長沼 元(ながぬま げん、1998年3月31日 - )は、日… 長沼 元(ながぬま げん、1998年3月31日 - )は、日本のやり投選手。 岩手県陸前高田市出身。気仙小学校、気仙中学校、岩手県立高田高等学校、国士舘大学卒。スズキ所属。 中学1年で東日本大震災に被災。高校からやり投を始め、高校3年時にインターハイと国体で優勝した。大学4年時には日本インカレで優勝し、同年のユニバーシアードに出場し7位(75.37m)となった。2025年4月の織田記念において自己ベストである80m58を記録した。2025年世界陸上競技選手権大会に出場し、74.70mで36位となった。
石川 周平(いしかわ しゅうへい、1995年5月29日 - … 石川 周平(いしかわ しゅうへい、1995年5月29日 - )は、日本の陸上競技選手。専門は110メートルハードル。2022年世界陸上競技選手権大会(ユージーン)の同種目日本代表。所属は富士通陸上競技部。 110メートルハードルの自己ベストは13秒36(2023年)で、2024年1月時点で日本歴代8位である。 岩手県出身。中学校時代の2010年に全日本中学校陸上競技選手権大会(全中)の走高跳に出場して1メートル97センチで3位に入賞した。 岩手県立花巻北高等学校で110メートルハードルの選手となり、3年生の2013年の全国高等学校総合体育大会陸上競技大会(インターハイ)には14秒28で3位に入賞する。
高橋 尚弥(たかはし なおや、1993年8月28日 - )は… 高橋 尚弥(たかはし なおや、1993年8月28日 - )は、日本の陸上競技選手。専門は長距離走。岩手県北上市出身。岩手県立黒沢尻北高等学校、東洋大学理工学部卒業。安川電機所属。身長180cm 体重62kg。 高校時代は岩手県高校総体にて3冠(1500m,3000mSC,5000m)を達成するなど県ではトップクラスながら、全国では名が知られない存在だった。東洋大学進学後、3年生の2015年1月に開催された第91回東京箱根間往復大学駅伝競走に、復路6区にエントリーされる形で箱根駅伝に初出場し、区間8位であった。 大学4年となってから、5000mで13分台、10000mで29分台前半の記録を出し、「もう一歩でチームの主力となりうる存在」と報道で評された。
高橋 英輝(たかはし えいき、1992年11月19日 - )… 高橋 英輝(たかはし えいき、1992年11月19日 - )は、岩手県花巻市出身の日本の元陸上競技選手。専門は競歩。 2024年時点で、男子10000m競歩の世界記録保持者である。 岩手県立花巻北高等学校では2年から競歩を本格的に始める。岩手大学教育学部学校教育教員養成課程(英語)に進学。大学に入学すると着実に力を伸ばしはじめ、大学4年時に出場した2015年日本選手権20km競歩で1時間18分3秒の日本新記録(当時)で優勝。 2015年3月に大学を卒業し、鈴木雄介の所属する富士通に入社。 初出場となった世界選手権20km競歩では47位に終わったものの、2016年2月21日に行われた日本選手権20km競歩で1時間18分26秒のタイムで2連覇を果たす。
釜石 慶太(かまいし けいた、1987年4月10日 - )は… 釜石 慶太(かまいし けいた、1987年4月10日 - )は、日本の元陸上競技選手、陸上競技指導者。岩手県一戸町出身。仙台育英高校陸上競技部女子駅伝監督を務める。 小学校1年から距離スキーを始めた。中学校では野球部に所属しながら、スキーや陸上でも活躍したが、高校では陸上一本に絞ろうと決めていた。 仙台育英陸上競技部から声がかかり進学。当時の名将である渡辺高夫監督の指導のもと、1年生の時は怪我に泣かされたが、2年、3年と都大路を走り区間賞を獲得。チームの3連覇に貢献した。 高校卒業後は東洋大学に進学。箱根駅伝には1年生と2年生の際に山登りの5区を走り、4年時にはキャプテンを務めるなど、トップレベルの選手として活躍した。
那須川 瑞穂(なすかわ みずほ、1979年11月22日 - … 那須川 瑞穂(なすかわ みずほ、1979年11月22日 - )は、日本の陸上競技(中距離走・長距離走・マラソン)元選手。岩手県水沢市(現・奥州市)出身。現役中はユニバーサルエンターテインメント(佐倉アスリートクラブ)に所属。岩手県立花巻南高等学校卒業後、積水化学にて小出義雄の指導を受け、その後小出と共にアルゼ(2009年11月1日に「ユニバーサルエンターテインメント」にチーム名変更)へ移籍した。 2002年5月のゴールデンゲームズinのべおかでは1500mで、2位ながら4分16秒24の自己ベスト記録をマーク。それから1年後、2003年5月のゴールデンゲームズinのべおかでは、同じく1500mで4分22秒74のゴールタイムで初優勝。
新妻 拓弥(にいつま たくや、1978年9月19日 - )は… 新妻 拓弥(にいつま たくや、1978年9月19日 - )は、日本の元陸上競技選手(長距離走)。東京大学在学中に学生陸上界で活躍し、「東大史上最強ランナー」と称されることもある。現在はENEOSのゼネラルマネージャー(ロンドン在住)として、水素・合成燃料・持続可能航空燃料などの脱炭素事業開発に従事している。 岩手県盛岡市出身。中学3年生の夏に野球部を引退後、同級生に誘われて陸上競技を始め、中学駅伝で全国大会出場を果たす。 岩手県立盛岡第一高等学校を経て、東京大学工学部化学システム工学科に進学。在学中は東京大学陸上運動部に所属し、3年生以降に学生トップクラスの成績を記録。10000mで28分45秒62などの大学記録を残した。
大志田 秀次(おおしだ しゅうじ、 1962年5月27日 … 大志田 秀次(おおしだ しゅうじ、 1962年5月27日 - )は、陸上競技指導者(駅伝競走)、元選手。東京国際大学駅伝部監督・Honda陸上競技部エグゼクティブアドバイザーを経て現在は 明治大学体育会競走部駅伝監督。岩手県盛岡市出身。岩手県立盛岡工業高等学校、中央大学卒業。 (現)盛岡市立見前中学校3年生の時、全中800mで優勝。岩手県立盛岡工業高等学校を卒業後、中央大学に進学。現役時代の箱根駅伝では、4年時の第61回大会で8区区間賞を獲得している。卒業後は本田技研工業陸上競技部に入部。1986年アジア競技大会では、1500mに日本代表として出場し金メダルを獲得した。現役引退後の1991年から2001年までは同部でコーチを務めた。
岩渕 仁(いわぶち ひとし、1948年10月13日 - )は… 岩渕 仁(いわぶち ひとし、1948年10月13日 - )は、日本の元陸上競技選手、指導者。岩手県東磐井郡大東町出身。日本体育大学体育学部卒業。 大船渡市立第一中学校、岩手県立大船渡高等学校、日本体育大学出身。 中学2年生までは生まれ故郷である岩手県東磐井郡大東町で育ったが、父親が事業に失敗して破産。三陸沿岸の大船渡市へ移り、大船渡市立第一中学校に転校した。高校入試では全日制の試験に不合格となり、岩手県立大船渡高等学校(定時制)に進学する。昼は地元の新聞社で写真の暗室作業と、写真製版の仕事をした。午後9時に授業が終わり、ほの暗い照明の下で10時半まで練習し、11時半に帰宅する生活を送っていた。卒業後は警察官になるつもりだったが、両親が「お金はなんとかするから」と進学を勧め、4年生の秋頃に日本体育大学への進学を志すようになる。