大友 啓史(おおとも けいし、1966年5月6日 - )は、… 大友 啓史(おおとも けいし、1966年5月6日 - )は、日本の演出家、映画監督、元NHK職員。 岩手県盛岡市出身。盛岡市立上田中学校、岩手県立盛岡第一高等学校を経て、慶應義塾大学法学部法律学科を卒業。1990年にNHK入局、秋田放送局にディレクターとして配属される。全国放送ドキュメンタリーを担当するほか、若者向けローカル番組、『NHKのど自慢』や『高校野球中継』など、さまざまな番組を担当。1994年からドラマ番組部に在籍。1997年から2年間、インターンとしてハリウッドの撮影現場や南カリフォルニア大学(University of Southern California)などで、ディレクティングや脚本創作などを学んだ。
佐藤 嗣麻子(さとう しまこ、1964年 - )は、日本の脚… 佐藤 嗣麻子(さとう しまこ、1964年 - )は、日本の脚本家、映画監督、テレビドラマ演出家。岩手県水沢市(現・奥州市)出身。夫は映画監督の山崎貴。 岩手県水沢市(現・奥州市)出身。小学校時代は宮城県仙台市で過ごし、岩手県立水沢高等学校、阿佐ヶ谷美術専門学校卒業。 1987年、ロンドン・インターナショナル・フィルム・スクールへ留学。スクール卒業後、現地で就職し、6年間ロンドンに在住する。 1993年公開の『ヴァージニア(Tale of a Vampire)』で映画監督デビュー。東京国際ファンタスティック映画祭アボリアッツ大賞を受賞。 1995年公開の映画『エコエコアザラク -WIZARD OF DARKNESS-』でゆうばり国際ファンタスティック映画祭'95批評家賞(南俊子賞)を受賞。
詩森 ろば(しもり ろば、1963年[リンク切れ] - )は… 詩森 ろば(しもり ろば、1963年[リンク切れ] - )は、日本の劇作家・舞台演出家・脚本家。演劇ユニット「serial number」主宰。 宮城県仙台市に生まれ、小学生のときから岩手県盛岡市で過ごす。岩手県立盛岡第一高等学校を卒業後に上京する。 1993年、 劇団風琴工房旗揚げ。以後ほとんどの脚本とすべての演出を担当。2018年より劇団名を改名し、演劇ユニットserial numberとして活動している。 全国どこへでも飛び回る綿密な取材で、多彩な題材を他にない視点で立ち上げる。外部作品提供も多数。 詩森が演劇で扱ってきた題材は歴史劇、金融、福祉車両の開発、コンドームの開発、アイスホッケー、死刑制度、マイノリティ、将棋と多岐にわたるが、詩森自身は2025年に掲載されたインタビューの中で「でも、たぶん書きたいことはひとつ。
上野火山(うえの かざん、1958年12月14日 - )は、… 上野火山(うえの かざん、1958年12月14日 - )は、日本の劇作家・翻訳家・演出家・俳優。「Drama Project 空中スケッチ」主宰。法政大学文学部日本文学科「比較演劇学」講師。 岩手県出身。岩手県立一関第一高等学校卒。 慶應義塾大学文学部哲学科在学中より、演劇活動を開始し、演出家・奈良橋陽子に師事。演劇集団UPS(あっぷす)の創設に参加。Method Acting(メソッド演技法)を修得し、俳優としてキャリアを積む。その後、ドラマ性の高い脚本と音楽性の高い演出で独自の世界を創造している。 父は作家・上野霄里。動物行動学者・上野吉一は実弟。
畑中 美耶子(はたなか みやこ、1943年 - )は、フリー… 畑中 美耶子(はたなか みやこ、1943年 - )は、フリーアナウンサー、実業家、演出家、方言指導家。岩手県大迫町(現・花巻市)生まれ。 岩手県立盛岡第一高等学校卒業後、児童劇団時代から出入りしていた岩手放送(現・IBC岩手放送)に1962年、アナウンサーとして入社(同期に前田正二がいる)。1969年に当時の同僚でもある畑中茂夫と結婚。同時に岩手放送を退社して、フリーアナウンサーとなる。また、児童劇団「CATSきゃあ」主宰や、朗読、小学生中心の子供だけの劇団などの活動を開始。 また、岩手の方言(盛岡弁など)のスペシャリストとして、岩手県を舞台にしたテレビドラマや映画において「方言指導」を担当する。
こずかた 治(こずかた おさむ、1938年 - 2025年)… こずかた 治(こずかた おさむ、1938年 - 2025年)は、日本の小説家、コピーライター、演出家。岩手県出身。岩手県立大東高等学校、法政大学法学部卒業。作家としては経済小説を主に執筆する。
平良 進(たいら すすむ、1934年12月18日 - 202… 平良 進(たいら すすむ、1934年12月18日 - 2024年1月27日)は、沖縄県出身の俳優、演出家。ACO沖縄所属。劇団「綾船」主宰。妻は女優の平良とみ。
長岡 輝子(ながおか てるこ、1908年〈明治41年〉1月5… 長岡 輝子(ながおか てるこ、1908年〈明治41年〉1月5日 - 2010年〈平成22年〉10月18日)は、日本の女優・演出家。2度目の結婚以後の本名は、篠原 輝子(しのはら てるこ)。岩手県盛岡市出身。 英文学者長岡擴(ながおか ひろむ)の三女として生まれる。東洋英和女学院卒業。 文化学院文学科中退後、聖心語学校(現・聖心インターナショナルスクール)に移る。1928年(昭和3年)に渡仏留学し、パリで2年間演劇修業、1930年(昭和5年)に帰国。アトリエ座研究所で学んだ後、後に最初の夫となった金杉惇郎と劇団テアトル・コメディを設立。劇団には当時旧制成城高校生の有島行光(森雅之)も参加した。翌年、金杉と結婚し一子(後にNHKのプロデューサーとなる沼野芳脩〈1934年 - 1997年〉)をもうけた。