビュー後1998年までのリングネームは川益 設男(かわます - )。兄の正義はロサンゼルスオリンピックのボクシング日本代表。 世界を狙える器と言われ続けたが、リング禍による対戦相手の死亡や交通事故に阻まれ最後まで世界戦を行うことができなかった。 大学時代の1988年ソウルオリンピックや1989年世界選手権にフライ級代表として出場し、2戦目で敗れた。
三浦 国宏(みうら くにひろ、1962年8月20日 - )は… 三浦 国宏(みうら くにひろ、1962年8月20日 - )は、日本の元アマチュアボクシング選手。岩手県下閉伊郡岩泉町出身。ロサンゼルス・ソウルオリンピック日本代表。 岩手県立岩泉高等学校でボクシングを始め岩泉町出身でボクシング監督・佐々木達彦と教員住宅でマンツーマンで暮らし、2年の時にはインターハイベスト8、3年のインターハイで優勝。 卒業後、国鉄バス、岩泉農協に勤務して全日本社会人選手権優勝。 1983年、拓殖大学進学。沖縄で行われたアジア選手権ウェルター級で銅メダル獲得。 1984年、瀬川正義とともに岩手初のオリンピックボクシング代表としてロサンゼルスオリンピックに出場、初戦敗退。 1985年、全日本選手権ライトウェルター級で初優勝。
藤原 敏男(ふじわら としお、1948年〈昭和23年〉3月3… 藤原 敏男(ふじわら としお、1948年〈昭和23年〉3月3日 - )は、日本のキックボクサー。1969年にプロデビューし、全日本キックボクシング協会で初代ライト級王座を獲得。1977年にはタイ人以外で初めてラジャダムナン・スタジアム認定王座を獲得した。 岩手県宮古市田老鉱山出身。高校時代はテニス部に所属し、卒業後に上京し中央工学校の夜間部で設計の勉強を始める。アルバイトで牛乳配達をするが、配達区域に目白ジムがあった。その縁で目白ジムを見学しているうちにキックボクシングに興味を抱き、1969年7月に目白ジムへ入門した。黒崎健時の指導を受け、目白ジムに住み込みでキックボクシングに専念し始めると、1日10時間年中休みなしの練習漬けの毎日を送った。
木村 久(きむら きゅう、1908年 - 1937年)は、日… 木村 久(きむら きゅう、1908年 - 1937年)は、日本の元プロボクサー。本名は木村久五郎で、「木村久」はリングネーム。アメリカでも活躍し、"ノックアウトQ"の異名で知られ、絵物語『ノックアウトQ』のモデルにもなった。岩手県花巻市出身。 岩手から上京し浅草で働いていたが、近くのジムを覗き込んだのが縁でボクシングを始める。その後、木村の草試合を見た当時の名選手、荻野貞行と佐藤東洋のスカウトを受け、両者の帝国拳闘協会(帝拳プロモーション)設立に合流。 1926年7月、帝拳創立記念試合に登場、佐藤東洋との模範試合でデビュー。翌月の佐藤との6回戦で引分ける。そして同年9月に帝拳はアメリカ遠征を敢行、木村もその一員として渡米した。
八重樫 剛(やえがし つよし)は、日本のアマチュアボクシング… 八重樫 剛(やえがし つよし)は、日本のアマチュアボクシング選手。岩手県花巻市出身。広島アジア大会金メダリスト。岩手県立水沢農業高等学校、東京農業大学卒業。 水沢農業高校3年でインターハイライトウェルター級優勝。東農大進学後の1994年に全日本選手権ライト級初優勝、自国開催の広島アジア大会の日本代表として金メダルを獲得した。翌年も全日本選手権連覇を果たしアトランタオリンピック予選に出場も敗退。 卒業後は母校・水沢農高に教員として赴任し、1997年のなみはや国体を制する。以降は一線を退きボクシング部で指導。 後に花巻農業高校に異動。 2008年に当時のAIBA規定であった34歳を過ぎたため一度引退。