八重樫 哲哉(やえがし てつや、1959年9月19日 - )… 八重樫 哲哉(やえがし てつや、1959年9月19日 - )は、日本の篤農家。特定非営利活動法人東北どまんなか理事長。みちのく水稲研究会会員。豊沢川土地改良区総代:地区用排水調整・施設管理委員会委員長(第五選挙区・飯豊)。 1959年9月19日、岩手県北上市出身。九代目農家の長男に生まれる。1981年、専修大学を卒業。2012年1月、八重樫商事を開設(住設機器卸)。2016年、米・食味分析鑑定コンクール:国際大会で金賞(都道府県部門)を受賞。グッドファーマー認定。2017年、米・食味鑑定士資格を取得。ふるさと納税事業者アワード2017・プレゼンター。2019年、炊飯・米飯商品米国際コンテストで特Aランク賞を受賞・精白米品質認定書入賞。
中洞 正(なかほら ただし、男性、1952年〈昭和27年〉7… 中洞 正(なかほら ただし、男性、1952年〈昭和27年〉7月30日 - )は、昭和・平成時代の日本の酪農家(山地酪農家)。中洞牧場創業者。東京農業大学客員教授。帯広畜産大学非常勤講師。内閣府地域活性化伝道師。 岩手県宮古市出身。実家は自給自足的農業を営んでいた。高校卒業後、集団就職で上京し、東京農業大学農学部農業拓殖学科(現・国際農業開発学科)に入学。在学中、猶原恭爾博士(1908年-1987年)によって提唱された、通年昼夜放牧、自然交配、自然分娩という「山地酪農」を実践することを決意する。卒業後は、岩手県下閉伊郡岩泉町の北上山系総合開発事業による牧場開発地に入植して酪農を開始した。24時間365日畜舎に牛を戻さない通年昼夜放牧酪農、牛乳プラントの設計、建築、乳製品の製造販売まで手掛ける中洞式山地酪農を確立した。
小原 繁男(おばら しげお、1925年頃 - 2010年5月… 小原 繁男(おばら しげお、1925年頃 - 2010年5月4日)は、岩手県花巻市矢沢在住の農家、農業研究者。2009年5月10日、56枚葉のクローバーを発見し、ギネス世界記録に認定された。 1925年頃、代々続く農家の長男として生まれる。花巻農学校卒業。「農家の子は大学に行かせてもらえなかった」(本人による)が、それでも研究がしたくて親を説得の上北海道農業試験場で働く。ここでは稲の品種改良に携わる。 1947年より岩手県職員。岩手県種畜場(現・岩手県農業研究センター)で飼料作物を研究。そんな折、多葉(4枚から8枚)が6割以上の確率で出現するクローバーの株を発見。踏まれると四つ葉になるという話は聞いているが、遺伝によるのではと疑問を持ち、その株を持ち帰りクローバーの多葉性に関する研究に没頭するようになる。
伊藤 広幾(いとう ひろちか / ひろき、1870年1月4日… 伊藤 広幾(いとう ひろちか / ひろき、1870年1月4日(明治2年12月3日) - 1923年(大正12年)4月4日)は、日本の篤農家、実業家、政治家。衆議院議員。 陸中国稗貫郡、のちの岩手県稗貫郡根子村(花巻川口町、花巻町を経て現花巻市)で、伊藤弓太の長男として生まれる。1893年、札幌農学校農学科を卒業した。その後、北海道空知郡奈江村(現奈井江町)の土地50万坪を借りて開墾に従事。1895年、夕張郡角田村(現栗山町)に移り、水田の開墾に尽力し、同村を北海道水田の模範地となした。角田村会議員、同村農会長、夕張郡農会長、北海道農会副会長を歴任。 1919年11月、資本金百万円で北海道殖産銀行を設立し頭取に就任。
森澤 敏哉(もりさわ としや)は、日本の農林水産技官。農林水… 森澤 敏哉(もりさわ としや)は、日本の農林水産技官。農林水産省関東農政局次長等を経て、農林水産省北陸農政局長。 岩手県盛岡市出身。青森県立八戸北高等学校を経て、1984年岩手大学農学部卒業、農林水産省入省。農林水産省生産局種苗課課長補佐、農林水産省農林水産技術会議事務局技術安全課課長補佐、経済産業省産業技術環境局成果普及・連携推進室長、農林水産省大臣官房企画室企画官、農林水産省生産局農産部農業環境対策課鳥獣災害対策室長等を経て、2013年文部科学省研究開発局地震・防災研究課長。2015年に新設の農林水産省農村振興局農村環境課長に就任。2018年から農林水産省関東農政局次長を務め、農産物等の輸出支援の強化などにあたった。